第六章 『悪魔の軍勢の目的と現一の戦い』その③
依李姫神社を出たメレルエルとアラドヴァルは、同じく現界守衛第一隊に所属する『能天使・ラニアス』からとある報告を受けて彼の元へと赴いていた。
「さて、それじゃあ覚えている限りでいいわ話しなさい」
傍目から見ても機嫌がいいように見えないメレルエルと、その圧に押され心なしか小さく縮こまった様子のラニアスは震えた声で小さく「はい…」と告げてから、自身のパートナーである『力天使・ルミエヌ』と共に行動していた出来事を話始めた。
ラニアス曰く、メレルエルから各自休息を取る様に指示が出た頃、何かを思案し始めた様子のルミエヌが「少し調べたい事があるの」と言い残し、勝手に一人で行動を起こしたあげく時間になっても戻ってこない、ということのようだった。
「だとしても位置くらいわかるでしょ?」
「それが、もやがかかったかのように知ることができず、何度か直接探しにも行ったのですが痕跡すら辿れずじまいでして…」
何一つとして手がかりがなく見つけることができなかったと告げるラニアスだったが、そんな理由で現界守衛第一隊に定められた規則(メレルエル作)『原則二人組で行動すること』という一項目を破ったのかと、メレルエルはその表情に怒りの感情を出しながらもニコニコと笑顔を浮かべていた。
「いや隊長が言いたいことはわかりますし、実際僕自身そうするべきだったと思っているんです!ですが、僕の返事も待たずにルミエヌが先走ったっていうほうが非があると主張しておきます!ごめんなさい」
再度かけられたメレルエルの圧によって、謝罪の言葉と共に額を地面へと付けたラニアス。
一応アラドヴァルは看破の術を使用してラニアスの言葉に嘘がないかを見極めていたが、ラニアスの言葉には一つとして嘘偽りはなく、メレルエルから向けられた視線に対し、その旨を頷きでもって返答してから捜索するための術を使用した。
「まあとりあえず説教はルミエヌを見つけてからね。それまでは臨時に私達と共に行動しなさい、わかった?」
「は、はい…本当にすみませんでした」
そう小さく言葉を呟いてから立ち上がったラニアスは、ルミエヌが向かった方角へと視線を向け、アラドヴァルとはまた別の術を使用しルミエヌの捜索にあたる。
その間メレルエルはルミエヌへと『交信』で返答を待っていたが、一向に応答する気配はなく無機質な機会音のようなものが途絶え途絶え鳴り響いていた。
「妙ね…何かあったのかしら?いやそれにしても交信には出られるはず…」
「メレちゃんこっちもダメみたい…ルミエヌの反応だけ見つけることができない」
「そうなると何かにちょっかいかけられてる最中ってわけでもないってことね…急がないと手遅れになるかもしれないわね」
交信にも応答せず捜索の術でも見つけることができないとなると、ルミエヌはマナが遮断されている場所にいるか既にこの世を去っているかのどちらかしかなく、メレルエルの表情には焦りが見え始めていた。
比較的日ノ本での悪魔出現率は高くなく、魔神ともなれば殊更に少なかった。
だが、ここ最近ではその数が異様に増加する一方であり、直近であればミョルエルが応戦した魔神・ゼパルや堕天使であるベリアルがより鮮明に記憶されている。
もちろんその他の魔神の中では下級と呼ばれる階級の『騎士』や『総裁』といった魔神達も何体か現界で姿を現しており、メレルエルやアラドヴァルが忙しく動いているのはその対処に追われていたからだった。
依李姫神社で話していた事が頭に過り、今だけはそのことを忘れて集中しようとメレルエルは軽く頭をふった。
「お待たせしました。いくつか目星がつけられたので、とりあえず近場から回っていきたいのですが」
そうおずおずとした様子でラニアスは恐る恐る手をあげた。
「わかったわ、とりあえず動くとしますか。ここで悩んでいても仕方ないし」
メレルエルはそういうや否や白翼を広げ空へと飛び立った。
次いでアラドヴァルが飛び立ち、少し遅れてから飛び立ったラニアスは二人へと目星の場所を記した地図をマナ経由で伝え、その中で一番近い場所へと向け白翼を羽ばたかせた。
その現場へ到着したメレルエル、アラドヴァル、ラニアスは目を疑った。
まず第一に目についたのは、いくつかの消えかかった悪魔の死体だった。
その死体の傷跡はみたところ鋭利な剣で切り裂かれており、どれも的確に急所を捉えて一撃の元に死に至らしめているという事から、ルミエヌがやったものではないということが少なくとも三人にはわかった。
「この手際、ルミエヌではないですね…それにこのあたりに残留している魔素には対処が施されています。一体誰が…」
「まあ十中八九ミョルエルだとは思うけど、あいつから連絡がないのはちょっと気になるわね。もしかしてグレスか?」
「かもしれないね…それだと連絡がないのは頷けるし。でも見る限りグレス一人でここ片づけちゃってるよね?どうして一人で行動してるんだろ」
短い付き合いとはいえ、ミョルグレスがミョルエルにべったりなのは二人もよく知っている。
だからこそ、その場のマナからミョルエルのものが感じられず訝しんでいたアラドヴァルだったが、その思考はラニアスの声によって払拭された。
「隊長、それに副隊長。これどう思いますか?」
そう声を発したラニアスの足元には、他の死体とは異なり頭を矢で打ち抜かれて絶命している悪魔が転がっていた。
「矢?ってことはフェイルノートも一緒だったのか」
「フェイルノート?それって神器の名ですよね…もしかしてミョルエルさんの隊に副隊長と同じく神器の天使が配属されたのですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?現八にはミョルグレスとフェイルノート、二人の神器の天使が配属されたって話」
「いや、初耳ですよそれ」
「まあまあいいじゃんそれは。とりあえずここにはもう何もなさそうだし早いところ次の場所にいこ」
そうアラドヴァルが話をはぐらかす様に白翼を広げ飛び立ったのを目で追ってから、「それもそうだな」と同じく飛び立ったメレルエルへと、訝しむような眼差しを向けてからラニアスもまた空へと飛び立った。
その④は1月20日に投稿です