関章 『霧の都の悪夢』
天界で議会が始まった頃、都市・ロンドンでは100年以上前に起きたとある『猟奇事件』が話題となり、人々は夜が来ることを恐れていた。
昨今で起きた殺人事件件数は10を超え犠牲者は15人にも及び、その全員もまた『可憐』もしくは『美しい』と大なり小なり話題を呼んでいた女性達で、いずれも刃物による斬殺であった。
とある富豪の令嬢として生まれた少女は、今宵ある名家の跡取り息子との会食の日であったが、危険性を考慮し両家の合意から日を改めることとなり、その日は自室で過ごすこととなった。
令嬢が窓の外を眺め暇を持て余していると、部屋の扉を叩かれそちらへ視線を向け「どうぞ」と短く声をかけると扉を開いたのは令嬢の父親だった。
「まだ起きていたか。やはり不安で眠れないか?」
「そういうわけでは…いえ、とても不安なのですお父様」
令嬢はここ数日まともに睡眠をとることができず、目の下にはクマができ肌も少し荒れていた。
ここ数日の事件で一人の友人を失ったこともあり、心労はもはや限界だということは火を見るより明らかだ。
だが、令嬢の父親は心なしか明るい表情をしており、令嬢は首を傾げていた。
「安心しろ、その不安も今宵で終わりだ」
「どういうことですかお父様?」
令嬢の質問に笑顔を返し、扉へと視線を向けてから「どうぞ中へ」と令嬢の父親が呼び掛けると、フードを深くかぶった人物が部屋へと入ってきた頃、門前に立っていた警備員の1人が突如崩れ落ちもう一人は音もなく門を開け敷地内へと足を踏み入れる。
慣れた足取りで富豪の屋敷へと入り、警備室兼休憩室へと向かうと事前に持ち込んでいた仕事着である燕尾服へと着替えてから令嬢の部屋へと向け歩き始め、やがてその部屋の前へと至った。
軽やかなノックをしてから返事を待たずに扉を開いた人物に、令嬢は戸惑いながらもその人物に心当たりがある―否、昨今の事を考えれば一人しかいない。
その人物は後ろ手に扉を閉め鍵を掛けてから、鮮やかな所作で頭を下げた。
「始めましてご令嬢。いやはや今宵は何とも美しく鮮やかな月光で心が躍る…あなたもそうは思いませんか?」
「…あなたが件の殺人鬼でしょうか?」
「叫び声を上げないのは賢明ですな。でなくば、今宵また一人とある場所へお送りせねばならなかった。ここの住人もきっとそれは望まないでしょう。―そして、その質問の意にはYESとお答えいたしますが、一つだけ訂正させてもらってもよろしいですかな?」
僅かな殺意が込められた視線を受けるも、無言のまま動じない令嬢にわずかな疑問を抱きながら、燕尾服の人物は一度瞼を下げてから穏やかな表情で言葉をつづける。
「殺人鬼…というのは少し違います。私はあなた方選ばれた人物をとある場所へと送る使命を得た亡霊―そのような表現が適切かと考えています」
まるで自身に対し寂寥感を抱く様子に令嬢は首を傾げながら、その人物の手中にある禍々しいナイフに寒気を感じる。
「ですが、そういわれるのも仕方ない。私がしていることはどう言い繕うとも人殺し。ですが、許しは乞いません。もとより―」
下げていた視線を上げたその人物の表情に、令嬢は感じたことのない恐怖に襲われ咄嗟に武器を錬成させ、その手に剣を握って切先を向けるがそこにいたはずの人物はいなかった。
「―あなた方の意思や意見に興味がない」
そう背後から聞こえ咄嗟にその場から離れ視界に捕えようと振り返ると、そこには今しがた自身が錬成した剣を握る人物が立っていた。
ある程度、手にした剣を眺めてからつまらなさそうに投げ捨てた人物は、ゆっくりと口を開いた。
「ではそろそろ自己紹介をしましょうか。私は『切り裂きジャック』と呼ばれていた人物その本人のはずですが、本名は忘れてしまいました。まあ…あまり意味がないものですからね」
軽快な口調で会釈する人物―ジャックは、次はあなただと言わんばかりの表情で令嬢を見つめる。
令嬢は今になって切り落とされた手首の痛みを我慢しながら、すでにバレていると悟り元の姿へと戻ってから不敵な笑みを浮かべた。
「私は現界守衛第六隊所属、階級『力天使』名を『ルマエル』。ジャックといったか?私も人間の諸事情などには興味もないが、お前には悪魔との繋がりという重罪の容疑がかかっている。どうか大人しく連行されてはくれないか?」
そういいながら、切られた手首をマナで再生させてから令嬢の服を脱ぎ捨て、本来の天使としての姿で凛とした姿勢に正した。
だが、姿勢とは裏腹に焦る気持ちを落ち着かせる為に思考を動かし続けていた。何よりも―
(なぜこのような人間がこれほどのまでの力を持っている?)
