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17 お可愛らしいアラン様

 アンジーの音頭を受けて、今夜の舞踏会はようやく本来の様子に戻った。

 燦然と煌めくシャンデリアの元、着飾った貴婦人方のドレスや宝飾品、またそこに集う人々が手にしたグラスがその光を弾き、華やかなホールを彩る。


 第二王女殿下御自ら、取り立てていただいたことにより、意固地になって出自を否定する必要もなくなった。


 なし崩しにアラン様のエスコートを受け会場入りしたものの、あちこちからの視線が刺さる。

 今朝まではポリーブティックにとって、有益な交流をと意気込んでいた。

 歩く広告塔としての振る舞いを己に課し、取引先や顧客となりうるお相手の品定め、人脈作りに励む予定だった。


 またアラン様がエスコートを申し出てくれたときから、期待を隠せなかったわたしは、アラン様――若きカドガン伯爵の婚約者として、でき得る限りの社交を務めようと不退転の覚悟で臨んだ……のだったが。


「皆様、だいぶ遠巻きにされていらっしゃいますわね……」


 重い溜息が漏れる。アラン様が苦笑なされた。


「まあ仕方がないな。紛れもなく醜聞だが、コールリッジ家親子の確執……家督を継いで早々、実の父を除籍したとなれば、手にしたばかりの権力に奢って親を断罪した愚か者と冷ややかに見る目もあるだろうし、かと言ってあの男の醜聞は広く知られているから、俺の判断を仕方なしと赦す向きもあるだろう。

 しかし俺は伯爵位を継いで日が浅いばかりか、社交の場に顔を見せるのもこれまでほとんどなかった。俺という人間と我が家との付き合い方を図りかねているのだろう。

 つまり皆、様子を見たいんだ。下手に今、俺と関われば、どう転ぶかわからんからな」


 自嘲するでもなく、客観的に淡々と述べるアラン様。

 社交は少し苦手とされているようだけれど、事実を的確に把握する目があれば、大きな失敗はしないだろうと思う。


 きっと前カドガン伯爵も、アラン様を認められたのだろう。

 アラン様に乞われるまま、家督を譲ることを了承なされたのは、きっとアラン様を見極め納得なされたからだ、と思う。


 アラン様は認めないかもしれないけれど、きっと前カドガン伯爵はアラン様を見守っていたのではないだろうか。

 直接その御手を出されることは少なかったのかもしれないけれど、アラン様が領地経営を学んだ領地代官は、きっと前カドガン伯爵からのご意向が大きく反映されていたはず。


「今後の財界とその力関係を揺るがしかねない、衝撃的なゴシップの示唆もございましてよ?」


 扇子で口元を隠しながら、もう一つの理由をアラン様に指摘すると、アラン様は凶悪な目つきでわたしを睨んだ。


「次にその件で俺から離れるなどと口にするようなら、本当にメアリーを領地に拘束する」


 深く刻まれた眉間の皺に、地を這うような低い、呻るようなお声に目を瞬く。

 アラン様の瞳がまたもや昏く陰りそうだったので、慌ててアラン様のフラックの裾を摘まんだ。アラン様の肩から力が抜ける。


 気の抜けて緩んだお顔が妙にお可愛らしくて、ちょっとだけ意地悪したくなってしまう。


「あら。では他の理由でしたら、アラン様の元から離れてよいのですか?」

「……そんなに俺から逃げたいのか?」


 シュン、と肩を落とすアラン様が、何やら耳と尻尾をダラリと垂らした大型犬のように見える。

 まあ。なんて、お可愛らしいこと。


 憎からず思われていることが伝わって、頬が緩んでしまう。

 だめだわ。引き締めないと。 


 驕慢な体で胸をそらし、ツンと顎を上げる。


「まぁ。アラン様ったら、またそのようにわたしの言葉を歪めて捉えられるのね。悲しいですわ。それに拘束ですか。そのようなことをなさらなくても結構です。わたしはもうアラン様から逃げたりしません。

 ですから、アラン様も覚悟なさって。アラン様が嫌だと仰っても、わたしはもうアラン様のお傍から離れませんわ。誰にも譲るものですか」

「………………」

「アラン様?」


 あら?


「あの……どうかなさって?」


 全くお応えが返ってこない。不快にさせてしまったのかしら。


「…………いや」


 固まっていたアラン様は、表情をなくしたまま、ぎこちなく腕を上げる。

 そして片手でお顔を覆われてしまった。


 わたし、何かアラン様のお気に触ることを言ってしまったのかしら。覚悟しろだなんて、あまりに不遜だったかしら。

 ますます不安になる。


「調子にのってしまったかしら……。やっぱり、嫌になってしまわれたの?」

「嫌じゃないっ!」


 ガバッとお顔をあげたアラン様はこれまで見たことのないくらい、真っ赤だった。


「あ、あら?」


 アラン様は眉間に深く皺を寄せ、わたしから視線をそらす。


「その、メアリーからそういった……その……独占欲のような……仄めかす言葉を聞くのは、初めてだと……」


 あら? わたし、愛を告げたことはなかったかしら?


「そうでしたか?」


 アラン様はコクリと頷かれた。


「アラン様?」

「……取り乱してすまない」


 口元を手で覆われたアラン様。

 眦は赤く潤み、その赤は耳や首まで染め上げている。なんだかアラン様から「くうん」と鳴き声が聞こえてきそう。


 えっ。可愛い。


「好きです、アラン様」


 アラン様の肩がびくりと揺れる。


「お慕いしています」


 あら、ぷるぷる震えていらっしゃる。やっぱりワンちゃんのようですわ。


「好き」

「大好き」


 アラン様はお顔を両手で覆ってしまわれた。

 もう一押しですわね。


「愛しています」

「~~~~~! わかっ……た……! わかったから……!」


 アラン様が可愛い。頭を撫で撫でしたい。

 くぅぅっ。ここが夜会会場でなければ……!


 アラン様は完全にわたしから背を向けてしまわれた。残念。もっとお可愛らしいアラン様を眺めていたかったのに。

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