第七章 『逸話を超えし者』その④
イポスが屋外へと飛び出す少し前。
現界守衛第一隊の残りメンバーが集結し教会の人員と共に結界を貼り終えた頃、現地に到着した現界守衛第八隊の三人は少し離れた位置からメレルエルがいる高層マンションを眺めていた。
「さて、マナそれに魔素の揺らぎ具合から見るに程なくして決着は付きそうです。これは無駄足だったかもしれないですね」
「いやいや現場に駆け付けたっていう事実が評価されるんですから、そんな怠惰な事言わずに『ちゃんと来ましたよぉ』っていうアピールしに行きましょうよ」
「…でも魔素の動きちょっと変だよー?」
そうミョルグレスが足をプラプラさせながら言ったのを、ミョルエルとフェイルノートが同時にどういうこと?―という視線を向けると、再度足をプラプラさせて事なし下に返答した。
「んーなんていえばいいのかなぁー。大きな入れ物に小さいのが入ってる感じぃ?」
ふむ…と再度高層マンションへと視線を向けた二人は目を凝らし、感覚を研ぎ澄ます。
だが、ミョルグレスが言うような異変は感じられず首を捻る二人は、顔を見合わせて再度首を捻る。
すると突然フェンスの上に飛び乗ったミョルグレスは神器を手に臨戦態勢を取る。
「どうしたのですかグレス?」
「…ねぇミョル姉、もしあそこにいるのが逃げ出したら、グレスがとどめさてもいーい?」
「まあ、メレルエルが取り逃しそうなら構いませんよ」
「むふふ~りょうかーい!」
元気よく返事をしてから、すぐさま現場へと向かったミョルグレスを見送ってからミョルエルはフェイルノートへと声をかける。
「フェル、ぶっつけ本番になるのですがその身―私に委ねてもらってもいいですか?」
その問い掛けから、神器換装を要求されているのだと至ったフェイルノートは、相も変わらず悪態を見せながら少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「えー別に何もしなくていいと思いますけどねぇ…でもまあ隊長命令とあらば従わないといけませんし、ほんとブラックですねパワハラですよ?」
「はいはい、いいのであれば、とやかく言わずに従ってください。ほらいきますよ」
しぶった表情のままフェイルノートが差し伸べてきた手を取ってから、マナを共鳴させたミョルエルは静かな声で呟く。
「神器換装-幻奏神弓-」
換装を最低限に留め、手にフェイルノート本来の姿である弓の神器・幻奏神弓を携えたミョルエルは、弦の具合を確かめた後に片膝を地に付け、遥か遠方のビルから飛び出したイポスへと狙いを定めて弦を引く。
すると弓柄と弦の間にマナで出来た矢が現れ、ミョルエルは力一杯に弦を引き絞る。
『ていうか隊長、弓の経験あるんですか?そういった話聞いたことないんだけど』
「一応古今東西のあらゆる武器という武器は触れてます。その中でも弓は比較的扱いやすい類の物だったのですが、ここ二、三百年近くは触れていないので微調整お願いしますね」
『はいはーいりょうかいでーす。であれば、あと左に25度上に5度動かして下さいね』
フェイルノートの指示のままミョルエルは狙いを定め―
「久遠を奏でる幻熾の夢弦、奏でて満たして謳って彩れ-幻奏神弓の破魔矢-」
―弦から手を離すと、勢いよく放たれたマナの矢は紫電を纏って恐るべき速度でイポスへと一直線に向かう。
「ここまでくればもう大丈夫か」
高層マンションから遠く離れ、安堵の息を漏らしたイポスは魔界へと帰る算段を立て始めるが、その算段は近づいてくる三つのマナの気配にかき消され、対処しようと視線を向けた刹那ミョルエルが神器・幻奏神弓で放ったマナの矢がイポスの両翼を貫き消失させる。
「なっ!?」
両翼を失い落下し始めたイポスを追撃するため、速度を上げたミョルグレスは神器・美麗神剣を構え紫電を纏わせる。
「紫電一閃」
そう呟くとミョルエルと同じ技を用いてミョルグレスはイポスの身体を切り刻む。
紫電によって体の自由を奪われたと同時にイポスは、少しつまらなさそうな表情をしたミョルグレスがさっと身体を避けたのを見て自身の最期を悟る。
遠く離れた高層マンションから放たれた神器・暴熱神槍は寸分違わずイポスの心臓を貫き、体はその余波によって灰へと化す。
