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天使のパラノイア  作者: おきつね
第二章
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第二章 『氷の大地』 その④

 ウリエルの後を追い、たどり着いた場所には防寒加工を施された建物が一つだけポツンと建っており、少なくとも目に見える範囲にミカエルの姿は無かった。


 どこにいったのかと辺りを見渡しながら建物に近づくと、中からは何とも愉快な声が聞こえその中にはミカエルの声もあり、少し安堵してからミョルエルはノックをして扉を開いた。


 すると中ではミカエルと数人の人間が酒を片手に陽気に語っており、扉を開いたミョルエルの何してんだこいつらと云わんばかりの表情を意ともせずミカエルは手招きをする。


 ため息をついてから足を進めたミョルエルに続き、扉をくぐったウリエルの姿にほっと息をついた人間の1人は慣れた手つきで暖かいミルクを二つ用意し、それらをミョルエルとウリエルへと手渡しにっこりと微笑んだ。


 無骨ともとれる仕草で「ありがとう」と呟きながら受け取ったウリエルはゆっくりとそれに口をつけてから話を始めた。


「随分と待たせてしまったが、お前たちをここから出す手立てが整った」


 その言葉に疑問を抱いたミカエルとミョルエルを除き、数名の人間は一様に驚きの表情を浮かべてから、ややあって喜びへと変えていく。


「…そうか、ようやっとあっしらはここから出られるのだな。家族に…会えるのだな」


 そういいながら零れた涙を親指で拭った探検隊の隊長に、ウリエルは優しく微笑んでから―


「お前たちと過ごした日々は長くはなかったが楽しかった。また機会があれば飲み交わそう」


 そういって手を伸ばし固い握手を交わす様子を、今だに理解できていないミカエルとミョルエルは顔を見合わせては互いに首を捻る。


 それからひとしきり騒いでから帰還準備を終えた人間たちを連れ、猛吹雪による影響で凍てついていた彼らの船をミカエルの神炎で除氷し、その神炎を以てして南極に降ろされていた氷幕に穴を穿つ。


