第十一章 『雷神の面影』 その③
「それにしても渡してあった魔結晶全部壊れてるじゃない。それほどまでの実力だったのその子?」
「ザガン、お前であれば10は死んどる。何にせよ儂が危惧していた通り、魔結晶のおかげで幾分気持ちに余裕ができてしまっての、緊張感のない戦いはもうええとまで思ったぞ」
懐からボロボロと魔結晶の欠片を出しながらベレトは深いため息をつき、ミョルエルを担ぎなおすとへたり込んでいるメレルエルを一瞥してからふいっと視線を外しザガンへと向きなおした。
「何にせよここでの目的は達した。帰るとするかの」
そうぽつりと溢してから歩き始めたベレトを追うように、ザガンもまた歩き出すが背を向けた先にいるメレルエルが立ち上がったことで二人は足を止め、示しあうことなく同時にメレルエルへと視線を向けた。
「どこにいこうってのよ…まだ、私がここにいるでしょうが!」
怒号を発してから神器を手元に引き寄せ駆け出したメレルエルは、ミョルエルを救う為ベレトへと神器を突き出すが難なく躱したベレトに一蹴され、数m程吹き飛び地面に強打する。
ベレト自身、既に戦う気力が失せておりメレルエルを殺そうという気概さえ持ち合わせていなかった。
だが、もしまだ立ち上がり向かってくるのなら―と思いを巡らませ、立ち上がったメレルエルに胸の中で賞賛を送ってから魔器を取り出しゆっくりと足を進めた。
「一応最後の警告じゃ、退け小娘。それは恥ではない、むしろ誉として生きるがいい」
魔器の切先を向け、諭すように言葉を吐いたベレト。
だがメレルエルの目には、つい先ほど目にしたミョルエルと同じ闘志に燃える炎が見え、退けないのだと結論を付けてから魔器を振り上げ―
「そうか、なら儚く散るがいい。有望たる天界の遣いよ」
―そう言葉を吐いてから真っすぐにメレルエルへ向け振り下ろしたベレトだったが、それは突如として落ちてきた落雷によって阻まれ動きを止める。
一体どこから、誰が放ったかもわからない圧倒的なまでの落雷に驚愕したのは、ベレトやザガンだけでなくメレルエルもまた驚愕し言葉を失った。
そして気付く、この落雷は神雷による物でありベレトが抱えているミョルエルを避雷針として落ちてきたのだと。
「な、なぜ今落雷が―」
その落雷を直撃で受けて尚、膝を地に付けることなくバランスを保ったベレトが辺りを見渡すも、それを放ったと思わしき影は見えず戸惑っていたが、やがてその答えにたどり着く。
自身の抱えている沈黙したはずのミョルエルが僅かに動いたかと思えば、ゆっくりと顔を上げ自身の瞳を覗き込んできた事に動揺を隠せなかったベレトは、次いで腹部に放たれた肘打ちに態勢を崩しミョルエルの身体を放した。
解放されたミョルエルはその場から一度飛び退き、地面に着地してから態勢を整える。
「ミョル…?」
そうメレルエルから声を掛けられるもミョルエルは反応を返すことなく神雷を纏い、ベレトへと距離を詰めては拳を放つ瞬間にだけ神炎を纏わせ、より効果的にベレトにダメージを負わせ始める。
『どうなってるの、さっきまでマナは弱まるばかりだったのに、なんで急激に上昇し始めてるの?』
「まるで別人みたい…だけど、私たちも行くよ」
ミョルエルの目が自身が知っている物とは違うことに戸惑いながらも、依然としてミョルエルが戦い続けている事には変わりなく、メレルエルは神器・暴熱神槍を携え、ベレトの助太刀をしようと赤い光を放つ石を埋め込んだ杖を取り出したザガンへと距離を詰める。
「ちょっと、あれどうなってるのよ!?聞いたことないわよ、瀕死の奴があれほどまでに元気になるなんて」
「さあて、何ででしょうね?そんなことより自分の心配でもしてなさいよ!」
ミョルエルの今の状態に関しては知り得ずとも、今自身が為すべきこと知っている―まるでそう言いたそうな心境のままザガンを抑えにかかるメレルエルは、アラドヴァルが感知したマナの情報からひとまずミョルグレスとフェイルノートが生きている事を知り、胸の中で安堵の息を付く。
「何にせよ、あと少し。覚悟しなさいな」
「んもう、ひとまずやるしかないのならやってやろうじゃない!とんだ暇つぶしよ全く」
手にしている杖を殊更に輝かせ、それぞれに別の属性を付与した魔球を創り出し戦闘態勢を取るザガンだったが、今はまだ距離が遠く離れてはいるが数多くの天使がこの場に向かっていることに気が付き声を上げる。
「ベレト!天使の軍団が迫ってきてる、早いこと離脱しないと数で押されちゃうわ!」
ザガンの声が耳に届くも、ミョルエルの猛攻に血が上ったのかベレトの表情には怒りの感情が見られ、返事をすることなくミョルエルと拳を交えていた。
