第十一章 『雷神の面影』 その⑨
「…それはどういう意味でいってる?」
「どういう意味も何も、ミョルエルが自由に動けるようにする側につく、という意味以外に何がある?」
食って掛かる様に問いただすミカエルに対し、平素と変わらない様子で告げるウリエルはミョルエルが眠るマナ結晶へと手を触れては安堵の息を付く。
そのウリエルの心底安心しきった表情は、冷静沈着だと聞いていた天使たちからすれば激しいギャップに見え、僅かながら黄色い声が上がる。
「そうだな、ならば私と共に秘境へといくのも一つの選択肢だろうな。場合によってはミョルエル自身を鍛える事もできるだろう」
「あら、それについては私が反対しますよウリエル。秘境探索は貴方だからこそできる事なのを忘れています?」
反対の言葉が真横から聞こえてくると思っていなかった為に一瞬たじろいだウリエルだったが、その様子はすぐさま成りを潜め悪戯っぽく顔を僅かに歪める。
「ミョルは私の妹だぞ?私ができることは出来てもらわねば―というのはただのエゴか」
「えぇ、エゴですね。それにそうなってしまっては本末転倒、結果として意味を成していないじゃない」
あまり見慣れない二人の会話を、他の天使が割って入ることなどできるはずがなく、むしろ物珍しさに口を閉ざしている為か、二人の他愛のない会話だけがその場に木霊する。
だがその会話も、自身の席から飛び降りたミカエルの着地音にかき消され、顔を上げたミカエルの表情は僅かに怒りの感情と困惑が入り混じったものを浮かべていた。
「状況をよく理解した上での発言かウリエル。そうでないのであれば立ち去れ。…少なくとも、お前は私に賛同すると思っていただけに残念なことこの上ないがな」
「それはこちらのセリフだミカエル。まさかミョルの意思を蔑ろにする発言が、その口から出るとは思わなかった」
至近距離で睨み合う二人の身体には次第にそれぞれの四大元素のマナを纏い始め、神雷と神炎がぶつかり合うたびに僅かに大気が揺れる。
だがその睨み合いが長く続くことはなく、二人の間を待ってはいるように神水が現れ無理やりに距離を空けさせる。
「はい、二人ともそこまで。互いにミョルエルの事を思っての行動なんだろうけど、二人が争うのを本人は見たくはないはずよ」
「そうですよ、一度落ち着きましょう。それに、この件に関してはミョルエル本人が起きてから進めたほうがいいと思います。なので、ひとまずその殺気を収めては頂けませんか?」
ガブリエルに続き、空いた二人の間に移動したラファエルは神風を手に溜め、双方に向け牽制する姿勢を見せる。
そのラファエルの姿に、ついぶつけどころを失いそうな怒りを、ぶつけそうになるもなんとか思いとどまったミカエルは、纏っていた神炎を払いウリエルへと一度頭を下げる。
「悪かったな、一時の感情で取り乱した」
「いやなに、それは私も同じだ。すまなかった」
ミカエルと同じく、纏っていた神雷を払ったウリエルもまた頭を下げることで一触即発だった空気が収まったのを確認してから、ルシフェルは一度柏手を打ち席を立ち上がった。
「ひとまず今日は解散するとしよう。後日改めて会議を行う、全員そのつもりでいてくれ」
そう言葉を告げ先んじて会議室を後にしたルシフェルは、先程から感じていた依李姫の元へと足を急がせた。
「お待たせいたしました依李姫様。それで、天界までわざわざお越しいただいたのはどのような用件ですか?」
「私個人の意見は後日に見送りました。なので残る用件はとある方からの物です。これを見せればいいとのことなのですが…」
アスタロトから受け取った神威物を懐から取り出そうとした依李姫だったが、それを見たルシフェルは血相を変えてすぐさま神威物を取り出そうとする依李姫の手を抑制する。
そして辺りを見渡しては誰もいない事を確認し、そっと依李姫の耳元へと顔を寄せた。
「それは決して表に出さないで下さい。ひとまず事情は理解いたしました。どうぞこちらへ」
スッと姿勢を正し、ルシフェルは今しがた出たばかりの会議室へと戻ると、既に全員出払ったのか他の天使の姿はなく場は静寂に包まれていた。
ミョルエルはというと、回復のマナ結晶ごとメタトロンに連れられ、より早期に回復する為治療に専念できるメタトロンの自室におり、そこにはミカエルとガブリエルの姿もあった。
「これから真神様の所へご案内致しますが、よろしいでしょうか?」
