第十二章『終焉戦争後の世界』その⑩
「なるほど、貴方のその抵抗が無に帰らなくて何よりです」
そう安堵の息を吐くも、魔獣達が既に村の中へと入って来たのを感じ取り、すぐ近くに来ていた魔獣の群れへと視線を向ける。
「もう少しだけ待っていて下さい。すぐに終わらせるので」
返事を待つことなく駆け出した私は最小限の動きで以て、村へと足を踏み入れた魔獣達の急所を的確に剣で切り裂き、切れ味が落ちたと感じた瞬間に剣を槍へと変え、今度はその槍で以て急所を穿つ。
魔獣達の中には、先程の魔神達と共にいた大きな魔獣もいたが、それらの急所は皮膚や筋肉によって分厚く覆われている分、槍での攻撃は有効ではないようだった。
深々と刺さった槍を手放し新たな武器を作り出そうとするも、その一瞬の隙を着くように敏捷な魔物が駆け出しては細かな爪を私へと突き立て、そのままの速度で通り過ぎることで細かな切り傷を肌へと刻み込む。
これに致死量の毒でもあれば今の私が無いと思うに、改めて運がよかったのだと思考に至るも、当時の私はそんなことなどお構いなしといわんばかりに行動し続ける。
指を鳴らし、大きな魔獣に刺さった槍の穂先を爆発させ、そのことで体勢を崩した大きな魔獣へと新たに作り出した戦斧を振り下ろしては亡き者にし、敏捷な魔物はそもそもの速度で勝っている為に僅かな追いかけっこで捕えては、容赦することなく雷のマナを直接頭部へと流し込む。
敏捷な魔物は激しい痙攣をしては、壁に叩きつけられることで内部から破裂し肉片が辺りへと飛び散った。
「あと8体…」
そう小さく呟き駆け出した私は、残る魔獣も同じように討伐し大きく息を吐く。
だが、不意に聞こえた地を蹴る音の方角へと顔を向けると、眼前には敏捷な魔物の別個体と思われる魔物がまさに毒々しい刃を振り下ろした瞬間だった。
避けられない―そう至るも、その刃が私の肌へと突き立った瞬間に攻撃を返せると踏んでいたが、魔物の毒々しい刃は私へと触れることなく、背後から振られた剣によってその手を飛ばされ、次いで繰り出された蹴りによって吹き飛ばされては、その先にあった廃材に身を貫かれやがて動きを止めた。
僅かに乱れた息を整え辺りを見渡せば、魔獣や魔物の死体がいくつも転がる死屍累々といった状況で、その中心では青年が安堵の息を吐き出し腰を下すと頭を低くする。
ひとまずそのことは置いておき、村周辺へとマナを巡らせ隠れた魔物や魔獣がいないかを確認し、その存在がいない事を理解して青年と同じく安堵の息を吐き出した。
程なくして顔を上げた青年が言葉を発する前に、私は青年へと頭を下げ謝罪の言葉を口にする。
「もう少し私が早く来ていればこうはなっていなかったはずです。遅れてしまい申し訳ありません」
こうはなっていなかった―その言葉の真意は一体どこにあるのだろうか。
私がこの地の土地神様から言葉を受け取り、森へと着いた時には既にこの青年以外の村人は息絶えており、この結果について私には非などありようもない。
だが、この時の私にはそう感じさせる程の何かがあった事は確かで、今になっても僅かにその感情が芽生えている。
「え…いやいや、あんたがこなけきゃ俺も死んでたんだ。ここは俺があんたに感謝の言葉を言うべき場面だろ?助けてもらった上にあんたから謝罪されたって知られたら、俺は笑い者になっちまう。だから顔を上げてくれよ、な?」
あたふたとした様子でそう言った青年へと再度顔を向けると、青年はニカっと笑ってから「助けてくれてありがとうございます」と、今でいう土下座に近い身振りをした。
「そう…ですか」
果たして、その言葉が青年へとはっきり伝わったかどうかはさて置き、僅かに眉を歪めながら顔を上げた青年が、心から救われた表情を浮かべては忽然と事切れたかのように倒れこんだ私へと駆け寄り、その身を支える。
突然のことに若干取り乱した様子の青年だったが、すぐさま近場の家へと私を抱きかかえながら入っては、何かを探すように部屋中を見て回り、やがて見つけたベッドへと優しく私の体を寝かせた。
「大丈夫かよ…よく見ればあんた怪我だらけだ。人間ならとっくに死んでるぞこれ」
