15 不機嫌そうなアスコット子爵
アラン様は表情を消し、すっとわたしから身をひくと、冷めた眼差しでわたしを見下ろす。
「伯爵夫人としての務めを放棄したいのならば、すればいい。どうせ母上もしてこなかったことだ」
まるでお母様への非難のようにも聞こえる、アラン様の温度の感じられない冷淡なご指摘に、お母様が「ひっ」と小さく悲鳴を上げられた。
「コールリッジ=カドガン家には長らく女主人はいなかった。今更それがどうなろうと構うものか。社交界での母上の古い噂は知っていますよ。叔父上も。エインズワース卿が教えてくれました」
アラン様は振り返りもせず、怯えるお母様に刺すようなお言葉を投げる。
アラン様はこの場で、カドガン伯爵としてではなく、アスコット子爵の甥として振る舞うことを示された。
年輩の血縁者に爵位を翳して押さえつけるのではなく、わたしを娶ることで反意を唱えさせまいと牽制するに留めているのだ。
穏やかで争いを好まない、実直なアラン様らしいお心配り。
けれど、アラン様の指す噂がどのようなものかはわからないが、あまりよいものではないことが窺われる口ぶりだ。
エインズワース様が片方の眉を持ち上げ、アンジーと目を合わせられる。
アンジーは肩を竦めて首を振った。
アラン様の肩越しには、血の気を引き、白蝋のように血の気をなくしたお母様が、がたがたと震えている。
そのお母様を守るようにアスコット子爵がお母様の肩を抱き、アラン様に眉を顰めていた。
「……だが、叔父上や母上がそのように振舞われたのも道理だと。あの男が相手では婚姻前もさぞ苦痛だったのだろうとお察ししておりました。ですから叔父上や母上に同情こそすれど、恨み言を連ねる意はございません」
アスコット子爵に支えられたお母様は、気を失くす手前のご様子で、アスコット子爵はそんなお母様を痛ましげに見つめている。「姉さん、大丈夫かい?」とお声をかけられ、お母様は弱弱しく頷かれた。
「アラン、あまり母親を苛めるな。お前にその意がなかったとしても、非を責めるように聞こえる言葉は控えてほしい。姉さんは長らくあの男に痛めつけられてきた。今でこそ気丈に振舞えるようになったが、お前も覚えているだろう?」
溜息交じりにアラン様を非難するアスコット子爵に、エインズワース様が眉を顰められた。
アンジーは何か思考を巡らすかのように瞑目している。
「……失礼いたしました。愛する者を失うかもしれない焦燥の余り、配慮を逸しておりました。叔父上と母上には、大変なご無礼を」
アラン様は再びわたしの肩を抱くと、アスコット子爵とお母様に向き直り、非礼を謝罪なされた。
アスコット子爵がはあ、と嘆息する。
「まあいい。お前の大事なメアリー嬢の危機だからね。お前が焦るのもわかるよ。何せお前はオルグレン=アスコット家の血を引くんだ。愛情深く、家族を何より大事にする家だ。オルグレン=アスコット家の名に免じて先程の慮外については許そう」
「ご厚情感謝します」
表情を失したままのアラン様が応じると、アスコット子爵は嫌悪の色をそのお顔に走らせた。
「……オルグレンの血を引くと謂えど、相変わらず顔貌はあの男そっくりだな」
前カドガン伯爵と。それだけでなく甥であるアラン様をも疎ましく思われているご様子が明らかで、わたしは目を見開いた。
肩を抱くアラン様の手に力がこもる。見上げると、アラン様は眉根を寄せていらした。