 感謝の言葉を告げる彼らを乗せ南極の地を離れる船を見送ってから、三人の天使は今一度建物へと戻りコキュートス討伐の作戦を練り始めた。


「さて、まずはウリエル。この地にいるのはコキュートスで間違いないんだな?」


「あぁここにきてから何度か交戦しているから間違いない」


「交戦したのですか?!なぜそのようなことを」


 淡々と答えたウリエルに対し、心配交じりの声を上げたミョルエルだったが、ぽんと軽く頭に手を乗せられ押し黙った。


「まあ結果としてわかったことだが、あいつは以前ほどの力をもってはいなかった。叩くなら今しかない」


 そうミョルエルの頭を優しく撫でながら告げたウリエルに対し、ミカエルはしばらく思考に耽ると「そうだな」と小さく呟いてから顔を上げた。


「その情報が本当なら今叩くべきだな、それに私たちとてあの頃とは違う」


 そう不敵な笑みを浮かべたミカエルは再度ウリエルへと視線を合わせ「特に気になった点はあったか?」と尋ねるとウリエルは小さく頷いた。


「今でもあの時の傷が癒えていないようでな、あからさまに庇うような動きをしていた。それに、何かを守っている様子だったな…恐らくだが魔界に通ずるゲートだろうな」


「だとすれば、時間をかけるだけこちらが不利になるな…ミョルエル」


 そう呼びかけられ改めてミカエルへと視線を直したミョルエルに、真剣な表情でミカエルは告げる。


「今回の作戦の要はお前だ。無茶や無理をする必要はない、できないと思ったら構わずに引け。死ぬ必要はない、わかったな?」


 その言葉に深く頷きを返してから固く拳を握りしめたミョルエルの表情からは、不安や緊張、恐怖などはもちろんだが、怒りや自身に対する期待など様々な感情が読み取れる。


 三度向けられたミョルエルの目の奥には、静かに燃える炎が見えるかのような瞳にミカエルは大きく頷き「では―」と改めて話を切り出し作戦を練り始める。


 しばらくしてから建物を後にした三人の天使は、南極点へと向け翼を羽ばたかせた。


 やがて見えてきた山の様な影は起き上がると、こちらへ向かう三人の天使に向けその巨椀を振り下ろす。


 だが、その巨椀は誰一人として捉えることはなく南極の地に大きな亀裂を走られた。


 無駄な行動をしないように心掛けながら、距離を詰めたミョルエルは『紫電一閃』を何度もその巨体へと叩きこむ。


 煩わしい―そう考えるもミョルエルだけに注意を向けることもできないコキュートスは少しづつ焦りと怒りを募らせる。


 どれだけ分厚い氷の壁を生成しても一撃のもと砕かれ、その反対側では忌々しい神々の炎が分厚い氷の壁をすぐさま昇華させてしまう。


 ミョルエルが持つ神器ミョルグレスには触れた魔素を瞬時に吸収しマナへと変換する効果があり、一撃で奪われる魔素の量は気にする必要がない程少ないが、あまりにも速い剣速から繰り出される連撃による魔素の奪取量は無視することもできない。


 動きを予測して繰り出す氷魔法も、発生する直前の僅かな魔素の変化を感知してるかのように躱し続けるミョルエルを捉えることができず、更に怒りを募らせたコキュートスは自身の胸の前に魔素を集め始める。


 その予備動作からなる必殺の魔法をすでに知っている三人の天使は、即座に一か所に集まると全員のマナを合わせ対抗術式として『炎神ノ障壁』を発動させ衝撃に備えた刹那、コキュートスが『永久凍結』を放ち空気さえも凍る中、障壁の裏に身を隠し反撃の隙を伺う天使たちは決して破られぬよう障壁にマナを込め続けていた。


 やがて『永久凍土』が収まり辺りには大小様々な氷塊が生成された中、障壁が消えたその奥にいるべき天使の姿が一つ無いことに気が付いたコキュートスは咄嗟に氷壁を生成するが、氷地の中を神炎を纏いながら進みコキュートスの真下から姿を現したミカエルの不意の一撃は余りにも強大だった。


 体を大きく削られその痛みに堪らず悲鳴を上げたコキュートスだったが、より強力に生成し終えた強化氷壁をミカエルへと放つと神炎で溶かしきるよりも早くミカエルの体へ届いたことを確認し、続けざまに放った強化氷壁も確実にミカエルの体に傷を負わせた。


「…!」


 その様子を目にしながらも、自身の役割を果たすべく攻撃を続けるミョルエルは、遂にコキュートスの魔核を砕くことに成功する。


 五つあるうちの一つを砕かれたことにより、左腕を失ったコキュートスは強化氷壁を巧みに使いミョルエルを追い詰めようとするがその行動を戒めるかのように、視界から外してしまったウリエルの一撃により魔核を砕かれ右足を失う結果となった。


 片足を失い態勢を崩したコキュートスは、自身の傲慢から繋がった不甲斐無さは徐々に怒りへと変じさせられ眼前にいる天使たちへと向けられた。


「氷王たるこの私を…忌まわしき神々でさえも恐れたこの私を…貴様ら羽虫ごときが、地に手を付かせるなど…そんなことあってはならんのだぁぁぁ!!」


 そう怒号を上げたコキュートスは、すぐさま代わり(あらゆる要素が劣っている)となる腕と足を作り上げ、振り上げられた両椀を地へと叩きつけ南極の大地を割り、その衝撃により打ち上げられた氷塊は宙を舞うように飛ぶ天使達に襲い掛かる。


 意識をコキュートスへ向け天地両方から襲い来る氷塊を避けながら、攻撃の手を緩めず動き続ける天使達の様子に、更に怒りを募らせたコキュートスだったが一度冷静に思考を巡らせ、程なくしてたどり着いたその行動に天使達ですら驚愕した。


 それは氷王としての誇りを捨て、課せられた任務すら一度放棄することとなっても、「今ここで死ぬわけにはいかない」というらしくもない思想にコキュートス自身呆れて笑っていた。

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