20 いまさら隠し立てすることもないでしょう
「わたしも叶うのならば、アラン様とだけ踊っていたいですわ。幼い頃そうであったように」
アラン様と婚約してから、それぞれの誕生日で開かれる、それぞれの家でのパーティーでお互いに相手を務めてきた。
アラン様もわたしも、他の大人達と踊ることはなく、二人でいつまでも踊っていた。
「そういえば、メアリーと踊るのは久しぶりだな」
「ええ。一昨年のバースデーパーティー以来ですわね」
誕生日パーティーに限って、前カドガン伯爵と真珠姫は居を同じくする別邸から出た。
二人揃って会場入りすることはなく、それぞれエスコートを別にして参加していた。
前カドガン伯爵はカドガン伯爵タウンハウスまでお母様を迎えにこられる。
真珠姫はウォールデン分家屋敷へ戻り、お父様と。
本来あるべき伴侶を相手として。
その当然の振る舞いを否定するほどには、恋に盲目ではないのだな。と、これまで冷ややかに見てきた。
子供の誕生日にだけ取り繕おうとする彼等に不快感を隠しきれずに。
「……アラン様はいつからご存知でいらしたの?」
腰に回された手がぴくりと動く。
アラン様の表情は変わらない。
ドレスの触れない距離を取りながら人々は笑みを浮かべて華やかに舞い、楽団は優雅なメロディを奏でている。
「何のことだ?」
思わず顔を顰める。目を眇めて騙されないぞ、と訴える。
「今更わたしに隠し立てすることもないでしょう。アラン様のご計画はうまくいったのですし。そうでしょう?」
アラン様は決まりが悪いのか、小さく目をそらす。
傍から見ればわからない程度で、ダンスに興じる方々は、わたし達が息ぴったりのダンスで見つめ合って踊る、仲睦まじい婚約者同士に見えていることだろう。
「あの断罪劇。どなたとご一緒にご計画なされたの?前カドガン伯爵?真珠姫?」
アラン様の目が許しを乞うワンちゃんのように揺れている。
くっ……! そんな目をされたからといって、絆されませんよ!
「……怒ってるのか?」
しょぼんと項垂れるアラン様。そのお姿にはっとする。
「もしかして……お父様も噛んでいるの?」
「………………うん」
うん?! うんですって?
まぁまぁまぁまぁ!
なんてお可愛らしい!
「あの男を除籍する前に、話を通す必要があったからな。……たが」
悔恨を滲ませるかのように、アラン様が下唇をかむ。
「メアリーの出生についてこの場で知らせる予定はなかった。それはもっと落ち着いて、いずれ俺がメアリーに伝えようと、」
「アラン様では無理ですわ」
一刀両断すると、アラン様は項垂れた。
見えないお耳がペタリと下がり、見えない尻尾が萎れて地につくのがわかる。キューンと鳴いている。
「……確かに、伝えなかった……かも……」
「かもじゃありません。絶対にアラン様には出来ません。業を煮やしたお父様から聞くことになったのではないでしょうか。悪意ある噂話がわたしの耳に入る前にと。
お父様ご自身の口で、わたしがお父様の血を継いでいないなどと……。そうなればお父様のご心痛はいかほどだったことでしょう……。お可哀想なお父様……」
目を伏せてふっと嘆く真似をすると、アラン様は慌てられた。
「いやっ! でも! ……そもそも噂話が立ち上らなかったかも……」
「本気で仰ってます? あの人がそんなことを許すとでも? ウォールデンの破滅のために生きてきたようなものなのに?」
アラン様はとうとうダンスのステップを間違えるほどしょぼくれてしまわれた。
「……今回のことは、あの男にはほとんど知らせていない。この夜会に登場早々、騒ぐようにとは伝えてあるが」
「あら、なぜそんなことを?」
「アボット侯爵とアスコット子爵を取り持つため……という建前と、精算のためだな」
