19 ダンスは楽しい
「ルド、踊るぞ!」
アンジーが目を輝かせて、エインズワース様を急かす。
エインズワース様は愛おしげに目を細められると、流れるような所作でアンジーにお手を差し伸べられた。
さすが麗しのエルフの君。
こちらを遠巻きに眺めていたご令嬢達から黄色い歓声があがる。
「お手をどうぞ、お姫様」
アンジーは「うむ!」と元気いっぱいにエインズワース様のお手を取り、ずんずんとフロア中央へ向かっていく。
二人を見送り、アラン様を見上げるとアラン様の和らいだ目とぶつかる。
白い手袋に覆われた手がこちらに差し出された。
「俺達も踊ろう。……いや、踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
差し出されたアラン様の手に手を重ね、フロアに滑り出していく。
アラン様は腰に手を回し、緩やかにリードしてくださった。
踊りなれたアラン様とのダンスは誰と踊るより安心する。
ドキドキもする。ワクワクして、目に入る全てが輝いて見える。
デビュタントのファーストダンスのお相手がアラン様であることに、とてつもない幸福感が胸に寄せてくる。
ニマニマとみっともないくらい顔が緩んでいるのが自分でもわかるけれど、ダンス中の今は扇で隠すことも出来ない。
けれど、見上げればアラン様もうっとりとしたご様子でこちらに微笑みかけてくださるから、だらしのない表情をしていても許してほしい。
アラン様のその熱っぽい瞳が一層わたしを舞い上がらせるのだから。
「アラン様とデビュタントボールでファーストダンスを踊れることが出来るなんて、少し前まで想像も出来ませんでしたわ」
「連絡が遅れメアリーには不安にさせてしまったな。すまなかった」
眉を顰めたアラン様の瞳が揺れ、気に病んでいたことを改めて知る。
もっと早くに教えてくれていたらよかったのに、と思う気持ちもないこともないけれど、アラン様ご自身が決着をつけるべき事があったのだろうと理解している。
欲を言えばわたしもそこに巻き込んでほしかったけれど。
でもアラン様もわたしも、お互いにお互いの気持ちを勘違いしてすれ違ってきた。
アラン様を責めるわけにはいかない。
というより、アラン様のご尽力がなければ、わたしはアラン様を諦めていたのだから、文句をつけるどころか感謝するところなのだ。
「いいえ。アラン様がご尽力くださっていたのだろうと今はわかります。それにアラン様はおっしゃいました。恋人になろうって……アラン様は歩み寄ってくださいました」
「ああ……。期間限定だと嘯いてお前を騙したな」
「わたしが意固地でわからず屋だったからでしょう?」
「……あそこまで言われて初めて、メアリーが自暴自棄になっているのだと知った」
あの時のやり取りを思い出されたのか、アラン様が渋いお顔になる。
「そうですわね。だって大好きな方から婚約を解消したいと乞われていたのですよ? それでも了承して良好な関係を築いていると思っていたのに、婚約解消間際になって、今度は他の男性との未来を考えるように言われるなんて。
少しくらい意趣返ししたくなっても仕方ありませんでしょう?」
大好きな方、のところでお顔に赤みが差し、婚約解消の言葉で青ざめ、最後にアラン様は小さくなってしまわれた。
「……返す言葉もない。長い間、俺はメアリーを追い詰めていたんだよな。気がつかなくて悪かった」
「ふふ。でもそれはわたしもですわね。わたしも長い間、アラン様のお気持ちにちっとも気がつかずにおりましたでしょう。
わたし達、お互いに相手の幸せを願って身を引こうとして傷ついて……何をしていたのでしょうね?」
「まったくな」
アラン様が苦笑される。音楽のテンポが少しだけ変わったところで、アラン様はわたしの腰を支え、ゆったりと余裕を持って回転させ、ハイホバーに持っていかれた。
ドレスの裾がヒラリと舞い、わたしはアラン様のお手に支えられて背をしならせる。
これだからアラン様とのダンスは楽しい。
事前の打ち合わせもなくても、次はどんなステップを踏みたいのか。どんなターンをしたいのか。
絡めた手とわたしの表情で汲み取ってくださる。
「アラン様のリードはやはり格別ですわ」
楽しくて仕方ないことを伝えると、アラン様も微笑まれる。
「メアリーはダンスが上手いからな。俺の無理な要望を叶えてくれる。ダンスが特別好きなわけではないが、メアリーが楽しそうに踊る姿を見るのは好きだ」
「他の誰かと踊る姿でもよろしくて?」
アラン様はむっつりと黙ると、大きく歩を取って足早にステップを踏む。
「……社交のためには仕方ないと我慢する。だが最初と最後は、俺がメアリーの相手を務めたい」
「勿論ですわ! アラン様はわたしと踊ることがお好きなのではなくて、わたしの踊る姿がお好きなだけなのかと、ちっとも嫉妬してくださらないのかと、少し悲しくなってしまいましたの。意地悪をしてしまいましたわ」
アラン様は虚をつかれたように目を丸くする。腰を支える手に熱がこもった気がした。
「そんなはずがない……いや、俺の言い方が悪かったんだな。許されるならメアリーとだけ踊っていたい。他の誰とも踊ってほしくない」
真っ直ぐに向けられた眼差しには熱情と獣性が宿っている。
挑発したのはわたしなのに、どきまぎしてしまう。
きっとこの顔はみっともないくらい赤く染まっているだろう。