度重なる武器の生成から軽いマナの欠乏状態に陥っていたようで、平常時であれば今頃全ての傷が治癒されているはずが一向に傷は塞がらず、僅かに血が流れ出ては白い服を赤く染めていく。
自分を助けに来たばっかりにとでも言いたげな表情をする青年へと、ここに連れてきてくれた事への感謝として「すみません」と口にしてから言葉を紡ぐ。
「すぐにでも治ると思うので貴方はなるべく早くこの村から逃げてください」
ここには村人や多くの魔獣、魔物の死臭が達籠っており、この匂いが風に運ばれ離れた場所にいる魔獣や魔物に勘づかれ攻め込まれれば、今の状態の私では守り切ることも出来ずに無残に殺されてしまうからだ。
だが、それらが来るよりも早くにこの青年がここを離れれば、少なくともこの青年だけは生き残ることが出来るはずで、そうなることを望んでいる。
青年の答えを待つ事なく当時の私は意識を失わせ、視界も徐々に暗くなり始めていく。
「ふーん、あんまり詳しくは知らなかったけどこういう経由で気を失ったんだ」
反応をしなかったのが面白くなかったのか、私の肩越しに映し出されている過去の出来事を見ていたミョルニルが言ったのを、私は呆れ半分に息を吐いてから言葉を返す。
「この時から既に貴方は意識を覚醒させていたのではないのですか?」
「私が記憶してるのは好きなことだけだから、どうでもいいことはすぐ忘れちゃんだもん。あ、でもこの後何があったかは覚えてるよ。確かここの土地神様とお話するんだよね?」
「覚えていると言いながら何故疑問形なのですか…まあ合ってはいますが」
その私の言葉に嬉しそうな反応を示しては、抱き着く力を僅かに強めたミョルニルは小さな声で「あ、始まった」と呟き、私も視線を前方へと戻すとそこには今は亡き、小さな土地神であった神様が映し出されていた。
「お初にお目にかかります…村人を救いきれず、大変申し訳ございませんでした」
何もない真っ暗な空間の中で、鮮明に姿を映し出されている私と土地神様は僅かに離れた位置で向かい合っており、言葉と共に片膝をついては頭を下げる私へと土地神様は優しく手を伸ばして頭を撫でる。
「いえ、私が貴方に声を投げかけた時には既に彼しか残っていなかったのです。なので貴方は私が望んでいた事を見事やってのけた素晴らしい天使なのです。そう自身を攻めないで欲しいのです」
私が下げていた視線を上げるとその先で身体が僅かに崩壊し始めている土地神様の姿があり、その瞳には涙を溜めてはポロポロと溢し始めていた。
「私には大きな力もなく、私を崇めてくれていた村の子達には何もしてあげれなかったの。それでも魔獣達の狙いが私なのだと知った村の子達は私を守るために立ち向かってくれたの。生みの親だから、これまで守ってきてくれたんだからって…だけど実際には、私が村の子たちを生んだわけでもなければ、守ってきてあげられたわけでもないの…私は何も、できなかったの。ただ、見守っていただけだったの。それなのに…」
後から知ったことではあるが、この土地神様が生れて数十年後にその土地に住み始めた人間達がこの村に住んでいた人間の先祖らしく、何か災厄が起こる度に奇跡的に助かってきたことから当時の村人達は「神様のお力で助けていただいた」と思い始めたそうだ。
それが長い年月を経て、自分たちが最も納得できるであろう事を事実だとして伝承し、いつしか村に住む者全てが土地神様を崇め始めたのだという。
だが、土地神様は本人が言うように力が弱く、森を作り出すことでその力を使い果たしていた。
故にそれまで村人を救っていたのは全くの偶然であり、元々の力が弱いが為にいくら信仰を注がれても力が付かず困り果てていたそうだ。
「だけど、今日始めて…やっと村の…私の子たちの為になる事が出来た気がするの」
真神様曰く、この土地神様の存在自体神様ではなく精霊に近いものらしく、本来の存在意義としてはその土地に森林を作る足掛かりであり、これほどまでに生き延びていること自体驚きだと言葉を溢していた。
そして、その長い年月が土地神へと至らせたのではないかとも。
