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天使のパラノイア  作者: おきつね
第二章
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第二章 『氷の大地』 その⑤


 コキュートスが発した視界を覆うほどの雪風に魔素が込められていないと気付いたウリエルは、二人へと注意を促すために声を張り上げるが、その声は雪の壁に阻まれ届かないことに一度舌打ちをしてから視線を元へ戻した刹那、晴れた雪風の奥に渦巻く霧から聞こえた高笑いにより一層警戒心を高めた。


「誇れ羽虫共、本来なら神々に使うはずだった物をお前ら相手に使ってやることに。…あの日に受けた屈辱を晴らすために生み出したこの技、試すのに絶好の機会だと思うこととするか」


 そういいながら霧の中から姿を現したコキュートスだったが、その姿は先ほどとは比べ物にならないほど小さくなっており、背丈はウリエルと然程変わらないだろう。


 だが、先ほどの巨大な体に満ちていた魔素は今の体に凝縮され、比べ物にならないほどのオーラを纏っていた。


「ふむ…滾るぞ。この土地特有の性質も相まって力が溢れ出てくるようだ…どれ試してみるか」


 スッと指をウリエルへ向け魔素を集中させ目にも止まらぬ速さで打ち放ったかと思うとウリエルが遥か後方へと吹き飛ばされてしまった。


「はっはっは!これが今の力―」


 その言葉を遮る様に空を切りながら自身へと向かう刃を高密度の氷壁で防いでから、視線を向け指を鳴らし瞬時にミョルエルを氷像へと変えるが、すでにその場を退いたミョルエルの残像であるマナを氷像に変えたのだと理解した刹那、迸る紫電に体を痺れさせた。


「どうやら―体が小さくなったことによって私の紫電が通りやすくなったみたいですね。ともあれば、その変身は愚策だったのではないですか?氷王さん」


 剣先を向けながら煽る様な表情をしているミョルエルに対し、コキュートスは意識を改める。


 魔界において、現在天界最強と噂されているウリエルが最も警戒すべき相手であり、それはここ数ヵ月の間幾度となく死闘を交えたことから確信に変わっていた―はずだった。


 ウリエル同様、噂程度に聞いていた『ミョルエル』と対峙して意図もたやすくその考えが覆されたことに喜びと焦燥を感じると同時に、あの時殺すことができなかったことに小さな後悔すら抱いた。


 あれから数千年という長い年月が経ち、その内の600年程度を傷の癒しに費やし残りの年月を力をつけるために費やしたコキュートスは、自身が傷を癒すのに費やしていた間も経験を積み重ね成長している天使達を『神々に置き換わる脅威』だと噂を聞き、知らず知らず期待していた。


 そしてその期待通り、先程までウリエルとの死闘を繰り返す内に『ウリエルの噂』が全くの嘘ではないと感じていた矢先のミョルエルと交戦。


(あぁ…何度私の考えは覆されるのだ。私の敵は神だったはずなのに、気づけば天使が私の敵となっている。だが、それによるこの喜びと焦燥…そして自身を脅かす脅威に対する後悔…)


 再び振りかざされるミョルグレスの刃を寸での所で受け止め、喜びを隠しきれないままミョルエルへと言い放つ。


「正しく、お前こそが私の宿敵だ!私がどれほど必殺の技を撃とうと当たらなければ意味もなく、それを成せるのはお前だけだとつい先ほど証明されたのだ!」


 ほぼゼロ距離の魔素の放出を、またしても躱し距離を取ったミョルエルを追ってから追撃を放ったコキュートスだったが、もはや攻撃を当てることができないのではないかと思うほどに巧みに躱すミョルエルに更に想いを募らせた。


