第十二章『終焉戦争後の世界』その⑬
「…さて、終わったよミョルちゃん。この後はどうするの?」
グレモリーはしばし間を空けてからくるりと私へと向き直ると、そこにはこれまで見てきたグレモリーの姿で、もはや見慣れた笑顔を浮かべていた。
「そうですね、当初の目的であれば城崎をあそこに送り届ける予定でしたが、悪魔達に攻め入られた後となればあまり快く受け入れてくれはしないでしょうし、別の場所を当たりましょう。グレモリー、少し遠くでも構いませんので比較的安全な場所を探してくれますか?」
「いーよ!今は感覚が研ぎ澄まされてるから問題なく探し出せるよきっと!」
元気よくグレモリーが探し始めた直後、城崎は少し戸惑った様子で私へと声をかけてきたのを、何を言い出すかある程度わかっていた私は視線を向けることなく問いただす。
「どうしたのですか?」
「どうしたって…どうしたもなにも助けに行かないのか?今あそこは悪魔達に攻め込まれてるんだろ?」
「そうですね、全く持ってその通りです。ですが私はそれをわかった上でこうしています。なので答えは『助けに行かない』です。それ以外に質問はありますか?」
そう、自己嫌悪に陥る事を嫌ってこれ以上質問をしないでくれという思いを込め、冷めきった視線を城崎に向ける。
だが城崎はその視線を受けて一瞬言葉を詰まらせるも、少し間を置いてから言葉を吐き出した。
「理由を教えてくれ…じゃないと到底納得できない」
私が向けた視線に怯むことなく、確固たる意思を宿らせた視線を返す城崎。
話さなければこの場から離れないとでも言いたげな様子に、私は胸の中でため息を付いてから今度はしっかりと城崎へと向き直し、嘘偽りなく言葉を連ねた。
「まず第一に、私は天使であり、その使命は人間を助け守ることではなく、神々に仕え、お守りすることです。第二に、あの街には神々を信仰する者は一人もおらず、また、神々と呼ばれる御方が一柱として存在していません。故に私が助けの手を差し伸べる理由がありません」
有無も言わせない、そう確かな気迫が籠っていたおかげか城崎は固く口を閉ざす。
だが、私は言葉を止めることなく連ね続ける。
「にわかには信じがたいことですが、神々の恩恵を受けずにあそこまで繁栄しているのは紛れもない事実であり、そのことに驚き、そして素直に賞賛しています。貴方もあの村の一人だったのですから、それがどれほど凄いことなのかわかるはずです。いえ、わからなければならないのです。他でもない、土地神様に愛され、その土地にもたらされた溢れんばかりの恩恵を受け続けてきた貴方には」
「…っ、だけど!」
そう声を上げた城崎だったが、続く言葉を口から出すことはできず押し黙る。
どうにも煮え切らない様子の城崎を説得するには、本来知らなくてもいい事を説明しないことには割り切れないだろうと判断した私は、小さくため息を付き「これは貴方が知らなくていい事なのですが」と口にしてから言葉を続けた。
「あの土地にはその昔、とある神様が居られました」
その言葉だけですぐさま答えに行きついたのか、城崎の顔は驚愕の色に染まっていたが、私はそれを気にすることなく言葉を続ける。
「当時はその土地に住む人々から信仰されていたのですが、その人々の世代が変わっていくにつれ信仰する者は減っていき、やがてその土地に住む人々は誰一人としてその神様を信仰しなくなったのです。その神様は、いつか人々が自分を思い出してくれると根強くその土地に恩恵をもたらせ続けていましたが、その神様の存在を伝える者がいない中でそのようなことが起こるはずもなく、人間達はいつしか今ある繁栄は自分たちの力だと口を付いて誇りだしたのです」
到底理解できないことだと、暗く沈んだ表情が物語っていたが、それでも城崎は目を背けずに一心に私の話を聞き続ける。
そこにはきっと、自身も同じ人間であることからくる何とも言えない感情が込められている気がした。
「もはや自分の事を伝え崇める人間が完全にいなくったと悟ったその神様は、力を失い続けることによって自身の存在が消えてしまう前にその土地から離れる事を決めました。ですがそこには再びこの地に戻るという意思があり、離れている間にこの地が廃れ一度窮地に陥ってしまいはするものの、天界で過すことで取り戻した力を再びこの地に与えるつもりでいたのです。それで人々が自身の事を思い出してくれるのなら上々、そうでなくともこれまで愛した地を、そこに住まう人々を救えるならと、その神様は天界へと還られました。ですが、そこには誤算があったのです。その地の人々の暮らしは、自身の力の上で成り立っているのだと疑わないが故の誤算が」
それがどういう誤算だったのか察しがついた城崎だったが、絶えず口を閉ざしてはじっと私へと視線を向け続けている。
そこにはすでにこの話を聞く前に抱いていた感情は失せていた。
「その神様がその事に気が付いたのは天界に還り、力を完全に取り戻した時でした。廃れていると思っていたこの地は、人間の手によって辛くも維持され続けており、そのことはとあることを意味していました。それが何なのか気付けないわけもなく、神様は自身の存在意義を否定されたようだと感じたそうです。そしてどこからか、その土地に住まう人々が『神などに頼らずとも、我らは繁栄を作り出せるのだ』と鼻高々に宣言しているという話が天界で流れ始めたのです」
「…もし、それが本当だとして、天界はそれに対して何もしなかったのか?」
「もちろん大半の者が天罰を与えるべきだと声をあげましたよ。ですが、一度離れたとは云えあそこは自分の土地なのだと、その神様が何もするなと言ったのです。その時が来ればその神様自身が天罰を下すと、そう周りを押し黙らせたのです」
「それで今に至るってわけか。神を拒否した人間を、神の使いであるミョルエルが救うわけがない…か、納得だ」
ようやっと吹っ切れたのか、その表情にはもう険しいものは見られず、城崎は軽く身体を動かすことで関節をほぐし始めた。
「あ、お話終わった?グレモリー的にはどうでもいいし、早くミョルちゃんと二人っきりになりたいから崎があの街を救いたいなら一人でそうすれば?って感じだけどね」
そうひどくぶっきらぼうにいうグレモリーへと視線を向けると、いつのまに探し終わったのか退屈そうに大きなあくびをしていた。
「城崎一人ではあの量を捌ききれずに死ぬのが目に見えます。そうなってしまえば、土地神様との約束を違えてしまうことになるので止めて欲しいですね。で、見つかったのですか?」
「もちろん!距離は結構離れてるけど、まあ飛んでいけば5日もかからずに着くと思うよ」
「そうですか、であれば徒歩の場合は1ヵ月といったところですかね。早速向かうとしましょうか」
グレモリーがいうその場所へと向かい歩き始めた私は、いつも通りぴったりとくっついてくるグレモリーに腕を絡められながらもペースを落とすことなく前へと足を進ませる。
そしてその後ろには、私が歩き始めたのとほぼ同時に歩き始めた城崎が、付かず離れずにしっかりと付いてきていた。
次回の投稿は7/14(木)です お楽しみに