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25 寄親と寄子との邂逅

「お前は昔からほんっと、勝手なやつだな」


 呆れたような声がアラン様から聞こえる。

 あら? アラン様のお口は動いていないのですけど……。


「イーサン……」


 アスコット子爵の銀色の瞳がゆっくりと見開かれていき、その視線の先には、本日の夜会のホストであるアボット侯爵が、アラン様の肩に手を置いて顔を出していた。


 アラン様より一回り小柄なアボット侯爵。

 オルグレン一族共通の、赤みがかった金髪に銀色の瞳。年齢不詳の妖精のような、麗しく優美な姿。

 くだけた言葉遣いに振る舞いは、まるでいたずらな妖精パックのようだけれど。


「薄情なやつだな。お前が言うから、死に物狂いでここまできたのに、なんの挨拶もなしかよ」

「…………まさか本当に家督相続していたとはね」


 疲れたように、そしてどこか呆れたような笑みを浮かべるアスコット子爵に、アボット侯爵は口の端を歪め、胸を聳やかして見せた。


「まぁな。今夜がメアリー嬢のデビュタントボールであるのと同時に、俺のデビュタントボールでもあったんだぜ。侯爵としてのな?」


 アラン様の肩に載せられていた手を外し、するりと室内へ抜け出てくるアボット侯爵。

 それと同時に、いたずらっぽく投げかけられたウィンクに、思わず目を瞬いてしまう。

 紳士の方々の間で、どうやら本当にウィンクが流行っているようだ。


 アボット侯爵が進み出た先では、アスコット子爵がグラスに揺らめいていた琥珀色の液体を一気に煽っていた。


「なぁ、セシル。俺がどうして家督をぶん取れたか、おまえはわかってんだろ?」

「…………例の方々のご尽力ですか?」


 音もなくテーブルにグラスを置かれるアスコット子爵。ため息混じりにアボット侯爵を見上げている。

 お母様――オルグレン婦人はアボット侯爵のご登場が喜ばしいのか、少しだけ顔色に血の気が戻ったように見えた。


「ああ、あいつらも当然そうだな」


 そこでアボット侯爵がはたと言葉を止め、何かを思い返すように顎をしゃくる。


「そういや、覚えてるか? 昔、俺があいつら二人を称して言ったのをよ」


 諦念をその表情に浮かべ、投げやりなご様子だったアスコット子爵の頬が緩み、ふっと相好が崩れる。

 それを合図に、アボット侯爵も目を細めてアスコット子爵に頷いた。


「「ファルマス公んところのボンボンと、レッドフォード侯んところの変態」」


 お二方は目を合わせ声を揃えて、そう言うと、声を挙げて笑った。


「はっ! もうあいつら二人とも、坊ちゃんは卒業しやがった」

「………………ええ。イーサン含め、皆さん立派な()()となられた」


 アスコット子爵は無理やりに笑みを作る。そこには自嘲の色が滲んでいた。アボット侯爵は眉を顰める。

 そしてその刹那、アスコット子爵の背後から、またもや別のお声が聞こえてくる。


「そのボンボンと変態は、二人とも、僕の父にあたるのですけどね」


 苦笑しながら登場したエインズワース様は、ファルマス公爵令息としての矜持と威厳を保ちながら、年輩の方々に敬意を示す慎ましやかで謙虚な青年の顔つきをしていた。


「これはこれは。ルドウィック坊ちゃん」


 大仰に目を丸くして見せるアボット侯爵に、エインズワース様は眉尻を下げる。


「坊ちゃんは勘弁してください、アボット侯爵。そろそろ僕も、一人前の男として認めてくださいよ」

「いやぁ。坊ちゃんがヨチヨチ歩きのときからこの目でそのご成長を見守ってますんでねぇ。坊ちゃんがいかにご立派になられようと、俺の中では、坊ちゃんは坊ちゃんですな」


 エインズワース様に「父がいつまでもアボット侯爵の中で、ボンボンであり、また一方は変態なのと同じようにですか?」と問われると、アボット侯爵は嬉しそうに頷く。


「ええ。エインズワース家の皆さんはお心が広くていらっしゃるんで、俺は嬉しいですよ」


 和やかな二人のやり取りをアスコット子爵はしばらく見つめると、静かに立ち上がった。


「では、皆さま、どうぞご歓談を。我々はこれで失礼しますよ」


 オルグレン婦人に手を差し伸べ、エスコートしようとするアスコット子爵の背に、アボット侯爵が鷹揚と声を投げかける。


「そうやってまた逃げるのか?」


 アボット侯爵のお言葉に少しも動じず、オルグレン婦人の手を取るアスコット子爵に、オルグレン婦人が戸惑っている。

 しかしアスコット子爵は立ち上がったオルグレン婦人を背にこちらへ振り返ると、貴族らしい感情の見えない笑みを浮かべて、別れの挨拶を口にした。


「私も姉も、今宵は久々の社交です。姉は体調を崩しておりますし、どうぞお許しを」


 そのまま出て行こうとするアスコット子爵と、戸惑いながら後ろをついていくオルグレン婦人。

 アボット侯爵は嬉々とした表情を浮かべたまま、二人の背中を眺めている。


 せっかくの寄親と寄子との邂逅なのに、引き留めずともよいのだろうか。余計な疑問を心に浮かべていると、アスコット子爵が扉の前でその足を止めた。

 扉前に佇むアラン様に、何か言伝があるのだろうか。首を傾げるも、アラン様も同様、不思議そうにアスコット子爵を見つめている。

 そしてアラン様がなにかに気がついたようで、後ろを振り返った。


「…………ギル………………!」


 アスコット子爵の唸るような声を機に、アボット侯爵以外の面々がいっせいに息を呑み、回廊へとその視線を投げかけた。

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