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天使のパラノイア  作者: おきつね
第四章
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第四章 『狂気の殺意』その⑨

片腕を失い、アラドヴァルの灼熱に焼かれた大小無数のやけどに加え、つい先ほどできた刀傷から魔素を失い続けているベリアルは、残量魔素の少なさに焦りを募らせる。


 特段今すぐ必要だというわけでもないが、それが尽きてしまえば強制的に魔界へと帰還させられ、上手い思いもできずに終わってしまう―そう思ってしまうと、酷く勿体ない。


(にしてもえらく尖った性能をしてるなこの技は)


 徐々にミョルエルの攻撃を捌くのに慣れてきたベリアルは、ミョルエルがあらかじめ引いているマナの軌道線上を動いているにすぎない事に気付き、そこへ合わせて大剣を振るい始めるが当たる様子がないことに疑問を抱いた。


(なぜ今のが当たらない、今のは確実に当たるタイミングだったろうが)


 苛立ちを募らせ始めたベリアルだったが、ベリアルが長年の経験を元に対応した行動はミョルエルの神雷纏装の特性と弱点を完璧に捉えた動きだといえる。


 ミョルエルの神雷纏装の弱点、それは自身ですら把握しきれぬほどの超スピードを制御するために引くマナの伝導線だ。


 これはそもそもの戦闘経験が高い相手や、マナや魔素といった物に敏感な者には気付くもしくは見ることができるようで、その伝導線―つまり軌道線上に攻撃を置くことで簡単に対処できるようになる。


 だが、その道は既にウリエルと通った道であり、神雷纏装の弱点をカバーできるよう二人して模索したことによって無くすことができた。


 まず手始めに他の術式との干渉性を知ることから行い、攻衛はさておき、防衛と支援の術式をあらかた試している内にわかったのが、そのどれも神雷纏装の特性に干渉を受け性能が強化された物もあれば、逆に弱体化した物もあるということだった。


 それらを通しウリエルが出した結論は、その術式の対象が自身であるのか、ないのか、というもので、再度二人は神雷纏装を発動させた状態で自身が対象となる術式を発動させると、ウリエルの読み通りそのすべてが強化されており、逆もまた読み通り弱体化されていた。


 それは神雷纏装の影響により、通常とは異なった変化を起こしたマナによる暴走から来るもので、神雷纏装の特性の一つとして二人は捉えることにした。


 自身が対象、つまり直接自身へと影響させるマナの流れを生み出す身体強化等の術式は、同く神雷纏装の特性により変化した身体とは上手く噛み合い、より効率的にマナが巡るようになり更になる強化が施される。


 だが、直接自身へと流さない術式、例えばミョルエルが使った『拒絶する大幕』のように『特定のマナ配列でマナに変化をもたらせ顕現させている』ものに関しては、そのマナ配列が狂う為弱体化もしくはそもそも発動すらしないといった現象が起こる。


 ウリエルはこれを「人間が使う数式のような物」だと表現しており、『x(マナ配分その1)+y

(マナ配分その2)=z(その配分でのみ起こる結果)』という数式とした場合『x+y』の部分がマナ配列であり、『z』というのはそのマナ配列から起こるマナの変化による結果(顕現)だという。


 仮に『1+1=2』という数式でのみ『拒絶する大幕』が顕現するのだと考えた場合、神雷纏装による影響でマナ配列が『1+1』ではなく『1×1』へと変化し結果が『2』ではなく『1』へと変わる為に弱体化、もしくは発動しないという現象になるのではないかというのがウリエルの考えだ。


 そして、自身を対象とする場合の術式は、特定のマナ配列がない、もしくは『α(自身の身体)+β(マナの量)=γ(身体能力の上昇量)』といった数式において『+』が『×』へと変化した場合『γ』の値が大きくなるため、更に強化されているんじゃないかとも説明しており、そのことに関してはミョルエルも納得している。


 二人はそう結論づけたあと、「では人間が扱う魔術なるものはどう影響するのだろう?」という純粋な好奇心が芽生え、ありとあらゆる人間に教えを乞い様々な魔術を習得した。


 その際、ほんの一瞬先の未来を視ることができるようになる魔術が、体感時間を倍増させる術式との噛み合いがいいことに気付いた。


 神雷纏装を発動させた状態において、実時間一秒の出来事が体感時間を倍増させる術式により、およそ五秒程の出来事へと変化することがわかり、身体強化の術式を合わせれば避けられない攻撃はないという答えに行きついた。


 あとは、その術式を任意のタイミングで強弱を付けられるよう訓練するだけであり、およそ300年程前にその域に達っすると、周りは『神雷纏装は無敵の技』なのだとレッテルを貼り付けた。


