第十二章『終焉戦争後の世界』その⑫
歩くこと三日、ようやっとたどり着いた大きな街では今まさに、魔獣や魔物、そして魔神に攻め込まれていた。
「…で、どうするんだミョルエル?」
「どうも何も、あそこに貴方を連れていくことが目的で来たのですから既に半分程度目的を達しています。どうです?ここからは御一人で行ってみては」
「はは、流石に冗談キツイぞ」
大きな街の少し北部にある離れた岩山から様子を伺う私と城崎は、攻め入っている魔神から話を聞いてくると向かって行ってしまったグレモリーを待ちながら他愛のない雑談を交わす。
ここ三日で私たち三人の仲は深まって入るが、やはり種族は違い私には私のやるべきことがある為に、魔神であるグレモリーはいいとして人間である城崎を同行させ続けるわけにはいかない(主に移動する際の問題があるため)。
その為できるだけ早く城崎を安全な場所へと送り届けたかったが、まさか魔神達が攻め込んでいるとはわからずに出鼻をくじかれてしまった気分だ。
「戻ったよー」
そう、上空から身を降下させたグレモリーは私と城崎の間を割って入るように着地しては、真っすぐに私を見ながらえらく可愛げのある笑顔を向ける。
「なんかね特に目的はなく攻めてるみたいだよ。そこに人間がいるからとか言ってた」
「そうですか、ひとまずご苦労様です」
ぐりぐりと頭をこすりつけてくるのを手で制し、そのままの手で撫でつけるとグレモリーは心底嬉しそうな声を緩めた口から零れさせる。
こうしていると本当にミョルニルによく似ており、精神的には何ヵ月と会っていない事から少し恋しく思っていると、私たち三人に突如影がかかり、何が起こっているのかと顔を上げるとその先には大きな街へと攻め入っているはずの魔神と、その取り巻き達が私たちを見下ろしていた。
「あー…グレモリー?どうして尾行されない様動かなかったのか聞いてもいいですか?」
視線を動かすことなく撫でていた手で以てグレモリーの頬を引っ張りながらに問いかける。
すると、グレモリーはしばし無言をした後に小さな声で「ごぺんなしゃい」と謝罪の言葉を口にした。
「さて、色々と聞きたいことはあるが…まずこれだけは問いておかねばなるまい。何故天使などと一緒にいる?」
一応自身とグレモリーとの力量の差を知ってか、すぐには襲い掛かることなくグレモリーへと真っすぐに魔神は問いただす。
その視線を受け、グレモリーはため息をついてから立ち上がると、同じく真っすぐに魔神へと視線を向けた姿は少し凛々しくもあった。
「そんなのグレモリーの勝手じゃん。それに『などと』ってなに?君にミョルちゃんの何がわかるわけ?」
前言撤回。
何考えてるんですかこいつ。
がっとグレモリーの首根っこを掴み、魔神に聞こえない様声を潜ませ今度は私がグレモリーへと問いかける。
「何を考えてるんですかあなたは。ここは適当な事を言って離脱するのが定石ではありませんか!」
「やーんミョルちゃん顔近いよぉ。それに安心して!」
そう私の行動の意図を完全無視したグレモリーは、ビッと魔神へと指を差し高らかに宣言する。
「私はミョルちゃんの味方だからね!同じ魔神だからって、もし邪魔をするのならグレモリー容赦しないから!」
力強いグレモリーの言葉がその場に木霊し、聞いていた全ての者が唖然としていた。
私と魔神、それと当人であるグレモリーを除いて、だが。
「そうか、相分かった」
腰に携えていた剣を鞘から抜き、魔神は自身の額に青筋を立ててはギラっとした視線を私たちへと向け、何度か手にした剣で空を切る。
「これより先に会話など不要だ。どう転ぼうが相容れないことは証明され、私としても貴方の様な存在を認めるわけにはいかない」
魔神の様子を見て、その周りにいた取り巻き達も各々の武器を握り臨戦態勢へと入る。
「故に斬らせてもらうぞ、異論はないな」
そう構えを取った魔神がすぐにでも飛び掛かってきそうな状況下で、かくもグレモリーはいつもと変わりのない様子で笑顔を浮かべた。
「ミョルちゃん、あいつはグレモリーに任せてね!コテンパンにしてくるから!」
どうにも両者に温度差はあるようだがやる気ではいるらしく、魔神はというと天使である私を気にすることなくグレモリーへと直行しては何度も剣線を走らせる。
だがそれらは一つとしてグレモリーを掠めることなく虚しく空を斬るだけだった。