土地神様は涙を拭い、満面の笑みを浮かべては気丈に振舞っているよう言葉を紡ぐ。
「それは貴方のおかげでもあるの。これまでの私の子達の思い、そして貴方のマナに中てられ覚醒した私の力で、たった一人だけではあるけど…やっと守ってあげられるの」
再度涙を流しながら、土地神様は両手を自身の胸に軽く添え、優しく微笑みを浮かべる。
「だけどそれも長くは持たないの…こんなことを貴方に託すのは神であるはず私の身の上ではいけないことなのだけど…どうか、あの子を私の代わりに守ってあげて欲しいの。ずっとじゃなくていいの…あの子がしっかりと一人で生きていけるまでの間を、私の代わりに見守ってあげて欲しいの」
身体の崩壊は既に腹部を越えて胸部へと差し掛かり、土地神様に残された時間はもうほとんどないのだと告げていた。
「了解…しました。貴方様の願い、確かに承りました」
天使である私にはこうなってしまった神を救う手立てなどなく、土地神様を救えないことへの悔しさが言葉を震わせる。
「ありがとうなの。やっぱり貴方は優しい子なの」
最後とばかりに私の頭を抱き寄せた土地神様は、そう言葉を残し完全に消えてしまった。
やがてその場には優しく温かな光に包み込まれ、次に瞼を開いた時に広がった景色は意識を失う前に見た木造づくりの天井だった。
隣から聞こえる僅かな寝息の方へと視線を向けると、そこには椅子に腰かけたまま武器を握り眠っている青年の姿があった。
「あの…起きてください」
「ん…あ、あぁ起きたのか。おはよう」
軽く身体をほぐしてから両手をピンと上へと伸ばしながらのんきに返答した青年は、一度あくびをしてから立ち上がり再度口を開いた。
「あんたが眠りについてから三日ってところか。随分と御寝坊さんなんだな」
「三日、ですか。…で、なぜあなたは此処に居るのですか?」
意識を失ってから三日が経っている事実に驚愕しながらも、しらっと視線を青年に向けてからそう問いただすと、青年は頬を掻きながら視線を逸らしぽつり、ぽつりと語り始めた。
「まあなんだ…こんなんになっちまったけどここは俺が住んでいた村だしなぁ。なによりも俺を助けてくれたあんたを置いてとんずらするなんてごめんだからな。にしてもここ三日は驚くほど何もなかったぞ?一応まがいなりにも魔術は使えるから、周辺の警戒をしてたんだが特に引っかかるもんはなかったしな」
窓際までいっては外を伺うようにして視線を凝らす青年は、やはり特に異常が見られないことに息をついてから私へと振り返る。
どうやら私はこの時大層驚いた表情をしていたらしく、青年は小さく笑っていた。
「そう、ですか。あの後外敵からの襲撃はなかったのですね」
外敵とは、魔獣や魔物等の総称であり、天界では滅多に聞きはしないが人間の間ではその名で浸透しているらしく、曰く対して見分けが付かないからだそうだ。
どうにも私の予想は外れたようでそのことに安堵するも、ハッと顔を青年へと向けては意識を失う前に言った「逃げろ」という言葉に従わなかったことに声を荒げた。
「何故逃げなかったのですか?これほどまでに死臭がする場所に残るなど、進んで殺してくれと言っているようなものです!貴方は死にたくなかったから抗った、なのにどうしてそう命を捨てるような事を!」
この時の私の意識はハッキリ言って朦朧としており、つい先程青年が言っていた言葉はその実殆どが耳に入っていなかった。
そう言葉をまくしたてながらに言う私の様子に青年は当然のように驚いては「いや、だから」と言葉を紡ぎ始める。
「あんたの言いつけを聞かなかったことについては申し訳ないと思ってたさ。だけど村の連中をあのままにしておくわけにもいかないだろ?それに結果的には何にもなかったんだ、それで大目に見てくれよ?な?」
そう言われてしまえばこちらも特に返す言葉もない気がして口を閉ざす。
よくよく思い出してみれば土地神様はあの時「やっと守ってあげられる」と言って後に、「長くは持たないから代わりに守ってほしい」と言っており、恐らく私が眠っている間は土地神様が青年を守っていた、ということなのだろう。