「まった…く、つまらぬ…余生であった」
そう誰に聞かせるわけでもない呟きを残し、イポスはその命に幕を下ろした。
「己が体は我が手に」
喉を枯らしながらもそう告げたメレルエルが手を前へとかざすと、役割を終えた神器・暴熱神槍が即座に現れその手に収まる。
「お疲れ様です隊長」
そうマナで作り出した水を差し出したラニアスへと頷きを返して水を受け取ったメレルエルは、神器換装を解いてからそれに口を付け喉を潤し辺りを見渡す。
教会の人員が結界を貼っていたとはいえ、神器・暴熱神槍の全開を完全に押さえることなどできるはずもなく、周辺の人間は突然の高温に身体が付いていかず脱水症状を起こしていた。
だが、教会の人員と各地に散っていた現一の天使たちが即座に対処に当ったため、大事には至らずメレルエルは胸を撫で下ろす。
「それにしても相変わらずとてつもない威力ですね」
「んー?嫌味かしらラニアス?」
神器・暴熱神槍が放たれた際に焼けた高層マンションの壁を見ながら、愚直にもそう言葉を漏らしたラニアスを睨みながらメレルエルが言葉を返すと、しまったといった表情をしてからラニアスは首を横に振る。
「いや、そういう意味ではなくですね?!素直な賞賛ですよ賞賛!あ、僕も修復作業に当たってきますね。隊長達たちはどうかお休みになられててください!では」
矢継ぎ早に言葉を発してから逃げるようにその場を後にしたラニアスの後ろ姿を見送り、小さくため息を付いたメレルエルは蟻馬の部屋へと行き腰を下ろす。
「じゃあ私はこの階の修復作業をしてるから、何かあったら呼んでね」
そうメレルエルへと言葉を残し廊下へと出たアラドヴァル。
マナの大半を失い修復作業を行うことすら困難なことにメレルエルは歯がゆい思いをしながら、程なくして部屋へと入ってきた天使へと顔だけを向け声をかける。
「全く余計な事するんじゃないわよ、言っとくけどあんた達の手助けが無くても倒せてたんだからね!」
「うわーわっかりやすいツンデレさんですねぇ~」
「誰がツンデレよ!?」
声を荒げて言葉を返したメレルエルの背後に立ち、ケラケラと笑いながらフェイルノートはメレルエルへとマナを送り始め、間を繋ぐようにして言葉を紡ぎだす。
「しかし、話には聞いてはいましたが実際はそれ以上ですね。老勢の方々はどうも過小評価しすぎてるみたいです。メレルエル隊長にしてもミョルエル隊長にしても…ね」
「ふん、ミョルはともかく私が過小評価されてるっていう点は納得がいかないわね。まあぶっちゃけどうでもいいけど」
「お二人ともなんていうか向上意欲があまりないですよね。ちなみにメレルエル隊長は天界守衛になりたいとかっていうのはないんですか?」
フェイルノートが素直にそう問いかけるとメレルエルは少し沈黙し、そうね…と小さく呟いてから言葉を続けた。
「昔はそう思ってたけど今はそうでもないわね」
「へーそりゃまたなぜです?」
見えないことをいいことに口元をニヤつかせ、わかりきった問いかけをするフェイルノート。
「そうね…まあ多分、こっちに来てからの方が楽しいからでしょうね。ミョルもいて依李姫様もいてイシュタル様もいる。それに貴方達二人も来てからはさらに騒がしくなったけど、そういうの嫌いじゃないのよ」
それを半ば呆れながら微笑みを浮かべて答えを返したメレルエルに対し、『楽しいから』という理由で現界守衛のままでいいと考えているとは思いもよらずフェイルノートは言葉を失う。
だが―
(うらやましいなぁ)
―と、らしくもない想いを過らせ、頭を振ってそれを拭った。
「なんですかそれ…ちなみに私はここで終わるつもり何てありませんよ。隊長には申し訳ない気もしなくはないですが、踏み台にさせていただきもっと上へと行くつもりです。そしてゆくゆくは『四大熾天使』と同格へと至ってみせますよ」
「そう、道のりは険しいだろうけどせいぜい頑張りなさい。その時には盛大に祝ってあげるわ」
そんな他愛のないやりとりで時間を潰し、ある程度のマナを回復したメレルエルはフェイルノートと共に修繕作業へと取りかかった。
次で七章ラストです
投稿は2/14(月)です
世の中はバレンタインですね
まあだからといって何かあるわけではないですけどね