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天使のパラノイア  作者: おきつね
第九章
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第九章 『大陸からの使者』その④

「なるほどな、そういう算段か。だが、まあいい。厄介者が来る前にお前を再度始末するだけだ」


 周辺から結界が張られていく様子を見て、天使が関与していると察した魔神は眼前で検討する劉雅を改めて分析し始め、生き返った劉雅が生前よりも力が増している事に気が付いた。


 それは人間の本能とも言える限界制御リミッターが外れており、死霊操術の術者である焔鳳の魔力だけでなく、劉雅自身が秘めている魔力が尽きぬ限りは身体は崩壊と再生を繰り返し、まさしく不死身の力を得とくしていたからだった。


 人間として死んで尚、細胞は劉雅の魔力によって爆発的に成長と崩壊を行い、それを焔鳳の魔力が再生と分裂を行うことで成り立っており、他の人間が死霊操術で蘇ったとしても同じ結果を得ることはできないだろう。


 正しく奇跡とも言える魔力の巡り合わせによって成り立っていた。


 そしてその事もさることながら、魔神を驚かせたのは劉雅が生前から持ち合わせていた『戦闘技術』の高さだった。


 あの時点では、家族を人質に取られた上背後からの不意打ちによって早々に瀕死状態となってしまった為それを披露すること無く命を絶ったが、魔神の召喚者である男性の自我があり主導権がその男性にあった状態での一騎打ちであれば、劉雅は負けることは無かったはずだ。


 だが、劉雅はその名を武闘家として知られすぎていたが故に、召喚者である男性は劉雅の家を襲撃する際の条件を定めてから、念入りに計画を立てまともに劉雅と戦うことを避けていた。


「どうしたどうした、所詮その程度か魔神!」


 怒涛とも言える勢いで魔神を圧倒し始めた劉雅は、攻撃を止めることなく魔神目掛けて技を繰り出し続ける。


 限界制御が外れた今、劉雅にスタミナ切れは無く運動エネルギーの全てが魔力に直結している為、魔力が切れるまで永遠と動き続けることが可能になっており、その魔力総量は天界でも上位に位置するミョルエルのマナ総量を大きく上回っていた。


 これも、それぞれの一族の中でも抜きんでた才能を持った劉雅と焔鳳、二人だからこそできる芸当だった。


 そして、魔神にとって最も煩わしかったのは、焔鳳が死霊操術で骨だけの姿となって蘇った小型から中型までの動物達を使役し、劉雅の援助をさせていたことだ。


 それらは劉雅の繰り出す技の合間を正確に補うように魔神へと飛び掛かり、例え魔神がそれらに攻撃をしようとも骨であるがゆえにダメージはなく、バラバラになってもすぐさま復元しキリなく魔神へ飛び掛かる。


「煩わしい…まずはそっちの小娘から―」


 そう魔神が焔鳳との距離を詰めようとするも、劉雅がそれを阻止し上手く抜けられたとしても召喚者である男性と結んだ契約が身体を縛り付け、焔鳳へ攻撃することができなかった。


(―くそが!)


 そう焔鳳の眼前で動きを止めた魔神の背後へ即座に距離を詰めた劉雅は拳や脚足に魔力を集中させる。


「己が拳は巖岩がんくつをも砕く玄武の拳」


 そう劉雅が繰り出した昇拳は、元々人間の身体であるとは云え魔素によって強固になったはずの魔神の背中、背骨をも砕き―


「己が脚足は巨木をも薙ぎ払う朱雀の脚足」


 劉雅は焔鳳と魔神を隔てるように間へと入り込み、次いで放った回し蹴りで以て大きく魔神を右方へと吹き飛ばす。


「っく!!てめぇ調子に乗るんじゃ―」


 そう魔神が何とか倒れるのを堪え、劉雅へと視線を向けるがそこには既に劉雅の姿は無く、気が付けば自身の懐へと入った劉雅の姿を僅かに捉えた。


「己が指先は空をも切り裂く白虎の爪牙」


 劉雅が繰り出さんとする攻撃を防ぐべく魔素を腕に集中させた魔神だったが、一手早く動いていた劉雅の指先に集中した魔力によって腕の神経や腱を切り裂かれ、腕はだらりと力なく垂れ下がり阻むものが無くなった劉雅の指先は止まることなく身体を切り刻む。


 やがて魔神は脚の腱を切り裂かれ、バランスを崩したところで背後へ回り込んだ劉雅の呼吸音に、生れて始めて恐怖で身体を震わせる。


「己が身体は悪しきを滅する青龍の身体」


 一拍を置き、放たれた鉄山靠は魔神の身体を先程とは比べ物にならない速度で吹き飛ばし、修行の終着点である直径10m程ある巨石へと深くめり込ませた。


「四獣拳奥義『四獣乱舞』―どうした、さっさと立てよ。俺の怒りは今だ収まっちゃいねぇぞ?」


 慣れ浸しんだ構えを取りつつ、巨石へとめり込んだ魔神を警戒する劉雅だったが、程なくして巨石は音を立てながら大きくひび割れはじめ、内側から爆発するように全方へと砕け飛び散った。


