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16 王女殿下の仕切り直し

「アスコット子爵よ。そこまでにしておけ」


 アンジーが強い口調でアスコット子爵を窘める。

 アスコット子爵はたじろいだように身を引いた。


 第二王女殿下のお言葉とあっては、異を唱えることは許されない。

 アスコット子爵はお母様から離れ、胸に手を当て礼をし、「かのような醜態を殿下の御前失礼いたしました」と謝罪した。


 アンジーは鷹揚に頷き「許す」と応じる。それからアンジーはアラン様とわたしの方へ歩み寄り、ニヤリと笑った。


「カドガン伯、そこを退け」

「は……?」


 アラン様はアンジーの言葉に戸惑われ、気の抜けたお声を出された。

 アンジーはむっと眉根を寄せ、ぐいっと私の手を引いた。


「退け、と言っておる!」


 アラン様は不服そうだったけれど、エインズワース様が少々乱雑なご様子でアラン様の肩を組んだ。そうして引き離される。

 するとエインズワース様は悪戯っぽくウィンクされ、「大丈夫だよ」と微笑まれた。


 アラン様は「メアリーに色目を使うな」とエインズワース様を睨まれたけれど、先ほどまでの張りつめたご様子はすっかり消えていた。

 わたしはアラン様の穏やかなご様子に安堵し、アンジーと向き合う。


 ほぼ背丈の同じアンジーは、わたしの鼻先近くまでお顔を寄せて、ふっと柔らかく微笑んだ。

 これまでの強気で悪戯な少女らしい笑みでも、王女らしく尊大な笑みでもなく。

 慈愛に満ちた、優しく美しい、包み込まれるような微笑にわたしは魅入ってしまう。


 アンジーはすっと身を引くと、わたしの手を胸元まで引き上げた。


「この者、メアリー・ウォールデンは妾のかけがえのない大切な友であり、また陛下も認める才女である!」


 へ、へへへへへ陛下!?

 陛下って、陛下って国王陛下のことでございますか!?


 とんでもない法螺話が飛び出て、腰が抜けそうになった。

 へっぴり腰でよろめくわたしをアンジーはひと睨みし、小声で「しっかりせい!」と一喝する。


 これまで口にするのもおぞましい下劣なウォールデン、父子問題を抱えたコールリッジ家といった醜聞に沸いていた参席者達は静まり返り、第二王女殿下の御言葉に聞き入っている。


「皆の者、この者の装いを見よ。この美しく意匠を凝らしたドレスに髪飾りは、この者が近日看板を上げるポリーブティックの品である。これらの品については我が母、王妃陛下の御前にも通され、賛辞を送られておる。また妾の婚約式における装いは、この者に頼むことが内定しておる」


 聞いてませんけど!?


 いえ。でも、万が一、仮にそのお話が内定していたのだとしても、婚約式という最も清廉であるべき装いを、それも第二王女殿下の婚約式という国の威信のかかった行事において、汚れた血の流れるわたしを起用してはならない。

 そんなことをすれば、国内貴族からも他国からも、我が国の王室を軽視されてしまう。


 なんとかアンジーに思いとどまらせようと、視線を送るが、アンジーはニヤリと笑うだけ。

 第二王女殿下のお言葉を遮ることなど出来るはずがないから、わたしはもどかしくもアンジーに目で訴えるしか策がない。


 あら、でも婚約式って……エインズワース様がお相手なのかしら……。


 これまでお相手の決まっていなかった第二王女殿下の婚約式、という重大な発表がさらりと為され、聴衆がざわめく。

 お相手は誰かと皆口々に候補の予測を立てているが、エインズワース様の名は聞こえてこない。

 本日のアンジーのエスコートはエインズワース様だけれど、ファルマス公爵令息とはいえ三男のエインズワーズ様の元へ降嫁なさるはずがない、ということだろうか。


 エインズワース様を見ると、特に表情は変わらず涼し気にしていらっしゃるし、アラン様はわたしと目が合うと、穏やかに微笑まれた。

 アラン様の甘い眼差しに、先程の情熱的に過ぎるお言葉が蘇って、頬がかっと熱くなる。

 いえ、決して閉じ込められたいわけではないのですけど……。

 俯いたわたしに、アンジーがまたもや小声で「前を向け」と叱責した。


「ポリーブティックの立ち上げには妾も携わっておる。ファルマス公とカドガン伯の尽力もあった」


 あ、ああ……。つまり、汚れた血など吹き飛ばす権力が後ろについているということを誇示しているのね……。


「また、この者の身に着ける首飾りに耳飾りは、王家の友人として認められた者にしか許されぬ印章も施されておる」


 アラン様のシンボルに浮かれて、全く気が付いておりませんでした。

 今更ながら、とんでもない宝飾品をいただいてしまったことに青くなる。畏れ多いにも程がある。


「まさかこの期に及んで、妾の友の門出を歓ばぬ者はおらんと思うが」


 アンジーがぐるりと聴衆に視線を走らせる。

 鋭く威圧的な眼差しに、視線を下げたり、びくりと肩を揺らす方もいらして、アンジーはそれらを目にすると「なるほど」と呟いた。


 何がなるほどなのでしょう。怖くて想像したくない。

 というより、ここまでしていただいているけれど、アンジーとわたしは今日が初対面よね?お会いしたことはないわよね?


「妾の友の壮途を、共に祝おうではないか。さあ、皆の者、杯を持て!」


 アンジーの音頭にその場で固まっていた人々は慌ててグラスを掲げ、給仕も急いで人々の間を行き交い、グラスを行き渡らせんと奮闘している。


「妾の愛すべき友、カドガン伯とメアリー嬢の婚約に。またポリーブティックの壮途を祝して、杯を掲げよ!」


 一斉に上がるグラスと、第二王女殿下のご尊名、アラン様とわたしの名が人々の間で続けざまに挙がり、わたしはアンジーに手を引かれて立ちすくむ他なかった。


 とんでもないデビュタントボールだ。

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