「はぁ全く、せっかく助かった命なんです。大切にしてください」
だが、その三日があれば比較的近場にある大きめの街に行けたことは確かで、その道中は土地神様に守られている以上身の危険は起こり得なかったのも事実だ。
しかし、土地神様は青年が村に残る選択を取るとわかった上で、あのような頼み事したのではないかと今になって思い至り、その瞬間、私の頭の中でずれていた歯車がしっくり合わさった気がした。
「まあ、それもそうだな。その、すまなかった」
「こちらこそすみません。まがいなりにも看病をしていただいた様でありがとうございます」
柔らかな笑みを浮かべながら、スッと頭を下げた私の様子に若干戸惑った青年だったが、程なくして頭を上げベッドから身を降ろした私が強張った身体をほぐすのを見て、再度自身も同じように身をほぐし始めた。
「それで準備は終わっていますか?」
「え、準備っていったい何の?」
どうやらこの青年、準備という言葉に村をでるという事柄が結びつかない程度には出る気がないのか、私が答えを返す短い間、頭を捻っては答えを探っていた。
「何って、この村を出る準備以外に何があるのですか。さっきも言ったようにこの村には死臭が立ち込んでいます。それも外敵が来ていないのが不思議な程に」
そのことに呆れた様子で息を吐き出した私に対し、わかったようなわかっていないような生返事を返す青年を尻目に、私は手始めといわんばかりに家の中を物色し始める。
幸いなことに、外敵に襲われすぐに事が終えた為か食物などに困ることはなさそうで、青年がしばらくは生きていけそうな多種様々な物資を見つけることができた。
村の中で一番大きな建物へと足を踏み入れ、これまで回ってきた家と同様に探索をしていると地下へと続く道を見つけ、私は躊躇することなく探索を開始する。
道の先では一室の部屋があり、その中では恐らく神物を収めていたであろう祠が祀られていた。
だが、その祠からは何も感じられず、小さく「失礼します」と言葉を告げてから扉を開くも、やはり中には何も入っておらず、僅かな神物の気配だけが残っていた。
「やはり、もう居られないのですね…ですが必ず約束は果たして見せます。なので、どうか安らかにお眠り下さい」
そう告げてからゆっくりと扉を閉じ、地下から出た所で私を探していたであろう青年と出くわし、青年は私の姿を見るなりどこか安心した様に息を漏らしていた。
「丁度いいところに、これらを先程の家へと運んでおいてくれますか?」
傍に積み上げていた幾つかの荷物を指さすと、青年は特に反論することなくそれらの荷物を運び始め、その間に、残る一件へと行っては手短に荷物をまとめ数日お世話になった家へと戻った。
「さて、こんなものですかね。では―」
まとめ上げた荷物へと手をかざし、その手にマナを収拾させとある術式を発動させる。
すると、青年は物珍しさからか「へー」とか「ほー」とか相も変わらずよくわかっていなさそうな声を出していた。
「いわゆる収納術式ですよ。利点としてはあれらが痛まない事と、いつでも取り出すことが出来る事。欠点はこの術式にかかるマナ消費量ですね。おいそれと多様できないことは覚えておいてください」
簡易的にそう説明してからそういえば青年の名前を聞いていなかった事を思い出し、私は青年へと顔を向けた。
「そういえば名前は何というのですか?」
「あぁ、そういえば互いに自己紹介とかしてなかったな。俺は城崎、あんたは?」
そう青年―城崎が平素に問いかけてきたのを、若干思考してから結論に至った私は笑顔を浮かべては名を告げる。
「私はミョルエル。まあ今はただの野良天使です」
「野良天使ってなんだよ。初めて聞いたわ」
「そのような細かいことはいいではないですか。さあ、行きましょうか」
私は大きな街がある方角を指さしては歩き出したのを、城崎は僅かに遅れてから追い付くまでの短い時間を急ぎ足で駆け出した。
次回の投稿は7/1(金)です
一応次が予約投稿分の最後なのですが
まだまだミョルエルの過去のお話(十二章)は続きます
長すぎて分けようとも思いましたが一応十二章で続けます