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18 アンジーの婚約者は

 肩を大きく上下して息を整えるアラン様のお背中を眺めていると、背後から呆れたようなお声がかけられた。


「……メアリー嬢。君、結構いい性格してるんだね」


 振り返ると、苦笑したご様子でアラン様に憐みの視線を向けるエインズワース様と、玩具を見つけた子供のように瞳を爛々と輝かせるアンジーがいた。


「まあ……。お恥ずかしい限りです。ですが……」


 扇子で口元を覆い、ちらりとエインズワース様を見上げる。

 すると、エインズワース様が「おや」というように軽く眉を上げた。


「エインズワース様からは『アラン様とわたしの、恋人同士の進捗具合を殿下に(つぶさ)に報告する必要がある』と伺っておりましたし、『仲の良い婚約者同士の様子をお見せするように』とのお申し付けでしたので、ご要望に沿えたでのはないかと存じます」


 アンジーもラブシーンを見せろと仰せでしたし。

 ドレスの裾をつまみ、軽く頭を下げる。エインズワース様は目を丸くされ、アンジーは声をあげて笑った。


「うむうむ。善きかな!」


 豪放磊落なアンジーに、ほっとする。

 さすがに生意気すぎたかしら、と不安も過ぎったけれど、正式に社交デビューし、第二王女殿下にご恩情を賜ったこと、アラン様の婚約者であることが公になった今。

 控えめにやり過ごすだけでは、駄目だと思ったのだ。


 わたしの出自を否定するだろう方々へアンジーが牽制してくださったけれど、わたし自身が矜持を示さなくては、折角のアンジーの慈悲も無駄になってしまう。


 もともと図太くふてぶてしいこの性根。

 これから向けられるだろう好奇と侮蔑、嘲笑の目に対峙する前に。

 まずはアラン様が唯一の友とお認めになられたエインズワーズ様に、わたしを認めてもらわなければならない。

 庇護されるだけのか弱く能のない身代わりの効く乙女ではなく、わたしこそがアラン様のお隣りに立つに相応しい女であると。


 エインズワース様は背を向けていたアラン様の肩に腕を回され、悪そうなお顔をされた。


「コールリッジ、君の奥方は素敵だね。どうやら仲良くやっていけそうじゃないか?」

「……まだ妻ではないが……。お前のいう通り、メアリーは特別だ。これほど素晴らしい女性は他にいない」


 赤みの差した頬で満更でもないといったご様子のアラン様に、エインズワース様はひくりと頬を引きつらせた。


「惚気るのはいいけどね。でも君、アンジーがいることを忘れてないかい?アンジーこそ、至高の女神だということは、周知の事実だよ」

「……不敬を承知で反論していいか?」

「いいわけないよね」


 みゃあみゃあキャンキャン。猫ちゃんと子犬のじゃれあいのようなお可愛らしい様子に、だらしなく頬が緩む。

 わたし、猫ちゃんもワンちゃんも好きなのです。みんなちがって、みんないい。


 アラン様とエインズワース様のご友情を微笑ましく眺めていると、アンジーがバシッと力強く扇子を広げた。王女殿下の合図に、わたしも小さく頷く。


「さて、メアリー嬢。妾は改めてそなたに申し付けよう」

「なんなりと」


 淑女の礼をとると、頭上でふっと空気の揺れる気配がした。アンジーが微笑んだのだろう。


「半年後に催される、妾の婚約式について。妾はそなたの見立てで式を迎えようと思う。引き受けてくれるな?」


 頭を挙げよ、との仰せを賜り、アンジーの美しく鮮やかな深紅の瞳を見上げる。


「この身に余るご名誉、謹んでお受けいたします。かける名を既に失した身ではございますが、この身を賭して、殿下の誉れの助力たらんことを誓います」

「うむ。励めよ」


 第二王女アンジェリカ殿下より正式に任命されるのを、周囲の人々に一層印象づけることが狙いだろうと当たりをつける。だからあえて畏まった言葉を使い、けれども卑屈に追い縋ることもせず。

 アンジーの様子を見るに、及第点をもらえたらしい。アンジーは満足そうに、そして王女に相応しい微笑を浮かべていた。











「それにしてもご婚約とは急なお話ですね」


 アラン様が気遣わし気にエインズワーズ様を見られる。エインズワース様はニッコリと微笑み返された。


「そうでもない。妾は以前からそのようになるじゃろうと予測しておった」


 平然と応えるアンジーに、アラン様は拳を握りしめ、唇を噛まれた。

 アラン様、ひょっとして勘違いなさってる……?

 わたしは助け舟を出すべく、口を挟む。


「お相手を伺ってもよろしいでしょうか」

「うむ。レッドフォード侯の一人息子が相手じゃ」


 ずどーん、と沈みゆくアラン様。

 いえいえ。ちょっとお待ちになって。


 レッドフォード侯爵といえば、エインズワース家を出自とする高貴なお方で。

 婚姻歴のない美貌の独身男性で、少し御年は重ねられているけれど、ご自身の美貌、出自、才覚を慮れば、年齢など欠点にもならないお方。

 それなのにご令嬢からは全くもって無視されている、あの……。


「……レッドフォード侯爵は僕の叔父上なんだが……。まぁちょっと、侯爵としてはあまり口外できないご事情がおありでね……。エインズワース家の命題であったと言えばいいかな……」


 エインズワース様が宙を眺めるかのように、諦観の表情をなさる。


「うん……。まぁそういうご事情だから、ご結婚もされていないし、もちろん嫡子もいない」


 アンジーがニヤニヤとする。


「ルドは昔からレッドフォード侯のお気に入りじゃからのぅ」

「……アンジー、君、侯爵と僕とで本を書いたら、本気で怒るからね」


 口外できない事情に命題とは。アラン様、お気づきになられたかしら。


「妾は気にせんぞ?レッドフォード侯も妾とでは性別が異なる故、腹も立たぬと……」

「アンジー?」


 エインズワース様がにっこりと微笑む。が、とてつもない威圧感がある。そしてすぐさま、切なげに睫毛を震わせた。


「……まぁ、昔から養子にならないかとお声をかけていただいていたから……」


 エインズワース様は、心細いような、切ない声色を出される。

 アラン様がボソッと「貞操の危機だな」と仰った。

 ああ……お気づきになられたのね……。


 フロアでは楽師達が所定の位置につき、いよいよワルツが奏でられようとしていた。

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