 隙を見せれば瞬時に攻撃を繰り出してくるミョルエルに、『完璧』なタイミングでカウンターを放つも虚しく空を切るだけで掠りすらしない。


 本来なら怒りを抱くはずの状況だというのに、喜びを感じている自身に疑問を浮かべるも、すぐに思考の隅へと追いやってミョルエルへと距離を詰め攻撃を放ち続ける。


 合間合間に入るミカエルの攻撃は、ミョルエルと比べあまりにも遅く感じ容易く躱し一撃をいれてから吹き飛ばしては、ミョルエルへと意識を戻す。


「ミカエルですら私に一撃を与えることができないのに、お前は何度私に攻撃を当てるのだ?!いいぞ…もっとだ、もっと私を楽しませて見せろミョルエル!!」


 そういって繰り出した一撃は初めて的確にミョルエルを捉え、ミョルグレスは遥か後方へと弾き飛ばされたが、武器を失って尚拳にマナを纏わせ正確にコキュートスの顔へと放ったミョルエルの表情に焦りの色は見えない。


 華奢な腕から繰り出された打撃は思っている以上に重く、コキュートスは数メートルほど吹き飛ばされていた。


 その事に少し思考が追い付かなったコキュートスだったが、ミョルエルが纏わせているマナとは別に、その拳には術式が施されていることに気が付いた。


 以前魔界で耳にした『人間の成長』に関する話の中に、「術式」という聞きなれない言葉に興味を示し、以降現界から帰還した悪魔達から聞き出した『身体強化術』と酷似しており、それはその名と通り身体を強化する術式で、元々の能力値が高い天使が扱うことで武器にも劣らぬ攻撃力を得とくする結果となっていた。


 悪魔は勿論の事、過半数以上の天使が人間を軽視している現状で、その軽視の対象が扱う物を使うなど大半が理解できないだろう。


 だが、それゆえにその一撃を受けるまで気づくことができなかった事があった。


「なんだそのありえない数の術式は…」


「おや、ようやく気づきましたか。悪魔側ではあなたが初めてですよ、これに気がついたのは」


 ミョルエルの強さの秘密の一つ、それは『強くなる』ことに貪欲だった彼女だからこそ何のためらいもなく実行する『他種族の強み』の真似事に他ならない。


 ただ、ミョルエルのように数十近くの術式を同時に扱う人間はいない―というより、人間にはそれができず、天使であるミョルエルだからこそできるまさしく力技だ。


「一応理解ある友人は使っているのですが、どうも他の子はありえないといって見向きもしないんですよね。これができれば、今よりもっと強くなれるというのに何が嫌なのか理解できませんね」


 至って不思議そうな表情でいうミョルエルを見ながら、ゆっくりと態勢を立て直していたコキュートスだったが、視界の端に突如として現れた影に再び吹き飛ばされ割れた地に叩きつけられ吐血する。


 衝撃により揺れる視界のまま、空を見上げるとそこにはミョルエル(よりは少ないが)同様術式を展開しているミカエルがそこにいた。


「目から鱗とはまさにこのことだ、守るべき人間から強くなれる術を教わることになるとはな」


「ですがそのおかげで今の私たちがあり、あなたを倒すことができるのですよコキュートス」


 そういい終わるや否や、ミョルエルとミカエルは目を見張るほどの連携でコキュートスにダメージを与える。


 神器の代わりに作り出す刀は一振りごとに砕け散ってしまうが、マナを用いて作り出す刀はミョルエルが倒れるまでほぼ無尽蔵に作り出すことができ、直実にコキュートスの命を削っており、続くようにしてミカエルも様々な武器を用いて攻撃の手を緩めない。


 遂には魔核の一つを潰すことに成功しコキュートスの左腕は地へと落ちその衝撃をもって砕け散る。


(もはやあの時とは比べ物にならないではないか…この感情はかつて神に抱いていたはず…なのに今ではこいつらに対して抱いてしまっている。これほどまでに大きいとはな600年のブランクは…だが―)


