第十二章『終焉戦争後の世界』その⑯
「へー意外とやるじゃん崎」
感心したような声を漏らしながら下げていた視線を上げたグレモリーは、残る一人の山賊と交戦する城崎へと視線を向ける。
おおむね同じような感想を抱いた私は、しゃがみこんでから的確に急所を切り裂かれ絶命している山賊の遺体を調べるが、それらの身体には不可解な魔力が感じられなかったことに違和感を抱く。
いや、感じられなかったというのには語弊がある。
正確には不可解な魔力の痕跡だけが感じられ、その大本がいなかったことに違和感を抱いたのだ。
「まあ城崎はあの時、一人で持ち堪えていましたからね。魔獣に比べ動きが読みやすい分いくらかやりやすいのでしょう」
あらかた調べ終わり立ち上がりながら言葉を返した私は、城崎と交戦する山賊へと視線を向け、その山賊の身体に不可解な魔力がついていることを確認し、やはりそこらに転がる山賊の遺体にもそれぞれ別の不可解な魔力がついていたのだと思い至ると同時に、それらがどこに行ったのかと頭を悩ませる。
グレモリーが倒した槍を持っていた山賊の遺体には不可解な魔力の正体であるトカゲの様な生き物がいたのに対し、今調べた他の山賊の遺体にはそれが見られず、あるのは痕跡のみ。
これらが魔術で生み出されたと仮定して、お頭と呼ばれた汚い男や槍を持っていた山賊、そしてここらに転がる山賊達は、絶命していることから術者でないことは確定する。
そして、今まさに城崎と交戦している山賊は術者に見えず、感じられる不可解な魔力の気配で言えばお頭と呼ばれた汚い男と比べても遜色はない。
「ねえミョルちゃんは気付いてる?」
グイグイっと私の腕を引っ張りながら問いかけてくるグレモリー。
気付いている?―それが何についてなのかがわからず、視線だけを返すことで答えを出した私に対し、グレモリーは城崎と山賊が交戦してる場所より右に離れた位置へと指を指す。
「あの辺りにミョルちゃんが言ってた不可解な魔力が集まってる。それと反対側のあっちにも」
そう指していた指を城崎たちを挟んだ反対側へと移動させ、先程指し示した場所と同じ距離感の場所を新たに指し示した。
「…私には何も感じられませんね。何か別の力で隠蔽しているのでしょうか」
「多分そうだね。ただ動く気配はなくて、まるで二人の戦いが終わるのを待っているみたい」
グレモリーの言う『集まってる』というのは、群れを成しているという意味なのか、はたまた合体している、一つの個になっているという意味なのかはさておき、戦いが終わるのを待っているように見受けられるのであれば、決着を付けさせないようにするのが自然に思え、私は急ぎ城崎の元へと向かい交戦していた山賊の武器を握っていた槍で弾き飛ばした。
「ってミョルエル?!どうしたんだ急に割って入ってくるなんて」
「少し気がかかりな事が起こっていましてね。すみませんがこの方に止めを刺すのは待ってください」
不意をつかれたとはいえ、私に武器を弾き飛ばされたことがよほど不可思議だったのか、山賊の視線は自身の手を私の間を何度か行き来し、やがて訝し気な表情を浮かべたかと思えば「そういうことか」と小さく呟き何かを察した様子だった。
その後の山賊の行動は早く、その場に腰を降ろしては両手を上げ降伏する旨を態度で示していた。
「物分かりがよくて助かります。こちらの質問に正直に答えていただけますか?」
「下らない抵抗をする気はない。わかる範囲で嘘偽りなく答えるよ」
我が身可愛さか、本当に抵抗する気がない山賊は上げていた両手を頭の後ろに組み変えゆっくりと瞼を閉じる。
ここまで潔い態度であれば裏があるようにも思えるが、城崎と拮抗しているところを見るに私とグレモリーを出し抜けるほどの人物ではないと判断して質問を投げかけた。
「貴方―というより貴方達についているそれは一体何なのですか?」
「これか?さぁな正直俺にはよくわからん。魔術だのなんだのを俺は使えないし、詳しい説明も聞いてない。ただ、俺たちの身を守ってくれるってだけ聞かされてる」
飄々と答えを返しているが宣言通り嘘をついている様子はなく、どうにもこの山賊はこれに命を蝕まれていることを知らないようだった。
別段それを伝えてみても良かったのだが、伝えたところで私がどうこう出来るはずもなく、唯一出来る事といえばこの山賊を安らかに眠りにつかせることくらいだ。
流石に白旗を上げた相手を無慈悲に殺すのは阻まれるし、何よりも最悪の事態を避けるために城崎に待ったをかけたのだ。
今この瞬間に私が手を下す理由はない。
「ではそれが貴方につく事となった経由を教えてください」
一瞬、どうしてそんなことを聞くんだ?という表情を浮かべたものの、山賊はすぐに頭を抱えその時あった出来事を思い出そうという仕草を始める。
「少し時間がかかりそうだから俺から質問させてくれ。どうしてまたそんな事を聞きたいんだ?」
手持無沙汰になったことからか、すぐそばにあった石に腰かけて私に問いかけてきた城崎。
その表情には訝し気な物だけがあり、戦いを止められた事に関しては特に気にしていない様子だった。
「グレモリーが言っているのですが、どうやらこの場―というよりは貴方達を中心にあれらが様子見をしているようなのです。それも、まるで決着が着くのを待っているかのように…そうですよねグレモリー?」
そう、ゆっくりとした足取りで近づいてきていたグレモリーへと視線を向けると、グレモリーは少し退屈そうに簡潔な答えを返してきた。
「多分だけどね。グレモリーにもよくわかんないものだから、正確なことは正直言えないし。そんなことより崎はどうやってあいつら倒したの?変なのはみんなついてたんでしょ?」
「あぁついてたよ。だけどまあ簡単に言えば手数で押し切っただけで、特別なことはしてない。人体の急所からより離れたところを狙って、防がれた瞬時に次は急所へと攻撃をけし掛けただけだ。中にはその一手で仕留められた奴もいれば、こいつみたいに粘ってくる奴もいた。…まあこいつはそこいらの奴に比べて幾らか手練れで、止めを差すに至れなかったからな」
「ふーん、でも少し見直しちゃったかな。ただただミョルちゃんに寄生する害虫みたいなものだって思ってたから」
「え、そんな風に思われてたの?あだ名みたいなので呼ばれてたから、てっきり好まれてるものだとばかり」
「あぁそれはめんどくさかったからだよ?始めは『き』って呼ぼうかと思ったけど、それだと自分のことだって認識しないんじゃないかと思って、わざわざ二文字にしてあげたんだ。優しいでしょ?」
「優しさの意味を履き違えてるだろ絶対…それと出来れば知りたくなかったそんなこと」
淡々とそう会話を進めてから、ハッと質問に対する明確な答えを返してもらっていないことに気が付いた城崎は、再度私へと視線を向けてから口を開いた。
「で、変なのが決着を待ってるとして何なんだ?確かにあっちとそっちから変なのの気配は複数するけどさ」
グレモリーでさえハッキリとした気配を感じられなかったというのに、『複数』と明言する城崎。
どうやら城崎の気配を察知する能力は私たちより優れているらしい。
そのことに若干気を落としながらも、それが悟られないように平素を装い答えを返した。
「考えうる最悪の出来事を避ける為です」
次回の投稿は7/23(土)です お楽しみに