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42 向かい合う恋人たち

 別れて翌日、アラン様は改めてお父様へと、謝辞に訪れた。


 挨拶を交わしお父様が部屋を出ると、アラン様はジャケットを脱いで暖炉わきの椅子に深く腰かけた。

 アラン様の脱いだジャケットを、先に預かっていた帽子やコートを保管しているのと同じクロークに預けるため、使用人が部屋を出ていく。


「領地であの男と領地代官から、領地経営を学ぶうち、あの男が実のところ、領主としての責を果たしていたことには気がついた。あの男は隠そうとしていたようだが、使用人達や領民があの男を慕う姿までは隠せていなかったからな」


 紅茶を一口含み、アラン様はカップを膝上のソーサーに戻した。


「だが、だからこそ許せなかった」


 窓から差し込む一筋の光が、アラン様の横顔をまっすぐに横切る。眉間には深い皺が刻まれていた。


「俺は視野が狭いし、思い込みも激しい。俺の態度は父親に向けるべき礼がなく、まぁ悪かったろう。だが、あの男は結局俺を信用せず、俺は何も知らされなかった。何か事情があったのなら、打ち明けてくれればよかった。殴り合いにはなったかもしれないが」

「まぁ、乱暴なことですわね」

「そうだな。メアリーのようにうまく説教ができるような分別と教養が、俺にもあればいいのだが」


 眉をあげ、アラン様がニヤリとした。


「アンジーとエインズワース様のおかげなのかしら。ずいぶんとお口が回るようになられましたのね」

「まだまだ。いつかメアリーがまいったと両手を上げるまでは」

「あら。それでしたらもう十分ですわ。アラン様の魅力に昔から、わたしはすっかりまいっておりますもの」


 真っ赤な顔でアラン様は咳払いをし、「それにしても」と言った。クスクス笑いを引っ込めるため、わたしも一口お茶を飲んだ。

 顔を上げるとアラン様と目が合った。


「あの男が自ら俺と向かい合うというのなら、話くらいは聞いた。だが、あの男は逃げた」


 アラン様はうつむき、膝上のカップとソーサーをつかむ手に力がこもったように見えた。


「あの男は独り善がりだ。胸の内をさらけ出さず、自己完結してしまう。そんな男と生まれたときから婚約者であった母は、やはりつらかったのだろう」


 サイドテーブルにカップとソーサーを置くと、アラン様は立ち上がって暖炉に向き合った。わたしから見えるのは、シャツとベストだけのラフな装い、その広い背中。

 腰のあたりで後ろ手に組んだ拳が、ぐっと握りしめられた。


「しかし俺の言えたことではない。殿下とエインズワースに叱責されてわかった。弱音を吐くことも大事なのだと。一人で抱え込まず、打ち明け相談することが、絡んだ糸を解くに繋がることもある。相手を大事に思い、尊敬と忠誠をささげるのならば、隠し通す忍耐より打ち明ける勇気を」


 アラン様が振り返った。


「メアリーを思いやるつもりで、事実はただ、メアリーを傷つけてきたのだと、ようやくわかった」

「同じやり取りを繰り返す必要はございませんわ。ダンスをしながら、わたし達、お互いに過ちを認め合ったではありませんか」

「そうだな」


 わたしの手を取って握りながら、アラン様は「ありがとう」と微笑んだ。そして抱きしめられる。

 シャツ越しに伝わる体温と、甘いコロンの香りと、触れた場所から響くアラン様の声。


「だからやはり、母は可哀想な方だったと思う」

「わたしもそう思います」


 アラン様の背に手を回した。

 きっと何か、少しでも二人の間で交わされる言葉が違っていたら、二人は違う信頼関係を築けたのかもしれない。


 ゆっくりと身を離し、アラン様が真っ直ぐにわたしの目を見た。


「だがそれとは別に、母と叔父がメアリーの母御にしたことは、許されることではない。メアリーは彼等を許す必要はない」

「あら。でもそうなりますと、わたしは生まれてこなかったのですけれど」

「……それは困る」


 眉間に深い皺を刻み、真剣に悩むアラン様に口元がゆるむ。


「アスコット子爵とは、昨夜が初めてお会いする日でしたし、これまで交流がなかったものですから、正直に申しまして、何を思えばよいのかわかりません。真珠姫――母がしでかしたらしい、子爵夫人への友情の裏切りもございます」


 わたしからアラン様の手を取り、両手で包み込んだ。


「オルグレン婦人――お母様はわたしにとって、やはりお母様なのです。ずっとよくしていただきましたし、今になって本当は恨んでいたのだと聞かされましても」


 肩をすくめて見せれば、アラン様も片方の眉をあげた。


「お母様がわたしにかけてくださった愛情をなかったことには出来ません。お母様がいてくださったから、わたしは『母の愛』というものを受けながら育ちましたし、あれら全てが偽りだとは、とても思えませんもの。お母様を恨んでよい人がもしいるとするならば、それは真珠姫であった母だけですわ。わたしではありません」


 挟み込んだ大きな手を握り、微笑みかけた。アラン様が再び「ありがとう」と言った。

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