第十二章『終焉戦争後の世界』その⑰
「考えうる最悪の出来事を避ける為です」
「それってどんな?」
「そうですね…まず、お頭と呼ばれた汚い男が言うに、これらはある契約の元使役しているらしいのですが、その男は術者本人ではありませんでしたし、周りに転がっている山賊達も絶命していることから術者本人ではないことは確定です。これまで観測してきた魔術はどれも術者本人が死んだ場合、同じく消失していたことから間違いはないはずです」
現代ではその限りではないが、少なくともこの時点では神でさえ死んでしまえば切り離したはずの力が失せる事を確認されている為恐らく違いはない。
でなければ、城崎は今もあの土地神様の恩恵を受け続けているはずだ。
これまでに何度か、思いの丈で強さが変わるといった言葉を耳にしたが、もしそれが本当であるのならこの世に敗者など存在してはいない。
少なくとも、あの時見た土地神様から感じた思いの丈は、これまで会ってきた誰よりも強いものであったと今でも思う。
故に、この時点での私はそう信じる他なかった。
「そしてこの方が自分で言ったように、術者はこの方ではありません。言葉を真に受けたわけではなく、もし仮にこの方が術者本人なのであれば、他の方から解放されたものを自身に集める程度の事はするはずですし、私であればそうします」
「確かに…それは納得だ。全身をあれで覆われれば、突破口を切り開くのはかなり難しそうだ」
「もちろんとんでもないうそつきの可能性は捨てきれませんが、私が乱入してすぐに保身に走ったことから見て、真実だと断定しています。それを踏まえた上で、あれらが四方に散っていくのではなく一定の距離を置き、ご丁寧にその存在を隠蔽させているのは術者が何かしらを企てている事以外に考えられません。グレモリー曰く、『待っている』そうですからね」
「そういわれればそんな風にも感じられるな。一匹残さずこっちの様子を伺ってるのはそういうことか」
「ちなみにどれだけの数がいるのかはわかりますか?」
そう問うと、城崎は一度瞼を閉じ意識を集中させ、程なくして開いた瞼の奥には何かを察したような目を浮かべていた。
「数はそこらに転がってる奴らより少ないな。俺が細かいことまでわかる範囲は十数m程だが、その範囲には3と5の計8匹しかいない。いや、あいつについてる奴を含めれば9匹か」
お頭と呼ばれた汚い男と槍を持っていた山賊で2匹、城崎にやられ転がっている山賊の数が十人に対し様子を見ている数は8匹。
判明しているだけで後4匹はいてもおかしくないはずだが、この場にいないとなると術者本人の所へ戻ったと考えるのが打倒だろう。
「あー思い出してきた。確かこいつを受け取る時、契約がなんだのってほんの少し血を要求されたんだっけか」
「その時どういう状況だったのかは説明できますか?」
「その時…うーん、俺は最後にその契約をしたはずだ。俺はその少し前に街に出払ってて、アジトに帰った時にはその状況だった。だから大した説明は受けてないし、『気になるなら他の奴に聞け、二度説明するのはごめんだ』って言われて面倒だったから聞かずじまいに済ませた…と思う」
記憶力に乏しいのか、山賊は再度頭を抱え小さく唸り声を上げる。
「…よくもまあそんな適当に契約を交わしたもんだな、お前」
その姿を見かねたのか、城崎が同情でもするかのように優しい声色でいうのを、山賊は妙に誇らしげな表情を浮かべて言葉を返す。
「それが俺なのよ。小難しいことを考えて生きていくのが嫌になってからはずーっとこのスタンス。遥かに楽で生きやすい」
「それで山賊になったってこと?相も変わらずよくわからないね、人間ってさ。まぁそういうのを見てて飽きないからグレモリーは好きなんだけどね。あ、でも今はミョルちゃん一筋だからね!」
「そういうのは求めてないので離れてください」
抱き着いてくるグレモリーの顔を押しのけ「やーん、照れてるぅ?」とちゃちゃを入れてくるのを無視してから、私は山賊へと視線を向けた。
「それでその術者は今どこにいますか?」
「あー、あいつはアジトにでもいるんじゃね?何か知らねえけど、あいつこういうことに参加したがらないんだよな。そのくせ分け前は寄こせとか言ってくるし、よくわかんねぇやつなんだよ」