ミョルエルは本来近接格闘を得意としておらず、身に着けている近接技は全てウリエルとミカエルから半ば強制的に教えられたもので、好き好んで使用してはいなかった。
それは直接交えているベレトがすぐに気付ける程に乱雑で、露骨なまでに様になっていない様子に殊更に怒りの感情を爆発させる。
「貴様はどこのどいつだぁ!!」
そのベレトの怒号を耳にしたザガンもメレルエルも驚愕の表情を浮かべ、互いに一度手を止めベレトとミョルエルの方へと視線を向ける。
そして真正面から対峙しているベレトだけが見えたミョルエルの表情には、これまでのミョルエルからは考えられないほどの不気味な笑みを浮かべており、拳に多大な神雷と神炎のマナを込めるとそれを打ち放ちベレトを吹き飛ばす。
地面にその身を打ち付けるもすぐに態勢を立て直したベレトを見て、ミョルエルは僅かに肩を震わせると大きな声で笑い声を上げる。
「あははははは!誰だっていいじゃないですか、それが今、どのような関係があるのですか?私は私であり、天使ミョルエルその本人。そのことに何の間違いなどありはしないのですから!」
その様子は長い付き合いであるはずのメレルエルから見てもあからさまに異質であり、別人だと抱いた想いに間違いはなかったのだと改める。
「それにしても本当に律儀でいい子なのですね。そんな私が私は大好きですよ。でもそれだけではいけないことは火を見るよりも明らかです」
その声はその場にいる誰に向けた物ではなく、自分自身で対話しているかのような物言いで、より一層に不気味さを放つと、神雷のマナで創り出した大槌を携えベレトへと向けては笑顔を浮かべる。
「なので私が見せてあげますよ、どのようにすれば私はもっと強くなれるのかということを」
そして姿を消したかと思えば、ベレトの懐へと潜り込み大槌を持っていない手をベレトの身体へと触れさせ多量の神雷を流し込み、極度の感電状態へとさせ身体の自由を奪ってから、神炎を纏わせた大槌を大きく振りかぶりベレトへと叩きこむ。
それをベレトは辛うじて魔素を集中させた腕で防ぐものの、神炎のマナに包まれ炎上しては激しい痛みが迸る。
そしてその攻撃はそれだけでは終わることなく、大槌のベレトと接触している面とは反対側の面が爆発し、結果的にベレトを殴り飛ばすこととなる。
ベレトは転げ落ちるのを堪え神雷による痺れを治すと、身体の内側に潜む憤怒の核が殊更に魔素を放ち僅かにその姿を変える。
最早殺さない事に重きを置くことなく、全力でねじ伏せるべく駆け出しミョルエルへ魔器を振るい時空を切り裂くも、すぐさまマナによって覆われ広がることなく塞がると、そこから神雷が生み出されベレトへと襲い掛かる。
だが神雷は寸での所でベレトから逸れると、傍で生み出されていた魔素の塊に引き寄せられてはぶつかり、互いに弾けて相殺され消えていく。
それを見てから、ミョルエルは宙へと跳ぶとすぐさま身を翻し空を蹴っては勢いを付けて大槌を振りかぶる。
僅かに捉えた動きに対応するべく魔器を差し向けたベレトは、同時に魔素の領域を広げ動きを取り溢す事の無いように配慮すると、予想通り真正面から挑むことなく軌道をでたらめに変えたミョルエルを逃すことなく魔器を差し向け続けた。
するとしびれを切らしたミョルエルは、惜しむことなくマナを片手に集中させ、魔器を掴み動かないように固定させてから大槌をベレトへと打ち付け、先程と同じく接触面とは反対側の面を爆発させる
だが大槌は振り切ることなく動きを止めたままで、マナの爆煙の中をもう一太刀の魔器が正確にミョルエルの顔へと向かい、寸での所で躱したミョルエルの頬を薄く斬り血が滴り落ちる。
次いで魔器を振り払うベレトだったが、マナの爆煙を切り裂くのみでそこには既にミョルエルの姿はなく、背後から感じた悪寒を躱すべく身を捻じるが、逃すことなく脇腹へと突き立ったミョルエルの手刀には神炎と神風のマナが込められていた。
「神炎風陣―炎壊の風破」
ベレトの脇腹に突き立った手刀から放たれる神炎と神風は共存性もなく荒れ狂い、ベレトの脇腹を抉り飛ばすと勢い余った力はベレトを吹き飛ばす。
「全く、ボカボカ吹き飛ばしおってからに…ザガン、次が終わり次第撤退する。今の状況下で他の熾天使を相手取るのは流石に苦しいからの」
声を荒げ、次の一手を放つべく魔素を滾らせるベレトは程なくしてそれを解放すると、ベレトの周辺は魔素の空間が生み出され次第に凝縮し始める。
そして、ベレトの掌の上に出来た球状の魔素の塊は黒い雷を発生させ、周囲の空間が歪んで見えるほどにその危険性を物語っていた。
メレルエルは勇敢ですね
かっこいいです
まあそんなことは置いといて、次回の投稿は5/6(金)です
お楽しみに