精算。少々不穏な言葉に首を傾げる。
楽団の奏でる華麗なメロディがクライマックスに到達しようと、華やかに膨らみ広がっていく。
アラン様がくるりとわたしの体を回転させ、ドレスがふうわりと広がってゆっくりと落ちていく。
ぐっと腰を引き寄せられ、重ねた指先にアラン様の指が絡んだ。
ホール中に響き渡る、甘く精緻な技巧と壮大で大胆な管弦楽器の音色が最高潮を迎える。
アラン様に促されて足を踏み出し、ライトランジでステップを終えた。
それから離れて互いに礼をする。
次のダンスのお相手をと視線を走らせると、アラン様に手を掴まれた。
「先の騒動で、下世話な視線を向ける男もいるだろう。俺の方に寄ってくる令嬢はいないだろうが、メアリーにはおそらく集う虫がうじゃうじゃいる。今夜は俺のために社交しようなどと考えるな。ブティックのためであっても、情勢が落ち着いてからの方がいい」
他の方と踊るなということでしょうか。アラン様の目を真っ直ぐに見返す。
「踊りたい者がいるなら止めるつもりはない。だが警戒はしてほしい」
周囲の人々はざわざわと次の相手を探したり、休憩を求めてフロアから外れていったりと移動したりお喋りを交わしている。
横目にアンジーとエインズワース様のお姿がちらりと見えた。
エインズワース様の腕にアンジーが手を重ねてやってくる。
「わかりました。次はエインズワース様と踊ることにいたします」
「……俺ともう一度踊ってもいいんだぞ?」
クゥンと切ない鳴き声が聞こえてきそうなアラン様が、こちらを伺うように覗き込まれたとき、アンジーの溜息混じりの呆れ声がした。
「何を馬鹿なことを言っとるんじゃ。この場で続けて踊れば、先の騒動を皆に思い起こさせることになる。ルド、メアリーと踊ってやれ」
エインズワース様は頷くとウィンクを寄越され、お手を差し出された。
アラン様が苦虫を噛み潰したようなお顔をなさる。
「僕では物足りないかもしれないけど。メアリー嬢、僕にもその手をとる機会をもらえるかな?」
「ええ。お願いいたします」
エインズワース様の手を取り微笑むと、アンジーの溌剌とした声が聞こえてくる。
「ええい、妾を前にダンスを申し込まないとは、なんたることじゃ。ほれ、早う手を出せ!」
後ろをチラリと振り返ると、アラン様が慌ててアンジーに手を差し伸べていた。
「まったくお互いさまだというのに」
エインズワース様はアラン様を一瞥すると「あんなに射殺さんばかりに睨まれてもなぁ」と苦笑された。
同意を求めて「そう思わない?」と、おどけてぐるりと目を回されるので、わたしはわざとらしく眉根を寄せて切なげに見えるよう表情を作る。
「まぁ……。そうだったんですの? せっかく麗しのエルフの君の方と踊れるのかと、わたし、とても楽しみでしたのに……。エインズワース様は嫌嫌でしたのね。悲しいですわ……」
エインズワース様はぱちぱちと目を瞬くと、ニイッと悪戯なお顔をなさる。
「いいや? 僕も楽しみだよ、メアリー嬢」
「まあ、嬉しい」
にっこりと微笑みかけるとエインズワース様はフロアの中ほどまで進んだところで止まり、向き合われた。
「どうにも君は守られるだけのお姫様ではいてくれないみたいだね。男としては寂しいが……」
エインズワース様の腕にのせていた手を離し両腕を広げる。
右手をエインズワース様の左手に重ね、左手をエインズワース様の肩へ。
エインズワース様が優美な微笑を浮かべてホールドを張られる。
さすがファルマス公爵令息。
場馴れされているだけあって、安定感のあるホールド。踊りやすそうだわ。
「……友人としては大歓迎だ。未来のカドガン伯爵夫人」
「光栄ですわ、未来のレッドフォード侯爵様」
楽団が少しアップテンポの可愛らしく華やかなメロディを奏で始めた。