第十章『七大魔神・憤怒の魔神襲来』その⑦
「これほど…まで、なのか」
天界へと攻め入っていたベレトの部下であるアンドラスは、現界へと向け降下する直前に自身の胴体を二つに切断したミカエルの顔を見ながら身体を崩れさせていく。
ベレトやザガンに及ばなくとも遠くはないと自負していたが、一度たりともミカエルに触れることすら出来なかった事実にアンドラスは失意の念を抱かざるを得なかった。
「お前も十二分に強かったよ」
それは憐みの言葉でも情けの言葉でもなく、純粋な賞賛の言葉であると自覚しながら、落ちていくアンドラスへと背を向けたミカエルだったが、消えかかっていたアンドラスの魔素は突如急激に上昇し、そのことに驚愕した表情で視線を戻すと、その先ではある程度崩れかかっていたはず身体が治り切断した胴体が元に戻ったアンドラスの姿があった。
「バカな…確実に仕留めたはずだろ?」
「えぇ、確実に死んでいたでしょうね。だが、我らにはザガン様から頂いた保険がある」
そうアンドラスは懐から取り出した魔結晶をミカエルへと見せるが、すぐさまそれは砕け散り空へと消えて行ってしまった。
「まあ生き返ったところで力の差が縮まるわけでもない、それにどうやら時間稼ぎはもういいようだ」
「なんだと、どういう意味だそれは?」
アンドラスの言葉にミカエルが問いかけを返すも、それに応える気がないアンドラスはそっぽを向いてから息を吸い込み怒号を発した。
「全員退けい!!我らの目的は達した、これ以上の死は無駄死にと思え!」
その声にベレトの部下達は戦いの手を止め、一斉に踵を返しては即座にその場から離脱し懐から魔結晶を取り出し砕いていく。
すると、魔結晶からは多量の魔素が溢れ出るとそれらを包み込み、やがて魔界へと転送させていく。
「では、またいずれ会うこともあるでしょう。それまではどうかお元気で」
ミカエルを含めその場にいた天使たちが次々と消えていく悪魔や魔神達に戸惑っている隙に、アンドラスもまた新たな魔結晶を取り出し即座に砕くと多量の魔素に包まれ、感じられる魔素の気配が薄れ始める。
「待て貴様ら、一体何しにここへ来た?!」
「そんなものに応える義理など―」
―ない、とアンドラスが言葉を告げ終わる瞬間、激しい雷鳴が響き渡り一際大きな落雷が日ノ本へと落ち、その場にいた全員がそれに視線を奪われた。
その落雷からは遠く離れているにも関わず見知った天使のマナを感じったミカエルは、今はもういない神の面影をその天使へと重ねる。
(今のは一体?)
魔界へと転送される直前にそう思考するも、答えを得る前に現界から失せたアンドラスは現界に残っているベレトとザガンに想いを寄せるが、やがてその考えを払拭させる。
「あの方たちがやられるはずもなし」
そうアンドラスは一人で納得してからベレトとザガンの帰りを待った。
息をつく暇もない攻防は佳境を迎え、互いに息を切らしながらも攻め手を緩めることなく己の武力を振るい続けていた。
メレルエルの身体は土槍と細々と放たれた魔球に数多くの傷を付けられてはいるものの、それらのダメージ自体は高くはなくアラドヴァルの補助もあってかスタミナの問題さえ無視すれば善戦しており、決め手となる一手も残すところアラドヴァルとタイミングを示し合わせるのみであり、メレルエルはそれを待つばかりだ。
一方ザガンは数千年ぶりの長期戦にかなり疲弊しながらも、メレルエルの癖を見抜き直実にスタミナを奪う方法を取ることで応戦していた。
決め手となる魔球も既に準備は万端であり、後はそれを確実に当てる隙を作るために注力する。
『あいつの背後から嫌な気配を感じる。見えもしなければ、魔素の反応もしないけど確かに何かあそこにあるよ』
「あーちゃんがそういうなら絶対そうなんだろうね」
そう絶対的な信頼を置き、未然に防ごうとそれとなくアラドヴァルの指定した場所へと攻撃を繰り出すも手応えはなく知らず知らずの内に舌打ちをする。
