第四章 『狂気の殺意』その⑩
「起きてください二人とも」
そう声をかけられ、目を覚ましたメレルエルとアラドヴァル。
マナを枯らしていた二人へと、残り少ないマナを分け与えたミョルエルだったが、その肩には見慣れない梟が留まっており、二人はその梟から感じる気配に顔を見合わせる。
「全くいつまで寝ているつもりですか。ほら二人とも修復作業して帰りますよ」
いつもと変わらぬ調子でそう告げたミョルエルは、周辺の焼き焦げた壁や地面へとマナを送り込み戦闘が始まる前の状態へと戻し始める。
その様子に、今はとりあえず置いておこうと視線だけで交わし、二人も修復作業へと身を入れる。
今回の被害規模で言えば、アラドヴァルが張った結界のおかげかさして広くはなく、本腰をいれてからは三人もいるおかげか、さして時間をかけることなく作業を終える。
「よし、これ終了ですね。では帰りましょうか、報告はまた後日でいいしょう」
「いやいいわけないでしょ、ていうかミョル、あんた肩に何乗せてんのよ」
「そうですよミョルちゃん、ちゃんと説明してください。…特にその梟のこと」
メレルエルに続き説明を促すアラドヴァルはジリッと距離を詰めたことに何故か危機感を覚えた梟―ストラスと同じく、メレルエルもまた「え、特に?」と小さく呟きながら若干アラドヴァルから距離を空ける。
「あぁこの子は第36柱・ストラスです。まあ生れたてで無害ですし、そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」
そういいながら肩に乗るストラスの頭を優しく撫でるミョルエル。
へーそうなのですかぁー、と特に大事に捉えていないのか、アラドヴァルはおっかなびっくりといった様子で手をストラスへと伸ばすが、メレルエルはその手をぴしゃりと叩いた。
「いや何が大丈夫なのよ…ていうかそれ魔神なの?」
「いかにも、我は魔神・ストラスである」
そうメレルエルの問いに答えたのは、今だミョルエルに頭を撫でられながら気持ちよさそうな顔をしている梟の魔神・ストラスだった。
「あれもう喋れるのこの子?」
「みたいですね。それに先程は雛そのものだったのですが成長も早いようです。ここまで早いと別段親心が沸いてはきませんね」
「何?それは困る。ミョルには我の世話をしてもらわなければならないのだ」
「そう思うのならもう少し可愛げのある話し方をしてください。特に我って自分の事を呼ばないでください、可愛げがなさすぎです」
「む…ぜ、善処しよう」
約一名を除いて、淡々と会話を繰り広げる二人と一匹。
それは、拠点としている依李姫の神宮についてからも変わることなく、会話を繰り広げる人数が増えただけであった。
今回の戦闘については「直で言いの行くのがめんどくさいです」という正直すぎるミョルエルの発案から、依李姫経由でルシフェルへと伝えられる。
「―以上がミョルエル、メレルエル、アラドヴァルの三名からの報告となります」
『委細了解しました。それとなく次からは自身で赴くか連絡するかを伝えてもらえるとありがたいのですが』
「うーん、でもそれはもうすでに私からも何回も言ってますし、ルシフェル様やミカエル様から言われておられるのですよね?」
『いやまあそうなのですが…その都度注意しているかどうかという事に重きを置かれつつあるので。しかし―』
そう一拍空けてから続いたルシフェルの言葉には、見えずとも苦々しい表情をしているのだとわかるほどのニュアンスを含んでいた。
『―ベリアル、か…本当にミョル達はよくやってくれましたね。故に、という訳ではありませんが、そちらでよく身体を休めるよう先程の事の代わりに伝えて頂けると幸いです』
先程の代わり―つまり今回に関しては、直接報告をしなかった事について目を瞑る―と、そう告げたルシフェルの言葉に依李姫は安堵の息を漏らしてから「かしこまりました」と告げ、一言二言交わしてからルシフェルとの交信を終え、賑やかな部屋へと戻とミョルエルが若干バツが悪そうな表情をしながら声をかけた。
「代わりの報告ありがとうございます、それでルシフェル様は何と?」
「こちらでよく身体を休めるように、と言ってくださいました。ですのでお咎めなし、ということですね」
そう聞いて心から安堵するように息を吐いたのはミョルエルだけでなく、メレルエルもまた息を吐いた。