―ありえない出来事にうまく思考がまとまらずにいた。
「残念ですが、はいそうですかと従うわけにはいきませんね」
「あぁ確かにそれは残念だ。であれば、どうか再び死んでくれ『切り裂きジャック』」
まとまらない考えをかなぐり捨て、ルマエルはジャックが投げ捨てた剣をその手に引き戻し、ジャックへと切りかかるが禍々しいナイフに受け止められ、その刃は届かない。
その後数十分間、屋敷内から激しい金属音や様々な物が壊れる音が響いていたがやがてその音は止み、屋敷の扉からは人影が一つだけ姿を現した。
「どうだった現界にいる天使の実力は?」
そう声を発したのは門前にもたれかかったスーツ姿の男で、声をかけられたジャックは少し間を置いてから質問に答えた。
「お強かったですよ、ただ私のほうが上だったと言わざるを得ませんが」
そういいながら、ジャックは所々が切られた血まみれの燕尾服を脱ぎ捨て、スーツ姿の男へと向き直しから先程浮かんだ疑問を問いかける。
「で、なぜあなた様が現界におられるのですか?ベリアル殿」
そう呼ばれたスーツ姿の男―ベリアルは「まあ少し用ができてな」と前置きしてから二枚の飛行船のチケットを取り出して言葉をつづけた。
「日ノ本へ行くのだが、ジャックお前ついてこないか?」
「そこに私が求める人物がいるのなら…やぶさかではありませんね」
「カッカッカ!そうかそうか、ならば期待するがいい。聞くところによるととびきりの上玉がいるそうだからな」
「そうですか、それはなにより」
大きな声で笑いながら歩き始めたベリアルの背を追うようにジャックもまた歩き始めた。
つい先ほど相まみえていた美しい天使の姿を鮮明に思い出しながら、日ノ本にいるという知り得ない人物へ思いを募らせ邪悪な笑みを浮かべたジャック。
その邪気を背で感じながらベリアルもまた心底楽しむような表情をして、二人は闇へとその姿を消した時と同じくして、令嬢の部屋の窓に大きな白翼を持った天使が降り立ち、部屋の中で息絶えているルマエルの体をその胸へと引き寄せ、静かに涙を流しその頬を濡らした。
やがてルマエルの瞼をそっと閉じ、抱きかかえながらその場を後にする。
結果として令嬢は救われたこととなったが、令嬢とその父親の記憶は消されこの日起きたことを知る者は、その場を後にした二体の悪魔と一体の天使だけだろう。
ジャック・ザ・リッパーはあんまり知らない歴史の人物の中で、不謹慎かもしれませんが好きな人物の一人です(現実で会ったら絶対逃げますが)
はい、それだけです
あと、ここまで投稿してようやっと気づきました
文字上の点々、いわゆるその言葉を強調させる奴使ってないやんって
へたくそですねほんと
これから投稿済みのやーつとか色々直していきますが
修正程度のものなので見返す必要性は全くないですよ