 その中心では人間の身体を脱ぎ捨て、本来の豹を彷彿とさせる人の姿で現界した魔神が溢れ出る魔素を意に介さず怒りの感情をあらわにしていた。


「決めた…お前らは徹底的に潰してやる。俺にここまでさせたことを誇りながらに死に腐れゴミ共が」


 そう魔神が言い放つと同時に内包する魔素を解放し、その身体能力を自身の限界までに引き上げ、その魔素に中てられてか魔神を中心として空間が歪み、周辺の物は黒く変色し始めていく。


 その様子に劉雅は大きく息を吸い込んでから吐き出し、キッとした表情で魔神を見据える。


「四獣拳免許皆伝、名を『劉雅』。一応名前くらいは聞いといてやるよ、名無しのままで逝くのは寂しいだろ?」


「舐め腐るなよ死にぞこない」


 フッと、そう呟いた刹那姿を消した魔神は劉雅の背後へと回り取り出した棍棒の様な魔器でもって、劉雅の頭をかち割り鷲掴んでから地面へと勢いよく叩きつける。


 だが、上手く受け身を取った劉雅は自身の頭を掴む魔神の腕に両手を伸ばし指を食い込ませ―


「四獣拳白虎ノ壱・豪顎頑砕」


 ―まるで胡桃でも砕くかのようにぐしゃっと魔神の腕を圧し潰し、魔神の手から放たれた劉雅の顔は笑みを浮かべて軽々と魔神の身体を持ち上げる。


「四獣拳青龍ノ参―」


 そして、魔神ごと飛び跳ね空を蹴ってから高速で落下する際に魔神の頭を掴み、仕返しだと言わんばかりに劉雅は魔神を地面へと叩きつける。


「―降龍下壊」


 その衝撃は地面を砕き軽く大地を揺らしたが、魔神は特にダメージを負った様子もなく立ち上がっては無動作で劉雅の顔へと跳び膝蹴りを放ち、カハッと血を吐き出した劉雅の身体を魔器で殴りつけ吹き飛ばす。


「劉雅ぁぁぁ!!」


 悲鳴にも近い声を上げ、焔鳳は劉雅の元へと走りながら死霊操術で骨の動物たちを向かわせるも、それらの牙や爪では最早かすり傷をつけることすら叶わず、無残にも粉々に砕け散っていく。


 焔鳳は起き上がろうと身体を動かす劉雅に駆け寄り、直接触れてから魔力を流し回復を促すが、それを魔神が大人しく待っているわけもなく魔器を焔鳳へと振り下ろす。


 だが、その魔器が焔鳳へと触れることなく、寸での所で焔鳳を抱き寄せその場から飛び退いた劉雅だったが、完全には癒えていない身体では着地もままならず、焔鳳を抱きかかえたまま地面へと転がり落ちる。


「悪あがきは止めろ、差は歴然だ。お前に潰された俺の腕は既に完治済みだというのに、比べてお前はどうだ?受けたダメージが大きすぎて回復しきれていないではないか」


「だったらなんだ、それは焔鳳を見殺しにする理由にはならないぞ」


 焔鳳を自身の背後へと匿うように促し、地面に膝をついてから阻むようにする劉雅。


 だが、そんな劉雅の姿を見て魔神は鼻で笑い飛ばした。


「だろうな、お前にとって最早その娘は切っても切れぬ関係だが、実際には何の役にも立たない足枷だ。お前はまた、下らぬ足枷の為に命を亡くすのだ。それには同情の一つも抱いてしまうな」


「黙れ、お前に何がわかる?所詮人の心を失くした悪鬼風情が、我が顔で人間の持つ美しく愛しい感情を語ってくれるな」


 フラフラと、今だ完治していない身体を無理やりに立ち上がらせた劉雅の表情には、怒りと憂いの入り混じった感情が浮かんでおり、その気迫に圧されるように魔神は押し黙る。


「もはや自分も人とは言えない身だが、それでも心まで失くしたつもりはなければ、焔鳳も家族も足手まといだとか、そんなチンケな考えをしたことなんてない」


「…そうか。で?お前はどうするつもりなんだ、満身創痍の自分と大して役に立たない術者の娘。俺とお前の実力も差は歴然だというのに、今だ立ち向かうのか?」


「当たり前だろ―っと言いたいところだが、選手交代だ」


 劉雅がそういった刹那、魔神の首筋へと剣を向かわせたミョルグレスだったが、魔神はそれを難なく防ぎニヤっと卑しい笑みを浮かべる。


「これがお前の後釜か?であれば残念だったな、こいつでは俺を殺せない」


 結界が張られていくのを承知の上で劉雅と戦闘していた魔神だったが、その実意識はずっと結界を張っていた天使―ミョルグレスへと向けられていた。


 故に、ミョルグレスの接近は知っており魔神からしてみれば「ようやっと来たか」といったあんばいで、そのマナの気配からも万が一にも敗北はないと踏んでいる。


 ミョルグレスは自身が持てる力を最大限に引き出すため、紫電を纏い高速で動き回ることで魔神を翻弄させ隙を見つけては斬りかかるが、魔神には大した傷は負わせられず紫電による痺れも効いている様子がなかった。