「こんな思いするなら私だけでも直接いけばよかったわ」
「ですが、そうすれば『何故ミョルエルは来ていない!』からの『何故無理やりにでも連れてこなかった!』と繋がってメレルエルが悪く言われますよ」
安易にそう漏らしたメレルエルに対し、ミョルエルはまるでわかりっているかのように言葉を返すと、当然とばかりにメレルエルの膝上に座っているアスタロトは、自身の膝の上に乗せたストラスを撫でながら「はぁ?」と声を上げる。
「何よそれ意味わかんないわね。ちょっと私そいつら殴ってくるわ」
そういってから立ち上がろうとしたアスタロトだったが、そもそもアスタロト自身の事を報告していない事を思い出したメレルエルは抱きしめるようにしてそれを留める。
「ま、まあ今に始まったことではないので、イシュタル様が気にする事ではありませんよ」
「…そ、そう?ならまあいいわ」
すごすごとメレルエルの膝上に座りなおしたアスタロトは怒りとも喜びともとれるどっちつかずの表情を浮かべるが、メレルエルは若干の疲労を浮べて聞こえない様小さなため息を吐く。
そんな様子を微笑ましく思うのかアラドヴァルの顔には疲労が見えない。
「さて、それでは今日は御馳走といきましょう、アラドヴァルお手伝いを頼めますか?」
「はい、私でよろしければ」
そう元気よく声をかけた依李姫に続き、立ち上がりながら返事をしたアラドヴァルは、依李姫と共に献立を話し合いながら部屋を後にする。
それを見送ってから、ミョルエルはパソコンを起動させ新着メールを確認するが、ディスプレイには特にそういったものは表示されず、至って平穏そのものらしい。
そのことに安堵の息を漏らしてから、料理ができるまでの間横になろうと倒れこむ。
今回、ベリアルが核を持っていなかったからこそ掴めた勝利なのだと、改めて実感が沸いてきたミョルエルは知らず知らずの内にため息を吐いていた。
(もっと強くならないと)
そう心の中で呟き、ややあってから自身の腹部に重みを感じ視線を向けると、そこにはアスタロトに揉みくちゃにされ、羽があちこちに跳ねたストラスがふんすと鼻を鳴らす。
「あはは、なんですかそれ。全く仕方がないですね」
すっと手を伸ばしストラスの全身を撫でるように羽を整えると、いつの間にか寝息を立てていたストラスから視線を移し、その先では同じく寝息を立てているメレルエルとアスタロトの姿が見えた。
先の戦いで疲れているはずのアラドヴァルが料理を作っているとなると、流石に自分も寝るわけにはいかないず身体を起こしたミョルエルは、起きる気配のないストラスを膝上に乗せ窓の外を見る。
周りに建物が少ないおかげか、細々と光る星を妨げるものもなく夜の空にはいくつもの星がその輝きを放ち、欠けることなくまんまるとした形の月はほんのりと辺りを照らす。
「今日はとても月が綺麗ですよトール様」
誰に聞かせるわけでもないその声は、やはり誰の耳にも届くことなく宙へと溶け込み消えていく。
そのことが少し寂しく、だが同時に嬉しくもあったのかミョルエルはとても穏やかな表情を空へと向ける。
いつかまた、今日とは違う空をトール様と見れれるようにと小さな願いを込めて。
てことで第四章完結です!やったね!
ここまでが一応自分の中で、書籍化(自費出版も視野)した場合の一巻の内容に該当します
自分なりに第一章~第四章は話をちゃんとつなげたつもりでいます
次回、第五章では何やら現界守衛第八隊(ミョルエルの隊)に入隊する天使がでてくる話です
つっても活躍するかはわからないですけどね まあお楽しみに!
ちなみに第四章が長くなった理由は、もっとも書き進める前に展開を考えていたからです
第五章からはまったくの更地で書いているので今のところすごく短いです
なんとかせねば…
12/19 追記
大変申し訳ないのですが、第五章その①(仮名)の投稿は12/27とさせていただきます
理由としては、投稿済みの本文をより見やすくする為、またルビ振りや傍点の修正などの作業をしたい+五章以降の見直しが済んでいないからです
つきましては、文章構成が変わってしまい今まで読んで下さった方からすれば違和感のあるものになりかねませんが、これからもどうか『天使のパラノイア』をよろしくお願いいたします