第十二章『終焉戦争後の世界』その⑮
「まず一つ、貴方達が纏っているその魔力、一体どのようにして手に入れたのですか?」
「…へぇ、嬢ちゃんやっぱ只者じゃねぇな。これが見えんのか?」
「いえ、至極残念なことに朧気にしか見えておらず、一体それが何なのか皆目見当もつきません」
お頭と呼ばれた汚い男だけでなく、少なくとも私たちを取り囲んでいた十数人の山賊全員が身に纏っていた不可解な魔力は、たまにうぞうぞとそれらの身体を這いずり回る様に動いていた。
その動きから察するに、憑依型の魔獣でも飼いならしているかと思ったが、感じられる魔力の気配から魔獣ではない知らない何かであることは確かだった。
マナでもなく、魔素でもない、人間が生み出し扱う『魔力』という代物は、現代でも深く追及できてはおらず、二百~三百年かけてもマナや魔素に類似した代物であるということしかわからなかった。
「ですが、とても人間が好き好んで扱うもので無いことはわかります。気付いていますか?それ、貴方達の命を蝕んでいますよ」
どういう原理で動いているかはさておき、少なくとも憑いた相手の生命力を糧にしていることが見てとれる。
だがお頭と呼ばれた汚い男の表情は嫌な笑みを浮かべていた。
「もちろん知ってるさ。そういう契約の元こいつらを抱えてんだからな」
「短い命を粗末にする、あまり褒められた事ではないですね」
「短いが故さ。どうせ死ぬのなら好きなように暴れたいって質でな。存外同じように思っている奴らがいたようで俺自身驚いてるくらいだ」
どうやら妙な方向に吹っ切れているようで、その理念故に他者を平気で陥れ犯し尽くすことができる。
それとは別に、お頭と呼ばれた汚い男に纏わりついている怨嗟の数からも、この男が犯した罪の多さは度を越しているようだった。
「それにこいつらは直接殺した奴らの精気を優先的に貪る。昨日も多くの人間を殺したからなぁ、数日はそいつらが俺の代わりになってくれるだろうよ」
そうお頭と呼ばれた汚い男がいうように、男に纏わりついていた怨嗟の一つが不可解な魔力へと吸い込まれその存在を消失させると共に、不可解な魔力が僅かながらその大きさを膨張させる。
「まあ俺らからしたらこいつらは高純度な防具みたいなものだ。こいつらを飼いだして数ヵ月、魔獣の群れですら傷を負うことなく仕留められる俺たちに死角なんてありはしねぇ」
「なるほど、妙な余裕はそこからでしたか。せっかく披露したこれも、さして反応がなかった事は逆に驚かされましたからね」
「っは、その類の魔術は見慣れてっからな。魔術空間に武器を収納して、それを任意のタイミングで出せるってだけのものだ。出し入れのタイミングさえ見余らなければ、そう対策が難しいものじゃねぇしな。常人であれば一、二本。多くても五本の武器を収納可能だったか?まあ嬢ちゃんみたいな年頃の子供がそれを扱う事が出来ること自体驚きだが、警戒に値しねぇな。どうせそれ一本だろ、嬢ちゃんの限度は」
どうにもこの男、魔術戦には点で素人なのだと思い至る。
そう至った理由は至極簡単なもので、『限界』という発言からしてこの男は私が纏っているマナが見えず感知することもできていない。
確かに人間が扱う魔術の中には、この男が上げた『魔術空間に物を収納する魔法』が存在し、その魔法での出し入れの際には一定の魔力を必要としている。
そして人間の魔力の総量は、年を重ねるごとに増えていくものという周知の事実であり、今だに私を人間の少女だと思い込んでいるお頭と呼ばれた汚い男の言葉は、自身の経験を照らし合わせた上で私にはもう魔力がないと考えているのだろう。
故に『限界』と断言し、これ以上私が武器を取り出せないと踏んでいる。
恐らくそれも余裕を生んでいる要因の一つなのだろう。
ちなみに、人間が扱う『魔術空間に武器を収納する魔法』は私が城崎の村で使用した収納術式を人間が真似たものであり、収納できる容量を抑えることで消費する魔力量を減らしたものだといつしか聞いたことがある。
人間の思い付きにはいつも驚かされてばかりだ。
「なるほど、貴方の考えはよく理解できました。それを踏まえた上で残りの一つをお聞きします」
そう握った剣先を真っすぐにお頭と呼ばれた汚い男へと向けた私は、最後の忠告を叩きつけた。
「これが最後の忠告です。部下を連れ退いてください。従わないのであれば―」
「やってみろや!!」
私の言葉を最後まで聞くことなく、真正面から飛び込んできたお頭と呼ばれた汚い男は腰に携えていた大きめの剣を抜刀し、大きく振りかぶる。