「ここだとお互い戦闘に身が入らないだろうから少し場所を移そっか」
そうグレモリーが魔神へと言い放つと、突如魔神は後方へと吹き飛びその表情には驚愕の感情が張り憑いていた。
「じゃあ行ってくるね!」
すれ違いざまグレモリーは私へと手を振り、吹き飛ばした魔神の後を追うと程なくして激しい戦闘音が鳴り響く。
遠目に見ても魔神の表情には怒りの感情が見られ、大体の戦闘音は魔神の攻撃によるものだった。
「お、おいミョルエル」
魔神とグレモリーの戦闘を見ていた私へとかけられた声に振り向けば、そこには持参の武器を構える城崎の姿があり、その表情は焦りの感情で満たされていた。
「どうしたのですかそのように焦って。らしくないですよ」
「むしろこの状況で焦ってないミョルエルがおかしいんだよ!こいつらどうすんだ」
じりじりと距離を詰める魔神の取り巻き達は、数の多さもあってかその表情には幾らか余裕が見られ、どうにも私と城崎の事を舐めているようだった。
城崎はともかく、私のことさえそのように見ている事が酷く不快に思えると同時に、グレモリーの実力を図れる貴重な時間を奪われるわけにはいかず、私もまた武器を作り出しては手に握り一度空を斬る。
「どうするもなにも、無謀にもかかってくるのであればやる以外の選択肢はありませんよ」
「だけどこの数は―」
続きがあるはずの言葉を遮り、城崎の視線が私の後方に向けられたのを見てから、私の背後に迫っていた悪魔を雑に切り捨て剣に付着した血を振り払う。
あんぐりと口を開け、間抜けな顔を晒していた城崎だったが、程なくしてから思い出したかのように表情を正すと私に背を向け、再度武器を構えた。
「そうだよな、三日前の事だってのに忘れてた。ミョルエルは相当強かったな」
「そうですよ、なのですぐにでも終わらせますよ」
「あぁ!こっち方面は任せて―」
そう元気よく声を張り上げた城崎の勇士を見れずに残念に思うが、今はそんなことよりもグレモリーの戦い方のほうが重要であり、最高速で悪魔達の中を駆け抜けては的確に急所を切り裂き絶命させた私は、最後の一体が地面へと崩れ落ちる音と重なり聞こえなかった言葉を城崎へと問いかける。
「すみません何か言いましたか?」
「…いや、何も」
どこか物悲しそうな表情をする城崎に、当時の私は表情豊だなぁ程度にしか思っていなかったのをよく覚えている。
私たちの周りに転がっている悪魔達がしっかりと絶命していることを確認してから剣を手放すと、手元から離れた剣は形を崩し程なくして宙へと消えていく。
「さて、それでは観戦するとしましょうか」
「あぁ…そうだな」
手ごろな大きさの石へと腰かけた私の傍に来てから、手柄を立てられなかったことに傷心する城崎は、私と同じく見上げた空の先で起こっている出来事に目を見開いた。
それもそのはず、今まさに私たちが見ている先ではグレモリーがいくつもの魔術を放っては、その合間を縫ってグレモリーへと距離を詰める魔神の姿があり、また、その魔神の繰り出す剣線をグレモリーが難なく躱し続けていたからだ。
この三日で嫌というほどグレモリーの非戦闘時の姿を見てきた城崎にとって、戦っているグレモリーの姿が異様に見えるのは当然といえ驚愕しているのも納得がいくが、やはりここで一度認識を改めさせておくことが必要に思え、私は視線を動かくことなく城崎へと語り掛けた。
「あれがグレモリーという魔神の強さです。まあ私から見て本気で戦っている様には思えませんが、それでもその実力は垣間見えているのではないですか?」
「…正直震えが止まらねえよ。あいつ、あんなに強い奴だったのかよ」
「そうですよ。恐らく私より強いです」
嘘偽りなく、淡々とそう告げた私へと城崎は勢いよく視線を向けたが、すぐにでも視線を元へ戻し言葉を吐き出す。
「嘘だろ―って言いたいところだけど、あれを見ちまうとそう思えてくるよ」
「まあ実際に戦ってみたわけではないので確かであるかはわかりませんが、始めて会った時に他でもない私自身がそう感じましたからね。戦闘経験はそれなりに豊富だと自負しているので、それらの経験を元に出てきたこの結論に間違いはないでしょう」
私のその言葉にしばし沈黙した後、城崎は神妙な表情で私へと問いかけてきた。
「ついでに教えてくれ。あいつが相手をしている魔神、あれはどれほどなんだ」
