第十二章『終焉戦争後の世界』その⑨
それからいくつかの神物を見つけては探していた物とは違うことに落胆する事を繰り返し、六つ目の神物を見つけた後にまた別の神様からの神託に足を止めた。
「どうしたのミョルちゃん?」
「神様からの神託が下りました。少しの間一人にさせてもらえますか?」
現状、グレモリーがすぐそばにいるせいか神様のお言葉が聞き取りづらく、恐らくはグレモリーの纏っている魔素が本人の意思とは無関係に阻んでいるのだろう。
そのことにグレモリー本人も気付いたのか、若干不服そうな表情をしてから繋いでいた手を離し私から距離を取った。
『…えるか?…聞こえるか使いの者よ』
「はい、御身の言葉、しかと届いております。どうなさいましたか?」
一応、なぜすぐに返事が出せなかったのかを問われるのはバツが悪い為、失礼を承知で私から用件を問いただすことにした。
『すまないが…力のない我の代わりに、我の大切な子らを守って欲しい』
だが、神託を告げる神様には余裕がないのか、私の態度にこれといった反応を示すことなく言葉を綴る。
『時間がない…すでに多くの子らが命を散らしてしまった。もう我には僅かな力も残されていない…だからどうか』
その言葉を最後に神託は途切れ、刹那、私の脳裏にはここからそう遠くない所にある村が過り、そこでは村人たちが魔獣に襲われていた。
その光景もすぐに消え、気が付けば私はその村へと向け駆け出していた。
「あれ?!ミョルちゃんどこいくの?!」
背後から聞こえるグレモリーの声に振り向く余裕もなく、私の言葉を込めたマナを放ってはグレモリーの元へと届ける。
込めた言葉は簡潔な物で『この先の村を救う』とだけだが、きっと十二分に伝わるはずだ、そう信じたい。
一刻も争う状況に、一歩、また一歩と踏み出す足には力が籠り、地面を深々と抉っては土が宙へと舞い上がる。
こうすることで僅かながら空を駆けるよりも早くに移動はできるが、体力を大きく削られてしまう。
しかし、今はそんな些細なことを気にしている暇はない。
「あの森を抜ければすぐですね」
誰にかける言葉でもなく、そう呟きながら森の中へと躊躇なく踏み込んだ私は、その森の中にいる二体の魔神の存在に気が付いた。
その魔神達の傍には何体か大型の魔獣を含め、数多くの魔獣が控えているようだが、魔神達を含め、それらは私が近づいている事に気が付いていないようで、真っすぐに村へと行進を続けていた。
既に村の中に入ってしまった魔獣達に加え、魔神達が村へと行きついてしまえば後手に回ってしまうことは明らかであり、そうならないように立ち回る必要がある。
「であれば、答えは一つ―」
そう殊更に力を込めた足を踏みしめ雷のマナを身に纏うと、音を置き去りに魔神達の中へとその身を躍らせる。
突如として姿を現した私に魔神達は驚愕し大きな隙を晒していたが、己が主人である魔神の首元へと向かう私の剣を、一体の魔獣が間に割って入ることで大きな血しぶきをあげながらも魔神の命を救う。
この一撃で魔神の一体を倒すつもりでいた為、放った一撃の勢いはすぐに収まることなく、私の体は魔神達を通り過ぎ、離れた所でようやっと一時動きを止める。
「…!てめぇ、一体どこから沸いて出てきやがった!!」
私が剣を振りかざした魔神とは別の魔神がそう怒号を発しては、短剣を取り出し臨戦体勢を取ったのを見てから、再度地面を力強く蹴り出し魔神へと距離を詰める。
真正面からでは先程通りにはいかず、私の一振りは簡単に魔神に防がれ、タイミングを指し示したかのように大きな魔獣が手に持った棍棒を私へと振り下ろす。
それを、身を翻し術式で強化した蹴りでもって砕いてから、指先に雷のマナを込め大きな魔獣の頭に差し向けた。
「簡易術式―雷弾―」
そう私の指先から放たれた雷の弾丸は大きな魔獣の頭に着弾すると、込められた雷のマナが大きな魔獣の頭の中で暴走し、程なくして大きな魔獣は身体を痙攣させながら地面へと崩れ落ち、以降動くことはない。
僅かながら煙を上げる大きな魔獣の成れの果てを見てか、他の魔獣達は不用意に私へと襲い掛かることなく距離を取っていたが、その実私を逃がさないように円型の陣形を組んでいた。
周りに目をやると、どうやら最初に私が切りかかった魔神のほうが魔獣達へ指示を出しているようで、その手にはいくつか枝分かれした指揮棒の様な物を握っており、最初の一撃で倒せなかったことが悔やまれる。