「ではアジトまで案内してもらえますか?まさか嫌だとかできないとかは言ったりしませんよね?」
グレモリーがいる以上『探し物』に困ることはないがその道中に罠等がないとは言い切れない為、この山賊に安全に案内させるのが吉なはずだ。
不利と見るやすぐさま白旗を振った点や、何かを捨てて楽に生きることを選んだ点を考えれば、きっと断ることはないだろうと私には絶対的な確信があり、山賊もそれには快く応じてくれた。
私が差し向けていた槍の穂先を下げると、山賊は安堵の息を吐いてから立ち上がり、北へと指を差して私たちへと振り返る。
「んじゃこっちだ。一応言っとくけど、俺を含めて馬鹿ばっかだったから罠とかの類はないぞ」
「自分の言うのかよ」
「本当にその通りです。ここまで馬鹿だったとは思いもしなかった」
城崎の言葉に続き、山賊が指を差した方角から姿を現した奇抜な恰好をした男は呆れたような口調で不敵な笑みを浮かべる。
気配もなく突然そこに沸いて出てきた事に私だけでなくグレモリーや城崎の二人も一様に驚いたようで、城崎に至っては剣先を奇抜な恰好をした男へと向けていた。
「あぁすみませんね。驚かせるつもりはなかったのです。どうかそのような物騒なものを向けないで頂きたい」
くすくすと奇抜な格好をした男が笑うのを、山賊は呆れた表情で言葉をかける。
「相も変わらずよくわからん奴だなベイヤ。まあ行く手間が省けて良かった。何かお前に用があるみたいだぜ」
「そのようですね。そのことはこの子たちに聞いてます。それでどういった御用件で?」
自身の傍に控えた不可解な魔力へと一度視線を向けてから、すぐに城崎へと視線を向けた奇抜な恰好をした男―ベイヤ。
城崎へと視線を向けた理由はいくつか考えられるが、さして気にすることでもないため思考の隅に追いやり、城崎へと問いかけられていた事に答えを返す。
「単刀直入に伺います。貴方が連れているそれで一体何をする予定なのですか?」
私の質問を耳にした刹那、眉を潜めたベイヤはすぐさま取り繕うように表情を余裕のあるものへと変えた。
「予定?はて、何がいいたいのかがよくわからないな、お嬢ちゃん」
「とぼけるにしてももう少しマシな返答をしてください。つかせた相手から精気を貪っているというのに何もない筈がありません。魔術において精気、生命力とは最も高価な媒体です。本来であれば魔力で済む所を生命力に置き換えているのは、その魔術の性能を大きく上げる為。ですがそれは、ついた人間以外の魂すら取り込んでいますよね?」
口を閉ざし、さっきまでの余裕のある表情を潜ませたベイヤ。
その瞳には私が何者なのかという疑いの感情が見える。
「魂はいわば生命力の発生源、媒体の塊であり魔術を使う上では最高純度の物質といえます。なので人間は、魂が宿るといわれる心臓を用いた魔術をたまに使用すると聞いていますし、実際心臓を用いた魔術の強さ、厄介さは知っているつもりです。なので再度改めてお聞きします、一体何を企んでいるのですか?」
そう槍の穂先を向けながらに問うと、ベイヤは一度小さく息を吐きながら顔を下げ程なくして上げたその表情には―
「これはこれは…存外厄介なお嬢さんだ」
―嬉しさと嫌悪の感情が複雑に入り混じった歪なものが張り付いていた。
「ベイヤ、お前のために言っておくけど、抵抗しようなんて考えずに素直に吐いちまったほうがいいぜ?男の方はかなり腕が立つし、そのお嬢ちゃんは正直得体が知れない。お前は戦闘が不向きだから前戦に出張らない、だから万に一つも勝ち目はねぇよ」
だからな?と山賊がベイヤの肩に優しく触れ、諭すような素振りを見せたが、ベイヤの顔からは諦めるといったものが見えず、不敵な笑みを浮かべていた。
「そうですね、確かにこのままでは勝ち目はない。だが、私には魔術がある。そうでしょう、アメルラ?」
そういえば
一応自分の中では、『術式』『魔術』『魔法』はそれぞれ別物扱いです
ただ大雑把にそう使い分けてるだけなので、特に意味はないですが
たぶん今後ちゃんと説明すると思います 多分ね
てことで次回の投稿は7/26(火)です お楽しみに