まだこの頃の城崎は相手の力量を図る術を持っていなかった為、向けられた視線からは相手の魔神がグレモリーより強いのではないか、という意思を感じ取れ、それはないと首を横に振ってから私は言葉を返した。
「少なくともグレモリー以上ということはありませんよ。纏っている魔素の量からも私が凌げるレベルの相手です。あの魔神によほどの隠して札がない限り、負けはしませんよ」
自分で言った言葉であるものの、負けはしないというのは一体誰の事を指していたのだろう。
今まさに戦っているグレモリー、もしくは私自身であったかも知れないが、その魔神の正確な強さを知ることができる機会は今後二度と訪れない。
グレモリーの踵落としで以て勢いよく地面へと叩きつけられた魔神は、立ち上がりはしたものの既に満身創痍といった様子で、激しく息を切らしては腕や足、そして叩きつけられる際に放たれた踵落としをモロに受けた頭部から多量の血を滴らせていた。
「く、そが。これほどまでなのか上位の魔神とは…」
戦闘が始まってからそれほど時間が経っていないにも関らず、魔神の魔素は既に底を尽き欠け自身の治療にすら回せる余裕がない様で、容赦なく追撃を繰り出すグレモリーの対処をするべく魔素で強化した剣で身の守りに徹するも、それも長く続くことなく剣を弾かれては体勢を崩し、グレモリーの手刀によって胸を穿たれた。
「勝負あり…ですね」
そう小さく呟いてから腰を上げた私はグレモリーの元へと歩き出し、城崎は一度固唾を飲み込んでからその後に続いた。
「あっては…ならぬのだ。このような、ことなど」
口から血を流しながら徐々に目の色が失せていく魔神は、近づいてきた私へと一度視線を向けてからグレモリーへと戻すと、残った僅か力で自身の胸を穿つグレモリーの腕を掴み、自身の身体をその場から仰け反らせることで引き抜くことを試みる。
だが、魔神にはそれすらも満足に行えないほどに力が弱り切っており、その様子を見かねたグレモリーが腕を退かせたことで解放され、空いた胸から多量の血を噴出させながら地面へと両膝を付かせた。
「聞かせろ、何故貴方は天使に加担する?」
魔神の身体はこれまでに出会った他の魔神の最期と同じく塵へと化し始め、完全に色を失った瞳を真っすぐにグレモリーへと向けて問いかけると、グレモリーは指を軽く唇に当ててからしばし考え、やがて「まあいっか」と溢しては笑顔で言い放つ。
「正直天使云々とか今はどうでもいいんだよ。グレモリーはミョルちゃんが好き、ううん愛してるからミョルちゃんの為になることをしてあげたいんだ。君はその妨げになるって思ったから排除しただけ。ほら、ついさっきはお話しするだけで特に何もしなかったでしょ?だからもし君がグレモリーの後なんて付いてこなければこうはなっていなかったと思うよ?」
理屈では無く感情論だと、そうグレモリーが恥ずかしげもなく言う姿は、正直少しかっこいいと思えた私は、それを悟られぬ様軽く頭を振って払拭させ、ただ黙って成り行きを見守る。
その時意外だったのは、グレモリーの言葉を聞いて笑い声を上げた魔神の姿で、その顔は半分程塵へと化してはヒビが走り、パラパラと零れ始めていた。
「そうか…愛しているからか。全く以て理解はできないが、きっとそれは…素晴らしいものなのだろうな。悪魔とは強弱あれど強欲なものだ、故にそれを理解できぬまま死んでしまう事を何とも惜しく思ってしまう」
そう言葉を残し、完全に塵へと化した魔神の身体は、やがて風に吹かれて崩れ落ち、その場には跡形もなくなった。
なんとか間に合ったよ!(7/4)
一回書き終わったーってなった後に、「あれ?これとこれって必要じゃね?」ってなったので頑張りました
この調子で後編も頑張りたい所存です
今のところ15章までの内容は考えてあるので、とにかく執筆あるのみですね
てことで次回とそれ以降の投稿は
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その⑮→7/17(日)
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その⑲→7/29(金)
その⑳→8/1(月)
その㉑→8/4(木)
その㉒→8/7(日)
その㉓→8/10(水)
となってます
なので次回の投稿は7/11(月)です お楽しみに