「さて、色々聞きたいことはあるが、それはその四肢を捥ぎ千切ってからにしてやるよ。今のうちに考えておけ、どういう風に死にたいかを」
「考えた所で無駄でしょう。貴方がその要望に応えてくれる気がしませんし、なにより―そもそも私が貴方達に負けるわけありませんから」
勝気な表情を浮かべ、指揮棒を持つ魔神へと指先を向けた私は、大きな魔獣が受けた術式を警戒して小さな魔獣を盾にした指揮棒を持つ魔神を余所に、その場でくるりと身体を回転させる。
すると、指先に込められた雷のマナは私の周囲を囲むように輪を作り出し、私がそれを放つよう心の中で命じると輪は大きく広がり、魔神や魔獣へと接触すると同時にそれらへと大きな魔獣に比べて幾分弱い雷撃が襲う。
だが、弱い雷撃といえど魔獣達には効果覿面だったらしく、中でも雷への態勢が低い魔獣は白目を向け、口から泡を吹き出しては次々と倒れていく。
「っつ…威力が落ちててこれかよ…直には貰いたくねぇなぁ」
唯一、雷の輪からの直撃を免れた一体の魔神は、雷の輪が触れた右足に魔素を流しながら回復を促していたが、勿論そんな隙を与える気が無い私が容赦なく斬りかかるのを、魔神は手にしていた短剣で器用に弾く。
「てめぇの手はある程度わかった。術式も細心の注意を払っていれば躱せる。何か奥の手じみたものがない限り、負ける気がしねぇよ」
弾かれた衝撃で体勢を崩した私の腹部へと回し蹴りを入れ、指揮棒を持つ魔神が私の頭部へと追撃を加える。
短剣を持つ魔神がいうような奥の手は当時の私にはなく、頭部から流れる血を拭いながらどのように勝つかの算段を立て始め、やがて行動に移し始めた。
手始めに、近場の魔獣を呼び寄せている指揮棒を持つ魔神へと高速で距離を詰め、反応出来ない速度で剣を振るっては指揮棒ごと魔神の腕を切り落とし、それを蹴り飛ばしてからマナで作った火球をぶつけ跡形もなく焼き尽くす。
指揮棒を持つ魔神の身体能力は私より僅かに劣るようで、短剣を持つ魔神よりも動きが鈍く見える為、二体の連携を崩すには積極的に狙う必要がある。
何より魔獣を操る力を有している時点で、早期に対処しなければ一対複数の構図から中々抜け出せず、多方面で私が不利な状況に陥ってしまうからだ。
トール様やウリエルも日々常々、一対複数の状況での立ち回りや狙うべき相手の特徴を私に説いており、よくこの手の組み手をやらされた事を思い出す。
「こ、こいつ!!」
腕を切り落とされるも蹴りを放つ指揮棒を持っていた魔神だったが、姿勢をより低くすることでそれを躱し、魔神の軸足となっている右足へと剣を向かわせ容赦なく切り飛ばす。
指揮棒を持っていた魔神はバランスを崩し、その場に倒れこんだのを音で確認してから止めとばかりに剣を向かわせるが、指揮棒を失ったとはいえ己が主である魔神を守るために飛び込んできた魔獣に弾かれ、更に他の魔獣の追撃が襲い掛かってきた為に後退を余儀なくされる。
ほぼ密着状態だった状況から解放された指揮棒を持っていた魔神は、自身の傍に駆け寄ってきた魔獣を糧に、失った足の代わりを作り出しては歪な様子で立ち上がった事に私は驚愕しつつも、目の端で捉えた短剣を持つ魔神の一撃を剣で受け、続く連撃をいなしながら簡易術式で生み出した属性を持たないマナの魔弾を指揮棒を持っていた魔神へと放つ。
そのマナの魔弾で指揮棒を持っていた魔神を倒す気などは更々なく、その魔神が同じ要領で手を作り出させない様にする牽制であり、躱されることを考慮した上で放ったマナの魔弾を何かに着弾するよりも早くに炸裂しては、指揮棒を持っていた魔神の周りにいた魔獣を何体かを吹き飛ばす。
「ずいぶんと器用な事をするじゃねぇか…だが俺相手にその余裕、いつまでもつかな?」
そう下卑た笑みを浮かべては、短剣を持った魔神の連撃は速度が上がり始め、徐々に捌ききる余裕を失いつつあった私だったが、狙い通りに事が進んだ事に僅かな笑みを浮かべる。
それは短剣を持った魔神には予想外の出来事だったのか、突如自身の背に着弾したマナの魔弾に目を見開き体勢を崩したことで生れた隙を逃すことなく、瞬時に剣を大槌へと変え短剣を持った魔神へと振り下ろす。
その一撃は魔神へと致命傷を与えるのに十分だったらしく、グシャっと音を立てながら勢いよく地面へと叩きつけられた魔神の身体は地に埋まり、周りの地面には魔神の血が僅かに飛び散っていた。