 事実ミスをしなければダメージを負うことのないのは確かな為、周りからの様々な評価を二人とも特に気にすることはなかった(興味がないだけかもしれないが)。


 もちろん、そのことを知り得ないベリアルからしてみれば、もはや神の領域すら超えているとさえ思えるミョルエルの動きを捉えきることなどできるはずもなく、一方的に傷を増やし続けるだけだった。


 だが、捉えきれないとなるとやるべきことはまず一つ―


「これならどうだ?クソちび」


 ―ベリアルを中心とした黒炎の爆発は、ミョルエルが最も近づいた位置にいるときに起こり、一瞬ともいえる速度での爆発を避け切ることができなかったミョルエルの腕には、黒炎が纏わり付き術式による水や魔術による水でもってしても消火することができなかった。


「珍しいだろ消えない炎ってのは」


 爆煙の中からゆっくりとした足取りで姿を現したベリアルは、自身の身体を黒炎で包み込んでおり腕の黒炎の治療を後回しにし、ミョルエルは神器で切りつけるもまるで手応えがない。


「…なるほど自身の身体を黒炎へと変えましたか」


「正解、まあ見ればわかるだろうがな」


 片や速すぎるが故攻撃を受けることはなく、片や自身の身体を実体のない黒炎へと変えダメージを受けることのない、完全な膠着状態になったと、ベリアルはそう思い込む。


 だが、それしきのことでミョルエルが止まることはない。


「そうですか、であればこうするまでです」


 そういうや否や、ミョルエルが展開した術式はベリアルにも見覚えのあるものだった。


「おいおい何を言い出すかと思えば『焔断ち』の術式じゃなぇか。俺を誰だと思ってんだクソちび」


 頭をガシガシと掻きながら失望したというニュアンスを含ませながら言ったベリアルだったが、ミョルエルの態度は以前として変わらない。


「もちろん十二分に理解しているつもりです。ですので、これはそれを踏まえた上での行動です」


 そうあっけらかんと告げたミョルエルに、額に青筋を立てたベリアルは―


「なら無力だと嘆きながらに死に腐れ」


 ―より一層火力を増した黒炎をミョルエルへと放つ。黒炎はミョルエルが避ける隙間なく広がり燃

え盛ると、程なくしてミョルエルを飲み込んだ。


 マナ探知でも確実に黒炎の中に囚われていることがわかると、ベリアルはため息をついてから背を向け指を鳴らし黒炎を圧縮させ、確実にミョルエルを殺すよう仕向けるが、刹那その黒炎が切り裂かれた。


 予想だにしていなかった事に、驚愕の表情を浮かべながら振り返ったベリアルの視界には、既に距離を詰め居合の構えを取っていたミョルエルの姿があった。


「チェック・メイト」


 そう呟いたミョルエルの神器はベリアルの黒炎の身体を切り裂くと、ベリアルが身に纏っていた黒炎は音を立てながら鎮火し、実体を現した身体は切り裂かれた黒炎をなぞる様にして切り離される。


「な…んだと」


 そう短く呟くようにして崩れ落ちたベリアルは、ありえないと言いたげな表情をミョルエルへと向けるとその答えにたどり着く。


 ベリアルの視線の先では、青く煌びやかに光を反射する『神水』を纏った神器を握るミョルエルの姿があった。


「な、なぜお前がその力を持って―いや、そもそも『神雷』を纏っていた事も十二分におかしな話じゃねぇか」


 そう戸惑うベリアルの態度は、天界をよく知っている者であれば至極真っ当な反応だ。


 本来、神炎、神水、神雷、神風は『四神元素』と呼ばれ、それらを扱うに最も適した『神』にそれぞれ一つづつ与えられる天界における最高峰の力であり、天使が持つことはおろか複数扱っていること自体ありないことだ。ましてや、現界にいる一端の天使が持っていていいもののはずがない。


「どういうことだ、説明しやがれクソちびぃ!!」


 そう怒号を発するベリアルへと冷ややかな視線を向け、ややあってため息をついてからミョルエルは静かに語りだした。


「まず前提として、私はどの『四神元素』にも選ばれておらずその核を所持していません。今それらを持っているのはお兄様達ですから」


 ベリアルにはここに留まっている程度の力しか残っていない事を察したミョルエルは、神器をしまい『神雷纏装』を解除してから言葉を続ける。


「ですが私は神雷を始めとする四神元素全ての力をある程度授かっているのですよ。もちろん配分はバラバラで、それぞれを100%と現した場合の合計400%中のたった70%程度ですが」


