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天使のパラノイア  作者: おきつね
第二章
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第二章 『氷の大地』 その③

「「神器顕現」」


 ミョルエルの手元には先程まで持っていた物とは違う、美しい蒼の刀身に柄頭で赤い宝石が輝く剣、ウリエルの手元には長方形の黒色の塊の中をまるで生きているかのように青白い亀裂が脈を打ち、それを支えるかのようにいくつもの分厚い鉄線が柄へと巻き付けられた異様な鎚が、神々しい光と共に実体を持ち始め―


「ミョルグレス!」


「ミョルニル!」


 ―呼ばれた名を持って、それらは完全な状態でそれぞれの手に握られ、その瞬間二人の神器には同じ属性のマナが満ち溢れ『紫電』を帯び始める。


 吹き荒れる風の音と神器が帯びている紫電の二つの音だけが響く中、最初に動いたのはミョルエルだった。


 『神速』ともいえる速度で距離を詰めたミョルエルの神器は、正確にヴィネの首筋へと向かうが寸での所で魔器に弾かれ、もう片方の魔器がミョルエルへと襲い掛かるが、そこにはすでにミョルエルの姿はなく目の端で捉えた影へと続きざまにヴィネは魔器を振るう。


 だが、魔器が切り裂いたのは先程までミョルエルが着ていた防寒着だけで、本人の姿はない。


 そのことに気が付いたヴィネは意識を集中させ気配を探ると、それは既に後方間近まで迫っており感覚のまま魔器を後方へと構えると、先ほどと同じく軽い衝突音が鳴り響く。


「やはりな、速いだけで重さがない」


 そう呟いたヴィネは力任せに神器を弾き、その弾みにより体制を崩したミョルエルへともう片方の魔器を振るい確実に捉えたと確信するが、魔器は虚しく空を切る。


「バカな?!」


 思わず漏れ出たその言葉はヴィネが抱いた戸惑いの感情でそれは明らかな隙となり、刹那迸る刀傷の痛みと紫電の痺れに動きを止めたヴィネを、ミョルエルは最高速の斬撃で切りつける。


「紫電一閃」


 その一撃を持って体に大きな刀傷が走り多大な血を噴出るが、瞬時に魔素を集中させ簡易的に止血したヴィネは、前方から迫る神器ミョルニルに気付き体を逸らす。


 だが、先ほどの一撃による紫電が体を思うように動かすことを許さず、掠めた右腕が塵となった。


 遥か後方へと姿を消した神器ミョルニルを見送って、あろうことか武器を手放したウリエルへと距離を詰めたヴィネは、片方だけとなった魔器を補うようにして魔素を固めただけの『魔弾』を放ち反撃の隙を与えず、最も相性が悪いと判断したミョルエルには細かくした魔弾でもって動きを牽制し続ける。


 しかし相手は天界最強の一人、ウリエルは片方だけとなった魔器の攻撃は全て紙一重で避け、放たれる魔弾は平然と叩き落とすと魔弾は大きく雪上をえぐっていた。


 それに加え、うまく魔弾の合間を縫ってくるミョルエルの神器による攻撃の度、血を流し動きを一瞬だけ止めるヴィネの体に、ウリエルはマナを纏わせた打撃を叩きこむ。


 傍から見れば一方的にも感じる攻防だったが、ダメージを負っているのはヴィネだけではなく、叩き落とされた魔素により繰り返す些細な地形変化に、ウリエルは足を取られ少し体制を崩す度に魔器は体を掠め、それは瞬時に凍傷となり体力とマナを削られる。


 ミョルエルも細かな魔弾を完璧に避けられるわけもなく、その華奢な体に当たる度マナを散らされ血を流していた。


 それでも双方共に攻撃の手を緩めず、もはや体力勝負だと思い至ったヴィネだったが、その思いはある一撃を持って潰えた。


 ヴィネ自身忘れたわけでも、警戒を怠ったわけでもなかったが、背後から迫る気配に対処を追われた隙に飛び込んできたミョルエルの紫電一閃による一撃が、また新たな刀傷を付け紫電による痺れが体を襲う。


 そのミョルエルの行動は先ほどと比べ完璧といえるタイミングで、主の元へと戻ってきた神器ミョル二ルは軌道上にいるヴィネへと真っすぐに突き進み、やがてヴィネのもう片方の腕と下半身を塵へと化した。


「なるほど…これは流石に勝てないな」


 そう呟いたヴィネを待っていたのは、戻ってきた神器ミョルニルを掴みそのままの遠心力で振りかざさんとするウリエルの姿だった。


「誇れ、お前は強かった」


 そうウリエルは敵に対する最大限の賛美を告げてから振りかざされた神器ミョルニルは、ヴィネの上半身と共に降り積もる辺り一帯の雪を蒸発させた。



 神器ミョルニルが振り下ろされた場所から少なくとも見える範囲内の雪は全て蒸発しており、その下にあった氷の地もまた、見える範囲には大きな亀裂が走り程なくして地と呼べるものではなくなった。


 崩れていく地を空上で眺めてから、ちらっと視線をウリエルへと移したミョルエルだったが、ウリエルは視線を逆の方角へ逸らし目を合わせようとしなかった。


「…どう処理するおつもりですかお兄様」


 そう問いかけられ肩をびくつかせたウリエルは、ため息をついてから「わかってるよ」と呟いた。


「とりあえずこの吹雪の元凶を絶たないとな。じゃないとマナによる修復もできん」


「あれ、先ほどの悪魔が元凶ではなかったのですか?」


「あいつは私より後にこの地に来たはずだ。部下の氷魔達が沸き始めたのも私が来てから一ヶ月ほど経った後だったからな」


 そういってから南極点の方角へと視線を向けたウリエルはしばらく口を閉ざしていたが、やがてミョルエルへと向き直ってから口を開いた。


「この吹雪の元凶の正体は『コキュートス』だ」


 そう告げられたミョルエルの脳裏には忌まわしい記憶が過り苦痛に顔を歪ませた。


 神代において、熾天使3人とその他計100人にも及ぶ中位、下位天使達による囮作戦を決行し、本陣である神々の力を集約した『神創破槍・ロンゴミアント』がコキュートスの身を貫くも、その命を絶やすことなく最後の足掻きと云わんばかりに放たれた『永久氷結』により、数多くの天使と3柱もの神が氷像と化し命を失った。


 まさに予想外とも言える被害を出し、その後突如介入してきた悪魔の軍勢により対処を余儀なくされた神々と天使達だったが、1体の悪魔がその命を賭し放った濃霧により視界が阻まれ晴れた時には悪魔の軍勢はおろかコキュートスさえその姿を暗ましていた。


 『終焉決戦・ラグナロク』には及ばずとも最大級の被害を出した『氷王討伐作戦』は、後にも先にも唯一の神側の敗北だった。


 当時『四大天使』と呼ばれていたウリエル、ミカエル、ガブリエル、ラファエルは勿論、ミョルエルも参加しており最も親しかった友をその討伐作戦で失っていた。


 雪を見るたび思い出す友の顔を、その最期を胸の内にしまってから「とりあえずミカ姉と合流しましょう」と告げたミョルエルに、頷きを返してからウリエルは元居た場所へ向け翼を羽ばたかせ、少し遅れてからミョルエルはその背を追うために翼を羽ばたかせた。


 一人で討伐することができなかったヴィネに対し、あってはならない感謝の気持ちと「次があれば負けません」という叶うはずのない思いを抱きながら。

本日投稿分です

次は木曜日にあげます

前回はごめんなさい

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