「はっはっは!どうしたどうした?ただ速いだけでは俺は倒せんぞ小娘!」


 そう愉快そうに笑い声を上げる魔神の喉元を狙い剣を走らせたミョルグレスだったが、喉元は切り裂かれることなく握っていてた剣が音を立てて砕け散ってしまった。


「んん~?あぁすまんすまん、軟弱すぎて剣の方が折れてしまったな」


 魔神はそれで勝利を確信したのか、下品な笑みを浮かべて魔器をミョルグレスへと勢いよく振り下ろし、その手にぐしゃっと熟れた果実を潰した感触を確かに感じたが―次に目が移した景色は地面一色であり戸惑うように目を見開いた。


 だが、その戸惑いが解消される前に繰り出された蹴りで以て吹き飛んだ魔神は、地面の着地と共に理解する。


 自身と比べて小さく華奢な、幼子の様な天使がその身には有り余る力を持っているということに。


「すまない、もう少し耐えられると驕っていた。助かったよミョルグレス」


「ダメだぞ、ちゃんと作戦通りにしないと。魔神に勝ててもりゅーがが死んじゃったらミョル姉の負けになっちゃうだからな」


 そう可愛らしく頬を膨らませお怒りの様子のミョルグレスは、現状を理解し始め自身を分析し始めた魔神に対し、ミョルエルに任せられた責務を全力で全うする為神器を顕現させる。


「神器顕現-美麗神剣-」


 やがて顕現したのは美しい蒼の刀身を持ち柄頭には赤い宝石が輝きを放つ神器・美麗神剣であり、ミョルグレスがそれを握る姿はどこか違和感を抱いてしまうが、ミョルエルの時よりも輝きを増している神器・美麗神剣を見るに、『在るべくして其処に在る』といった印象を劉雅と焔鳳は初見ながらに抱く。


 吸い込まれそうなほど美しい蒼の刀身は、ミョルグレスが動かせる度に残像の様な淡く蒼い光を残しては、キラキラと光を細やかに反射するダイアモンドダストの様に儚く散っては消えていく。


 戦いの最中とは云え見惚れてしまいそうなほどの光景を前に、魔神は動きを止め忘れたはずの記憶が断片的に過り始める。


 激しく降りしきる吹雪の中、確かに繋いでいたはずの手が離れ、一晩を越えてなお再び巡り合うことはなく、朝日に照らされ光輝くダイアモンドダスト。


 それは今、正しく眼前にあるものと酷似しており消えたはずの後悔がその心中に再び芽生え上手く思考が働かずに、迫りくる神器の刀身はその身を深く切り刻む。


「急に動きが悪くなった…それにこの氣は憂いにも似た何かのようだ」


 フラフラとほぼ治療し終えた身体を無理やりに立たせた劉雅は、圧倒しているミョルグレスではなく格段に動きを鈍らせている魔神へと視点を中て、何がきっかけでそうなっているのかを探り始めた。


 だが、どう考えた所で魔神の生前を知り得ない劉雅に取って、魔神が今どのような思いでそこに居るのかを理解できるはずもなく、ただ時だけが過ぎていく。


 やがてハッと我に返った劉雅は自身の治療が終わっている事に気が付き、傍らには一度に魔力を多量に失い息を切らしている焔鳳の姿があった。


「行って…劉雅」


 そう顔をあげた焔鳳の目には譲れぬ意思を強く宿らせ、劉雅が何かをいう前にその口を指で抑え笑顔を浮かべる。


「あそこには貴方が必要よ。それにミョルグレスが押している様に見えるけど、あの魔神には底知れない何かを感じるの。今は何故か動きが鈍くなっているようだけど、それは長くは続かない。それに…」


 そこで一度言葉を切り、劉雅の胸へと額を当てた焔鳳は静かに涙を流す。


「あぁわかってる…これは俺たちの戦いだ」


 ぎゅっと焔鳳の身体を抱きしめ、噛みしめるように焔鳳の言葉の続きを汲み取った劉雅は、程なくして焔鳳を放しミョルグレスと魔神が戦っている場所へと身体ごと向きを変える。


「必ず勝つぞ焔鳳」


「はい、そう信じております」


 力強く駆け出した劉雅の背中にそっと小さな声で呟いた焔鳳だったが、ふっと意識を途絶えさせその場に倒れ込むが、不思議とその表情には安らぎの感情が見てとれた。

いい区切りが見つからず5000字超えてぇ…

まあええけど

てことはまじで「その⑥」で終わりますね

…頑張ります


てことで次回の投稿は3/20(日)です

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