第十二章『終焉戦争後の世界』その②
今の私と比べ、発展途上中の私がようやっと現界へと足を付けると、少しだけ遅れて二つの足音が背後から聞こえ、振り返るとそこにはウリエルとミカエルの姿があった。
「待て、一体どこへ行く気だお前は」
そう荒々しく声をかけてきたミカエルは、今と比べて過度な接触をすることなく他の天使と比べても遜色ない態度だった。
私がウリエルの妹であったが故に多少気にかけてくれていただけで、この頃は何故私がトール様やウリエルに良くしてもらっていたのかがわからない、といつしかミカエル本人から聞いたことがある。
「天界がどのような事態でいるのかわかっていないわけではないだろう。戻るぞ、今現界で過ごす時間程無駄なものはない」
ミカエルの言う通り、天界では数々の神々が深い眠りについてしまった直後の為、全体を纏められる者がおらず様々な派閥が主導権の握り合いを行っていた。
順当にいけば、当時最高神であった全能神・ゼウス様の直属天使であった天使長・ルシフェル、もしくは当時から現界、果ては天界にすら一切の干渉をしなかった唯一神・真神様なのだが、ルシフェルは意識不明の状態で発見され未だ覚めてはおらず、真神様に至っては姿すら現していなかった。
そんな状況故に、私がいてもいなくとも変わりのない場所に身を置く事の方が無駄だと考え現界に降りたのだと、今も鮮明に思い出せる。
「申し訳ありませんが戻るわけには行きません。私には、私なりにやらねばならないことがありますので」
「ならん。それを許可してしまえば、他の者にも許可せざるを得なくなる。それとも私を納得させられるだけの理由があるか?」
あまりにも威圧的に言い放つミカエルからは、何を言おうと首を縦に振らない気がして押し黙った私だったが、そこに助け舟を出してくれたのはここまでミカエルの少し後ろで無言のまま立っていたウリエルだった。
「それがトール様のお言葉だったとしてもか?」
その自身の言葉にゆっくりと振り向いたミカエルの視線を受け、ウリエルは足早に私の元へと来るなり私の頭をぽんぽんと手をやり口を開く。
「トール様がこの子に課した事があってな。それを事細やかに説明することは出来ないが、この子にしか出来ないことであることは確かだ」
ウリエルの言葉を受けて尚、疑いの眼差しを向け続けているミカエルは、その真意を確かめるべく一度私へと視線を向ける。
だが、程なくして視線をウリエルへと戻したミカエルは、一度大きなため息をつきながら瞼を閉じては動きを止め、ようやっと開いた瞼の先には疑いの眼差しはなく、変わりにどこか諦めに似た眼差しがそこにはあった。
「そうか…ならば仕方あるまいな。他の者に同じようなものがあるとは思えんし、特別に許可してやろう。だがこれだけは約束しろ」
そう私へと向けられたミカエルの視線には先程までの威圧はなく、心配しているような感情が見えた気がした。
「必ず無事に帰ってこい。貴重な戦力をみすみす失くす事ほど惜しいものはないからな。まあ、これまでの度重となる大戦を生き抜いたんだ、特に心配することはないと思うがな」
微笑み交じりに言ってから振り返ったミカエルは、六枚の白翼を広げゆっくりと羽ばたかせると地から足を浮かばせ徐々に高度を上げ始める。
「ではトール神から課せれらた使命を全うできることを祈っている。…また、会えることもな」
そう言葉を残し天界へと戻るミカエルの背を見送りながら、ウリエルもまた六枚の白翼を広げ一度だけ大きく羽ばたかせる。
「さて、恐らくは気付いていただろうが、ひとまずのところは自由に動けると思う。お前が何を考え、何を成すのか見届けさせてもらうが、決して無理だけはするな」
「ありがとうございますお兄様。私の我儘にお付き合いしていただいて。…必ずやお兄様の元へ帰る事をお約束致します」
そう頭を下げた私を、ウリエルは優しく引き寄せては力強く抱きしめる。
「あぁ信じている。…最愛の妹よ」
私の耳元でらしくもない声でそういったウリエルをぎこちない手つきで抱きしめる。
そして、程なくしてから離れたウリエルは白翼を羽ばたかせ、既に見えなくなったミカエルの背を追うように天界へと向かう。
ウリエルの背が見えなくなるまで立ち尽くしてから、私はマナで作った外套を身に纏い気の向くままに歩みを進める。
そう、この時に始まったんだ。
当てのない、愚者の旅路と云われる私の旅が始まったのは。
今回短いね
でも全体で長いから許してね
次回の投稿は6/7(火)になります