その行動の目的は、恐らく私が向けていた剣を弾く、ないしは壊す為のものだったのだろう。
お世辞にも私が握っていた剣の見栄えは良いと言える物ではなく、振りかぶられた大きめの剣を力任せに叩きつければ折れてしまいそうな程粗末なものだったからだ。
とはいえ、もちろんその程度の攻撃で砕ける代物ではない上、マナを纏わらせれば逆に相手の剣が折れる程性能が向上する。
だがこの時私が取った行動は、お頭と呼ばれた汚い男が大きな剣を振るよりも早く、剣を槍へと作り変えることだった。
突如として伸びてきた槍の穂先に対処できるはずもなく、向かってきていた勢いのまま喉を突き裂かれたお頭と呼ばれた汚い男は何か叫ぼうとしいてたが、溢れ出す自身の血に溺れ意味を為さない言葉らしい音を鳴らしていた。
ほんの少し槍を持った手を引いてから大きく横に振りかぶり、止めとばかりにお頭と呼ばれた汚い男へと振るうもその攻撃は不可解な魔力によって防がれる。
だが、完全には威力を殺しきることは叶わず、木へと叩きつけられたお頭と呼ばれた汚い男はその衝撃によって口からも多量の血を吐き出した。
「なるほど、自動で守ってくれるだけでなく、貴方の意思でも動かすことが出来るのですね。意外と応用の幅があるではないですか」
力なく、叩きつけられた木に背を預け睨みつけるお頭と呼ばれた汚い男の表情から意思を読み取り、何でもないかのように私はその答えを返す。
「簡単な話ですよ。貴方の発言から鑑みて、それが自動的に脅威から守ってくれるであろうことは予想できます。でなければ只の人間が魔獣の群れから傷一つ負わないなどという芸当はでき得ません。そしてそこから、恐らく意識外からの攻撃を防ぐ事を優先させているのではと仮説を立て、常に貴方の全身―特に首より下を狙って魔弾を放つようにしていました」
そう言ってから、一度指を鳴らし普通の人間にも見られるようにマナ濃度を高めた魔弾―とは言ったが実際にはマナの弾をいくつも浮かび上がらせると、お頭と呼ばれた汚い男は目を丸くさせ驚愕している様子だった。
「もちろん、それが貴方を守り切れるように適度な時間差を空けてぶつけていたので、貴方の身体には着弾0、威力もそれなりに抑えていたのでそれと魔弾の着弾時の衝撃や音などもなく、最後まで貴方は気付くことができなかった」
槍の矛先を不可解な魔力へと差し向け言い放ち、私は尚も言葉を続ける。
「そして、貴方に致命傷を与える直前、それがこの槍を防いでしまわないよう魔弾を放つ間隔を狭めることで攻撃を通すことができました。まあ止めの一撃は防がれてしまいましたが、致命傷を負った貴方にはさほど関係はないでしょうし良しとしておきましょう」
お頭と呼ばれた汚い男はこの時点で意識が途絶えかけているようだったが、近づいてくる足音の方向へと目を向け信じられないといった表情を浮かべる。
その足音の主が誰であるかはわかっていたが、私も連れるようにその方向へと視線を向けると、その先では槍を持っていた山賊の遺体を引きずるグレモリーの姿があった。
「やっほーミョルちゃん」
そういつもと変わらない態度でいうグレモリーは、引きずっていた遺体をお頭と呼ばれた汚い男の傍へと乱雑に投げ捨ててから私の傍へと駆け寄ってきた。
「まあ貴方は無事ですよね。それよりもこの山賊達についている不可解な魔力に心当たりはありますか?」
「不可解な魔力?…あーそういえば何か纏わりついてたね。おかげでちゃっとだけ時間かかっちゃった」
「ちなみに、どのように対処したのですか?」
「別に対処って程のことはしてないよ。そのまま上から殴り続けただけだし」
「なるほど、それでこのような…」
ついっと視線を向け、全身を赤黒く腫れあがらせ絶命している槍を持っていた山賊の身体をよく見ると、見慣れないトカゲの様な生き物が身体を重ねては同じく絶命しており、恐らくこれが不可解な魔力の正体なのだと理解する。
「それにしても確かに不思議な感じではあったよね。マナでもなく魔素でもなく、かといって従来の魔力とも違う全くの別物だなって思ったよ」
「グレモリーもそう感じたのであれば間違いはなさそうですね。さて、いい加減城崎の様子でも見に行くとしましょうか」
「あれ、こいつには―って、あぁ…もう死んじゃってるのか」
そんなグレモリーの声に返事することなく、私は城崎の気配が感じられる方向へと歩き始め、グレモリーもまた同じ方向へと歩き始めた。
ここまでしつこく言うってことはお頭は相当汚い男ってことですね
お風呂には三日に一度は入りましょう
てことで次回の投稿は7/20(水)です お楽しみに