 八方から来る攻撃の手を払いのけ、ミカエルへと魔素の球や拳を振るう。


 ミョルエルよりも多少遅いミカエルへと攻撃を当て確かな手ごたえを感じるも、そんなことは折り込み済みだと云わんばかりに笑っては、神炎を纏わせた拳でもってミカエルはコキュートスを殴り続ける。


「―お前もいいぞ、実に楽しませてくれる!不本意ながら就いた任務だったがそれなりに収穫があったといえるだろう。まあ安心しろ、お前たちの遺体は氷結させ私の秘蔵品に加えてやる!」


 そういって魔素を拳へと集中させたコキュートスはミカエルを吹き飛ばし、氷塊で追撃してから四肢を凍てつかせる。


 凍てついた四肢はその重みをもってミカエルの動きを制限するが、依然としてミカエルは笑っていた。


「っは!無駄だな。この程度の氷などすぐにでも―?!」


「気付いたか、流石に勘がいいな」


 それは神炎を扱うミカエルにとっては造作もない氷のはずだった。


 だが、コキュートスがミカエルに放った氷塊は何度も神炎を纏ったミカエルの拳を受け、その神炎の性質を学習したコキュートスが即席で生み出した氷であり、凍てつかせた四肢だけでなくミカエルの内から生み出される神炎を封じ込めていた。


 そのことに気が付いたミカエルから笑みは消え焦りがあらわになる。


「さて、ではそろそろお前にはご退場願おうか」


 いつの間にかミカエルの背後に移動していたコキュートスは、振り上げた拳を氷刃へと変形させまともに身動きの取れないミカエルの首筋へと向かう。


 獲った!―そう確信したコキュートスだったが、寸での所で氷刃を受け止めたミョルエルの刀はミョルエルの手もろとも凍てつかせる。


「ミカ姉ご無礼をお許しください!」


 そういうや否や、ミョルエルは無詠唱で顕現させた鎖をミカエルの体に巻き付け力一杯にミカエルを彼方へと投げ飛ばした。


 ミカエルが彼方へと消えるのをコキュートスはただ視線だけで見送り、やれやれと言わんばかりの人間臭い仕草をしてからミョルエルへと向きなおした。


「…全く、無駄なことを。まあいい、やる順番が変わっただけのこと。残念といえば残念だが、先にメインディッシュとなったお前をいただくのも悪くないだろう」


「・・・」


 込み上がる笑いを惜しげもなく上げるコキュートスとは対照的に、コキュートスを静かに見つめていたミョルエルは一度息を吐いてから目を閉じ体内のマナを高め始める。


「ほう、ついに本気を出すか…いいぞ見せてみろ。その上でねじ伏せて私の物にしてやろう」


「…そうですか、それは助かります。ですが―」


 そういってから目を見開いたミョルエルが纏っていたマナは、急激に質を高めやがて雷へと変じ始める。


 辺りに吹き荒れる吹雪はミョルエルが纏う雷の影響を受けたかのように次第に勢いを無くし、程なくして吹雪は完全に静まった。


「バ、バカな…何故吹雪が止んだのだ。まさか、お前のマナが私の空域を上書きしたというのか?」


「その通りです―と、いいたいところなのですが一つだけヒントを教えてあげましょう。何故お兄様はこの場に戻ってこないのでしょうか?」


 不敵な笑みを浮かべたミョルエルに問いかけられたコキュートスは、小刻みに震え始め―


「貴様らぁぁぁ!よくも嵌めやがったなぁぁぁ!!」


 ―そう怒号を発した。


 コキュートスが請け負っていた任務は、魔素の自然発生源である南極点で魔界と繋がる穴を広げることで、それは既に階級・王クラスの魔神が通過できるほど広がっている為八割以上完遂しているといっていいだろう。


 だが、コキュートスが至った考えと同じ出来事が今正しく南極点にて行われていた。


 戦闘を楽しむ間に南極点から大きく離れた場所に来ていることに今更気が付き、任務が台無しにされたことよりも嵌められた事に対しての屈辱が上回っていた。

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