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ポリーの失敗 3

 あたくしを不当に扱わない、あたくしと共同戦線を組んでくれる、初めての男性。

 ウォールデンからあたくしを救い出してくれる王子様。


 そうしてセシルは、やすやすとあたくしの心を手に入れた。

 あたくしは知らず、恋に落ちていた。


 セシルの姉の婚約者だという大物貴族の令息を誑かし、名誉を汚す。取り返しのつかないほどに。

 平民に過ぎないあたくしが、そんな危うい策略へ、無邪気に手を貸してしまうほどに。


 そしてセシルもまた、恋に落ちていた。


 セシルの姉の婚約者を惑わす計画を立て。そのための逢瀬をあたくしと交わしながら。


 女学校へ、あたくしを迎えにきたときだろうか。

 ウォールデンの屋敷で鉢合わせしたときだろうか。

 いつからかは、わからない。

 いつからだろうと、意味はない。


 セシルは彼女に出会った。


 彼女を目に捉えた瞬間、セシルの常は冷たい銀色の瞳が、明らかな熱を帯びる。

 セシルに見つめられた娘は、頬を染め、慌てて視線をそらす。


 セシルが惹かれたのは、オルグレンの姓を持つ、妖精のような儚い容姿の、貧しい女学生だった。

 その将来を同情し手を差し伸べようと、あたくしが気にかけていた娘。


 ああ。

 出会ったあの日に戻れるのなら。そうしたならば言ってやりたい。

 過去のあたくしの頬をひっぱたたき、頭から水をかぶせ、怒鳴りつけてやりたい。


 目を覚ませ! と。


 思考がピタリと合う?

 共にいて心地よい?

 不当に扱わず、共同戦線を組んでくれる?

 ウォールデンから救い出してくれる王子様?


 体よく利用されていただけだ。

 父や弟と、なんら変わるところのない、下衆な男だ。


 だがあの日出会った女児との出会いは、他の誰とも替えの利かない、大切な宝物の一つとなった。

 彼女だけが唯一、あたくしの信頼するメイド。そしてたった一人の親友。


 セシルの手酷い裏切りに、泣いて憤ってくれた。

 彼女にとって大の恩人であるセシルを、ともに憎んでくれた。


「あたしがあのお方に復讐してやりますから。あたしが今すぐ殺してきてやりますから。どうぞお嬢様、おいとまを与えてください。決してお嬢様のご迷惑にはなりませんから」


 怒りと悲しみで血の気の失せた真っ青な顔。

 強くかんだ唇から血を垂らした彼女は、壮絶な形相をしていた。


 それだからあたくしは耐えられたのだ。あのおぞましい檻の中で。


 与えられた分家屋敷という檻。

 与えられた使用人のほとんどすべてがあたくしの指示を聞かず。父の指示だけを仰ぎ。与えられた夫もまた、父の犬で。


 誰もあたくしを生きている人間だとは扱わず。

 美しく整えられた人形のための、見かけだけは美しいドールハウス。


 生まれてきた子を憎むかと思った。もしくは無関心であるかと。

 この子が生を受けた経緯も、血筋も、何もかもが憎らしく、おぞましいのだから。

 だけれど愛しくてたまらなかった。

 それはきっと、あたくしに愛を与えてくれた存在がいたから。


 愛してると言ってくれたから。


 メイドと、その夫である分家屋敷料理長と、そしてギル。あたくしの愛しい者たち。

 彼らの愛があったからこそ。


 だから今度は、あたくしの持てるすべての力で、この子を救うのだ。あのおぞましいウォールデンから。

 魔の手が伸びぬ前に。決して彼らに穢されぬよう。


 そのためならば憎まれようとも構わない。

 愛しいわが子。メアリー。

 あたくしの愛はとてもちっぽけ。

 傷つけずに済む方法を模索したけれど、それは叶わなかった。

 けれどあたくしは最善を尽くす。そうしてやってきた。後悔はしていない。


 メアリー、あたくしの子。大切な子。愛しい子。

 愛している。

 これから先、なにがあろうとずっと、決して口にはしない。

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