大槌を再度剣へと戻すと、その先では何が起こったのかわからないとでも言いたげな表情を浮かべる魔神の姿があった。
程なくして自身の身に降りかかった出来事を理解した魔神は私へと目を合わせ、潰れた喉から声を絞り出す。
「う、うそだろ…どこまで、読んでやがった?」
確実に頭は潰れ、脳漿が漏れ出ているにも関らず問いかけてきた魔神に対し、その頭上にマナで出来た剣を作り出しながら私は答えを返す。
「読んでいたわけではありませんが、もし貴方があれを躱したとしても更に私があれを剣で弾き、真正面からぶつける気でいたことは確かですね。自身に向けて放たれなかった攻撃にはあまり意識を割かないとは教えられてきましたが、これほど上手く事が進んだのは初めてです」
その言葉の最後と共に、作り出した剣を魔神の頭へと突き立てると、その衝撃で身体を僅かに跳ねさせた後、以降その魔神はピクリとも動くことなく身体を塵へと化していく。
「いけ好かね…やっぱ奥の手を持ってたか」
指揮棒を持っていた魔神の言う奥の手とは、剣を大槌へと変えた事を指しているのか…ただこの発言だけでもこの魔神の起源が垣間見える。
恐らくこの魔神は、天使との実戦経験はなく、大した知識すら持ち合わせていない。
魔神へと至ったのもつい最近の事であると、纏っている魔素の質から伺える。
だが私が使った剣を大槌へと変えた力事態、天使が持つ標準的な能力であり悪魔や魔神には既に知れ渡っているもののはずで、これが奥の手とは到底言い難い。
身体能力が近い為、先程の様な絡め手を使わなければ倒せないと踏んでいたが、どうやらそれは深読みが過ぎていた様で、経験というすぐには埋まりようのない大きな差が開いているようだった。
「どう思おうが構いません。…時間が惜しいので、もう終わらせてもらいますよ」
そう剣を構えて体勢を整えた私だったが、魔神は醜悪な笑みを浮かべては新たな指揮棒を取り出しては複雑に振るい、森の中にいる魔獣を含め、その周辺にいた魔獣全てを村へとけし掛けた。
「随分と性格が悪いではないですか…ですが、それで私が貴方を見逃すとでも?」
「強がるなよ、感情が大きく揺れてるじゃないか。それに時間が惜しいんだろ?俺にかまけててもお前にとっていいことは無いと思うが?」
その魔神の発言からとあることを確信する。
それは先程に感じた僅かな違和感、指揮棒を失ったはずの魔神を守った魔獣の動きについてだ。
どうやら一度魔獣に下した命令は指揮棒が失せて尚有効のようで、仮にこの魔神を倒せたとしても魔獣の侵攻は止まることがないだろう。
であれば村にいる人間を助ける最善手は、今すぐにでも村へと赴くことの他にない。
「最後に一つ…何故それをすぐにでも使わなかったのですか?」
村の中から感じられる気配を把握しつつ、既に問題がないと判断した私が駆け出す姿勢を見せながら問いかけると、魔神は徐々にその姿を魔獣達の背後へと暗ませながら答えを返す。
「何、ただの魔素不足だったってなだけだ。つい先程、使えるだけの魔素が集まった。それだけだよ」
魔神の気配は完全に魔獣達に埋もれ、最後の嫌がらせだと言わんばかりにすぐ周辺の魔獣達が私へと襲い掛かってくる。
きっと魔神へと切りかかっていたとしても、これらによって防がれ、最悪私がやられていただろう事実に辟易としながら、雷のマナの弾丸を寸分違わず魔獣達の額へと打ち放つ。
「さて、もうあまり余裕はなさそうですね。しかしまあ、よく一人でここまで持ち堪えたものですね」
この時点で、というよりは私が森の中へと踏み込んだ時点で、村の人間は既にたった一人を残して絶命しており、魔神との交戦を始めた時には魔獣を含めその一人以外の気配が感じられなかった。
その後は魔神との交戦が始まった事からか、交戦していた場所以外にいた魔獣達は戸惑った様に動きを止め、村へと向かう様子がなかったのは救いといえるだろう。
だが今は先程の魔神のおかげで魔獣達は迷うことなく侵攻を進めている。
木々の合間を潜り抜け、村へと足を踏み入れた私が見た光景は惨劇という言葉がぴったりと当てはまる状況であり、唯一生き残っていた人間の青年の周りには、武器を握ったまま息絶えている人間が何人も見受けられた。
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