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39 話題は、今をときめく『薔薇族の男達』

「これらの華々しい顔ぶれならば、ホールを離れた別室にて、きっと話は弾んだのであろうな」


 囲う全員の顔を見渡し、アンジーが笑顔で確認した。

 それぞれが目を合わせ、肩をすくめたり、目を回したり。そんな中で、真珠姫は炭酸水を揺らし、馴れ馴れしくオルグレン婦人にしなだれかかった。


「あたくし達さきほど、近頃話題の物語についてお話ししておりましたのよ。『薔薇族の男達』について。ねぇ、スカーレット様」

「え、ええ」


 オルグレン婦人は戸惑うように瞳を揺らし、頷いた。

 真珠姫の口ぶりは、明らかにアンジーへと向かっていた。


 この人の得体の知れない、物事に通じている様はいったいどうしたことだろう。

 ウォールデンと決別し、パートナーたる前カドガン伯爵とて貴族籍を抜かれ、ずいぶん前から悪評も立ち、上流階級の方々が集う社交界において繋がりは絶たれ。彼等の伝手はなんだろうか。


「今はまだ小さな芝居小屋でしか演じられていないようなのですけれど、王女殿下は御覧になられました?」


 真珠姫の問いかけに、アンジーはピジョンブラッドの瞳をキラキラさせた。しかしアンジーが口を開く前にアボット侯爵が呻いた。


「『薔薇族の男達』なぁ」

「あら、どうかなさって?」

「イーサン?」


 真珠姫は愉快そうに眉を上げ、オルグレン婦人は怪訝そうに眉をひそめた。


「これは失礼」


 アンジーが答えるより先に発言したことについて、アボット侯爵がアンジーに断った。


「かまわぬ、侯爵よ。おぬしの不満を存分に述べよ」

「ではお言葉に甘えまして」


 アボット侯爵は苦虫を噛み潰した様子で頷いた。


「あの芝居。いや、原作の方ですな。物語ですが」


 ちらりとエインズワース様へとアボット侯爵が目をやった。エイズワース様は吹き出し、すぐさま改めた。


「侯爵のご心痛、お察しいたします。僕の父――ファルマス公にレッドフォード侯の二人の父もそうですからね」

「ルドウィック坊ちゃんとて、他人事ではないでしょうに」


 アボット侯爵の恨めし気な声。エインズワース様は快活に笑った。


「それはまぁ。しかし僕自身のことではないですから」

「まだそうでないだけであって、いずれそうなりますよ」

「ご心配なく。そうはなりません。なぜなら」


 エインズワース様がアンジーの手を取り、口づけを落とす。その上目遣いのまま、アンジーを覗き込んだ。


「そんな余地は、僕が与えない」


 エインズワース様が名残惜しそうにアンジーの手を離した。その手で、ストロベリーブロンドと同じように赤く染まったアンジーの頬を撫でる。

 アンジーが「ルド!」と叱責した。


「あら。困りますわ。あたくし、かの女史の最新作を楽しみにしておりますのに。ねぇ、ギル」

「え? いや。そうだな。じゃない、ううん」


 突然話を振られた前カドガン伯爵は、流されるがままに真珠姫に同意した。かと思えば、アボット侯爵とエインズワース様の責めるような鋭いまなざしを受け、言葉を濁した。

 そこでようやくアラン様は合点がいったようだった。はっと息を飲み、「もしや」とアンジーを見やった。

 エインズワース様がそんなアラン様の様子を受け、ウィンクで返した。


「コールリッジとメアリー嬢。君達をかの女史がモデルにしたように。今流行りの『薔薇族の男達』にも、当然のごとくモデルなるものがあってね」

「なんだって。貴方達もなのか」


 アボット侯爵から同情と労りに満ちた眼差しを向けられる。真珠姫はますますおかしそうに眉を上げた。


「まぁ。あたくし女史の大ファンですのよ。そちらの物語も、さぞかし美しい恋物語なのでしょうね。是非とも拝読する機会に恵まれたいですわ」


 するとアンジーはそれまでの照れた様子や面白がるような様子を引っ込め、深刻な顔つきになった。

 空気の変わりように、真珠姫はパチパチと目を瞬いた。


「うむ。是非ともご覧いただきたい。前カドガン伯爵。そして令夫人」


 王女殿下であるアンジー直々に『令夫人』と敬称で呼ばれ、真珠姫はいっそう不可思議がってアンジーを見つめた。

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