「触れることすら出来ないなんて余程面倒な術式を組んでるのね、あれ解析できる?」
『時間をかければ何とか出来そうだけど、それまでは待ってくれそうにはないよね』
メレルエルの攻撃が、自身の背後にある当たるはずのない魔球に向かっていることに気付いたザガン
は、少しでも意識を割かせるための魔素を辺りに放ちメレルエルの情報処理能力に負担をかけ始める
その中でも本命となる物への魔素量を格段に多く注ぎ嫌でも注意を引かせると、ザガンはタイミングを見計らってそれらを放ちメレルエルの行動を制限させる。
『行動に出始めたね。いくよメレちゃん』
「おっけー持ち詫びたよ、勝負を決めるよあーちゃん」
だが、メレルエルとアラドヴァルはそのタイミングを待っていた。
自身に向け夥しい数の魔球と土槍が迫る中、神器で打ち払いながらも増え続ける傷の痛みを気にせず、ただひたすらにメレルエルはザガンへと向け距離を縮める。
そしてその距離が縮まるごとにザガンの攻撃は精度と威力が増し始め、受けきれないであろう攻撃が繰り出されるとメレルエルは攻撃密度が薄い方へと転換しては足を進め、それを何度か繰り返した後に互いの決め手の範囲内に入り身構える。
先に動きを見せたのはザガンで、スッと上げた指を一度パチンッと鳴らすことでメレルエルに当たらず通過した魔球は、再度メレルエルへと向け方向を転換し一斉に襲い掛かる。
だがそれらはアラドヴァルがメレルエルの後方に戦乙女の盾を顕現させることで防ぎ、次いで放たれた土槍を元々の運動神経で躱したメレルエルは決め手の構えへと入った。
「1、2の―」
そうメレルエルが声に出してタイミングを合わせにかかるが、ザガンの一手はそれよりも早くに繰り出された。
メレルエルへと向け開かれた掌にある小さな蒼色の魔球は、瞬時に大きく膨れ上がると辺り一帯を包み込みメレルエルとザガンを水球の中に閉じ込めた。
その水球の中は魔素で出来た水で満ちており、魔素を糧として生きるザガンにとっては何一つ苦も無く行動できるが、天使であるメレルエルにとってはその限りではなく身体に多量の水が絡みつき極端に動きを鈍くさせる。
「悪魔の金魚鉢―前情報では貴方も転移を使えるらしいからこうさせて貰ったわ。この中じゃ逃げ場なんてありはしないわよ」
水の中であってもザガンの声は平素と変わらず耳に届き、メレルエルは意を決して神器へと神熱を集中させると魔素で出来た水にも関らず水温は急激に上昇し、やがて蒸発しては水球の大きさは縮まり始める。
だが、そのことは織り込み済みのザガンは熱湯で肌が焼けるのを我慢しながら、決め手に用意していた魔球を現像させては解き放つ。
すると、水球の中には激しい海流が発生すると同時に細かい風の刃が走り始め、メレルエルの身体は抗うこともできずに海流に流され、風の刃がその身を切り刻む。
程なくして赤く染まり始めた水球の中心で、性質の違う水球を新たに創り出しその中で魔素操作に集中するザガンは、これで終わりとは露程にも考えずまた新たな一手と成り得る魔球の生成を始め、今もなお海流に流され続けているメレルエルへの意識は外すことなく捉え続ける。
「…っ!急な事に驚いてタイミングがずれちゃったけど、いくよあーちゃん!」
『うん!いけるよメレちゃん!』
止まることなく動き回る海流の中でメレルエルはアラドヴァルの補助のおかげか、ザガンを見失わずに捉え続けながら再度神器を構える。
「転移!!」
そう声を張り上げザガンのすぐ背後へと転移したメレルエルだったが―
「待ってたわよ、それがくるのをずっとね」
―ザガンは転移の際に僅かに生ずる空間の歪みに合わせ、魔球をその場所へと押し付けるように繰り出した。
しかし、魔球はメレルエルに触れることなく空を切り、ザガンを覆っていた性質の違う水球を突き抜け海流にぶつかると、それが効果対象ではないことから魔球は不発に終わり儚く消える。