「…は?」


「もちろんこのことは天界内でも公開してませんし、知っているのは四神元素の所持者であるお兄様達とルシルシフェル、それと発案者である真神様だけです」


 そこまで言ってから地に伏しているベリアルへと向け手をかざしミョルエルはにっこりと笑顔を浮かべる。


「さてお話はここまでです。どうせ魔界に還る算段は整っているでしょうから、後はそっちで勝手に考えてくださいね」


「な、まて―」


「悪しきを滅する裁きの光―天界術攻衛ノ壱『神ノ審判』」


 ベリアルの抑制の声に聞く耳を持たず、ミョルエルから放たれた裁きの光はベリアルを包み込みその身体を焼き尽くす。


 だが、ミョルエルが言ったようにベリアルは自身の核を魔界に置いており、万が一死んだ場合の保険を残して現界に姿を現していた。


 それにより力はある程度制限されるが、此度の目的を果たすのにそれほどの力は不要であり、今回の様な事故とも取れる事態にはむしろ好都合だといえる。


 ミョルエルはベリアルが完全に居なくなった事を確認してから、白翼を広げとある人物がいるであろう場所へと向かった。



「やはり貴方は核を持ち込んで来ていましたか。ジャック」


 そう、空を仰ぎ見ながら残り僅かな命を繋ぎとめていたジャックへと声をかけたミョルエルは、返事を待たず話続ける。


「ベリアルとの戦闘中、消えることなく徐々に弱まっていることに気付いてもしかしたらと思っていましたが、正直私はそのことに少し驚いていますよ」


「そう…ですか」


 ようやっと絞り出せた言葉には変わった声音は感じられず、ジャックの姿も先程までの梟の様な姿でなく、始めて相見えた時と一番近い姿へと戻っていた。


 だが、ミョルエルに切り裂かれた傷がくっつくわけでもなく、今だ息があることの方が不思議だろう。


「それで、貴方が取り込んでいる魔神はどこのどなたですか?」


 そう見透かしたようにミョルエルが問いかけると、少し驚いた表情をしてから顔を綻ばせたジャックは口を開く。


「第36柱・ストラス…という梟の魔神です。どうやら知識を司っているらしく、取り込んでしばらくは、その知識を引き出すための尋問を受けていました」


 嘘をつく様子もなく、いっそ清々しいと云わんばかりの口調でジャックは話を続ける。


「彼は特に争いを好まず、ただ知識を求めては魔界中を点々と飛び回っていたようです。力はそれなりにあるようで、魔界での地位は『君主』とされていたそうです」


「魔界中を点々と飛び回っているのに君主とは随分と皮肉ですね。それ一体だれが定めているのですか?」


 冗談めかしてそう問いかけたミョルエルだったが、ジャックは声を出すことなく口だけを動かし答えを告げる。


 そのことにジャック自身も驚いた表情を浮かべるが、ややあって「なるほど…」と声を小さく発してからゆっくりと瞼を閉じた。


 その様子に特に話しかけることなくミョルエルも口を噤む。


 しばらくどちらとも無口のまま時を過したが、ジャックはゆっくりと瞼を開け声を絞り出す。


「貴方に出会えて…本当によかった」


「私は…そうでもありませんでしたね」


 そう消え入りそうな言葉を告げたジャックだったが、ミョルエルは冷たく突き放す口調でそう告げ、更に言葉を続ける。


「貴方が誰かを殺めたことは絶対に許しません。貴方はこれから先、その罪を償い己が人生を悔い改め朽ち果てる運命にあります」


 ジャックは言葉を返すことなく口を噤み、ミョルエルの言葉をしっかりと噛みしめる。


「誰からも憐れられることもなく、人類史においては蔑みの対象として語り継がれることでしょう」


 そこまで聞いてからジャックは再度ゆっくりと瞼を閉じる。


 自身が犯した罪は消えることはなく、失われた命は戻らない。


 故にジャックは死して尚、それを背負い償わなければならない。


 それはきっと果てのない孤独の道だ。


 だから、というわけでもないが―


「人としての最後くらいは私が看取ってあげましょう」


 その一言に瞼を開いたジャックの視界には、恐らく世界でただ一人、ジャック自身を憐れむ、憐れんでくれている人―天使がいた。


「おやすみなさいジャック」


 そう優しく微笑みそっとジャックの瞼に触れ、優しくその瞼を閉じさせる。


 瞼を閉じる最中、ジャックは忘れてしまっていた母親を思い出す。


 夜が怖く怯えていたジャックへと優しく声をかけ、そっと瞼を閉ざしてくれた母親の姿を、思い出す。


 大好きで大好きで仕方がなかった、母親の事を―


「ごめん…なさい、お母さん」


 ―思い出し、涙を流しながらそう告げて、ジャックは静かに息を引き取った。

途中の数式は特に深く考えなくてもいいです

ただ、神雷纏装中は他の天界術のマナ法則をぶっ壊すから使えないって覚えてもらえると助かります

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