ルシフェルのいう言葉から、多種様々な意思を感じ取りながらも口にすることなく、一度ゆっくりと頷いた依李姫。
それを、ルシフェルもまた頷きを返し、先程まで自身が座っていた椅子の奥へと進んでいく。
そこは壁にしか見えず、依李姫の目を以てしても壁以外の何物でもないはずが、ルシフェルの身体は壁にぶつかることなく壁の向こう側へと消えていく。
依李姫はそれに驚きながらもルシフェルを待たせない為に足を進め、壁にしか見えない、感じない物へとすっと手を伸ばすと、そこに触れるものはなく手は壁の向こう側へと消えていた。
程なくして壁の奥へと身を向かわせ、咄嗟に閉じていた瞼を開いた依李姫は広がっていた光景に驚愕する。
そこは先程までいた会議室から繋がっているとは思えないほどの緑豊かな自然が広がっており、頬を撫でる風が運ぶ僅かに青臭い匂いがそれらは幻覚なのではなく本物なのだと控えめに告げていた。
「依李姫様、こちらへ」
そう声を掛けるルシフェルより奥に見える建物へとルシフェルは足を進め、依李姫は無言のままその背を追い、程なくして到着した建物は木材のみで出来たシンプルな一軒家で、遊び心なのか控えめに立てられた看板には『真神』と書かれていた。
扉の前に立ちルシフェルが控えめに扉を叩くと、奥からは女性の声で「どうぞ」と聞こえ、ルシフェルは「失礼します」と言いながら扉を開いた。
「お先にどうぞ、依李姫様」
「ありがとうございます」
スッと脇に避けたルシフェルの前を通り、「失礼します」と控えめに声を出しながら扉を潜った依李姫は、何故か神妙な表情を浮かべる男性とそのすぐ傍にいる女性の天使にゆっくりと頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私は日ノ本の土地神、名を依李姫と申します」
「そうか…貴方か、ミョルエルが世話になっているという依李姫とは」
そう口を開いた男性は立ち上がると、依李姫と同じく頭を下げた。
「ご丁寧にありがとう。私は真神、こっちにいるのは世話係のサリエルだ」
「始めまして依李姫様。ミョルちゃんからかねがねお伺いしております。非常に良くしてもらっており、大好きだと」
そう男性―真神と女性の天使―サリエルは依李姫を持て成す為か、瞬く間に席を用意すると「どうぞ」と微笑みながら椅子を引き、座る様に促した。
それに感謝の言葉を告げてから依李姫が腰を降ろすと、僅かにも揺れることなく正位置へとつかせ、窮屈ではないかと控えめにサリエルが問いかけた。
「えぇ大丈夫です。ありがとうございます」
依李姫の言葉に軽く頭を下げ、部屋の奥へと姿を消したサリエル。
やがて甘く優しい匂いが漂い始める。
「さて依李姫、此度はどのような用件で?」
「とある御方から真神様へとお使いを頼まれていまして」
「ふむ?神を顎で使うとは、一体誰からので?」
そう疑問を浮かべる真神だったが、依李姫が懐から取り出した神威物を目にしてはすぐさま察したようで、額へと手を中てては大袈裟なリアクションを取る。
「そうか、やはり生きていたか。だがまあ今は喜ぶべきだろうか、いや、それとも…うーん反応に困るなぁ」
頭を抱えて悩む真神とは対照的に、トレーを手にして戻ってきたサリエルの表情は明るく、心底嬉しそうな声色を弾ませた。
「あら、あらあらそれはイシュタル様からの神威物ですね?そうですか、御存命だったのですね、よかった…」
「うん、まあよかったっていうのはそうだんだが、イシュタルの現状を知って尚それをいうのは憚られる」
大方、真神の反応は依李姫の予想通りであり、真神とは対照的に依李姫はどこか落ち着いた様子でサリエルから受け取ったお茶を静かにすすり、ほぅ…、と短く息を吐き出した。
「何を言うのですか、ここは素直にお喜びするとこですよ?魔神になったとは云え、今尚依李姫様を通じて厚意を持っているとお判りになるではないですか」
身振り手振りで自身の感情を表現するサリエルだったが、それを見聞きして尚真神の意見は変わることはないようだ。
やがて深く長いため息をついてから、「失礼する」と断りを入れてから依李姫の前に置かれていた神威物を手に取った。
「…なるほどな。相分かった」
わぁー遂に真神様がご登場なさったぁ!
今後活躍有るんかこの方 まああるか ないわけない
てことで次が十一章ラストになります
投稿は5/24(火)になります