そのことに目を見開いて驚いていたザガンは、自身の背後から貫いてきた神器の赤く染まった穂先を見つめながらごぽっと口から血を流し、その血が水球を赤く染め上げた。
「それ、連続して使えないって聞いてたんだけど、どうして貴方は使えてるのよ?もしかして二人いるからとか、そういう安っぽい理由なわけ?」
元天使であるベリアルから聞いた確かな転移の術式情報で、確実に自身の背後へと転移したはずのメレルエルが連続して転移を使っている事に対し、ザガンはゆっくりと向けた視線の先で笑うメレルエルに問いかける。
「残念だけどそういう安っぽい理由よ。まあ正確にタイミングを合わせる必要があるから一朝一夕でできる芸当じゃないけどね」
「そう…あと貴方自身は攻衛の術式以外使えないって聞いたのだけど、そっちはどうなの?」
「何でそういう情報が出回ってるのよ…まあ正解ではあるけど、それは少し前までの話。私だって今だ発展途上、今日の私が昨日までの私と同じとは限らないでしょ」
最近になってようやっと使えるようになった唯一の攻衛以外の術式である転移で確かな手応えを感じたメレルエルは、一時間にも及ぶ演説を披露したミョルエルに感謝しながら、神器にマナを込め解放させると、解放されたマナはザガンの身体を吹き飛ばしながら四方へと飛び散った。
ザガンの身体が吹き飛んだのと同時に水球から解放されたメレルエルは、久しく肺の中へとはいる空気を堪能してから力なく地面に転がるザガンへと視線を向ける。
するとメレルエルが思っていた通りに身体を再構築させ始めたザガンは、程なくしてから立ち上がると懐からバラバラに砕けた魔結晶の欠片を取り出しては足元に投げ捨てた。
「それで最後でしょ、あなたの命を保証する物は」
「あら気付いてたのね。そうよこれで最後、だから私はもう戦わない」
そういってから手元へと引き寄せた赤い光を放つ石を埋め込んだ杖を魔素で作った空間へと放り込んだザガンは、メレルエルとの戦闘を放棄する。
だがそれでメレルエルも同じく放棄するわけもなく、ザガンを逃がすまいと距離を詰めようとしたメレルエルは神器を構え、再度ザガンを穿つために突きを繰り出すが、それはザガンに届くことなく横から伸びてきた手に受け止められ目を見開く。
その手の主は無造作にメレルエルごと神器を投げ飛ばし、神器を掴み焼けこげた手を振るってから魔素で治すとザガンへと顔を向ける。
「全く、だから常日頃から少しでも身体を動かせと言っていたのだ。それほどやられていては王として示しが掴んであろうて」
そう言葉を発したのはミョルエルと戦っているはずのベレトであり、ベレトがこの場にいることに考えたくもない答えが浮かび上がり、頭を振るってから払拭させようとしたメレルエルだったが―
『メレちゃん…あれ、嘘だよね?』
―絶望に染まった声でアラドヴァルがそういったのを否定しようとするも、目の前に広がる光景が事実であることに、メレルエルもまた絶望の表情をして言葉にならない声を口から漏らす。
ベレトが神器を掴んだ手とは逆の手に掴まれた、見慣れた金髪の天使の姿がそこにはあった。
勝ちはせずとも負けることはないだろうと思っていた、信じていた金髪の天使―ミョルエルは意識がないのか、ピクリとも動くことなくマナの気配も徐々に弱まっていく。
「嘘よ…そんなこと。そんなこと、ありえない」
言葉では否定しようとも、目の前の事実を受け入れるように身体からは力が抜け、神器は音を鳴らして地面へと零れ落ちる。
程なくしてからぺたりと腰を落としたメレルエルの頬には、目から零れた涙が静かに伝っていた。
てことで第十章完結です!
うん、十一章の投稿は一週間待ってください
てことで次回の投稿は4/27(水)になります
章をまたぐたびに一週間待たせてすまないねぇ…




