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スカーレット・オルグレンの独白 5

初めてブックマークが20を超えました!

拙作をご覧くださってありがとうございます!

 幸いにも、ギルバートの最愛の女は平民だった。

 それもカドガン伯爵が顧客として贔屓にしている商店の娘。


 カドガン伯爵がその商家当主に二度と嫡男に手を出すな。と一喝すれば、容易く彼等は引き離された。


 そしてギルバートの卒業を待たずに、私達は結婚した。

 ギルバートは初夜においてのみ、夫の義務を果たした。


 間もなくカドガン伯爵は病に倒れ、ギルバートが家督を継いだ。

 ギルバートは突然の当主交代に、昼夜忙しく、社交シーズンを除いて領地にこもり、領地代官と共に領地経営に尽力した。


 私は幼少の頃より馴染んだ、領地のマナーハウスに身を寄せたが、私のギルバートに対する所業を知る使用人達は、私を女主人として認めず、歓迎せず。冷遇することを言外に示された。

 私は王都に戻り、王都別邸(タウンハウス)の使用人を一新し、そこで女主人として振舞った。


 王都での私の評判は散々だったので、茶会も夜会も一切出なかった。

 カドガン伯爵夫人として、夫の助けとなるべく必要な社交もあったが、不快な思いをしてまで、私を裏切ったギルバートの助けをするつもりはなかった。


 私達の間には愛も信頼もなかった。


 ギルバートとその女との仲を引き裂いたのは私ではなく、前カドガン伯爵だったが、前カドガン伯爵にその女の正体を告げ口したのは私だ。


 ギルバートが婚約の解消を申し出たとき、私はしつこくギルバートに迫ったのだ。相手の女は誰なのかと。

 決して彼女に危害は与えない。けれど、長く婚約者として共にあった貴方の選んだ女性がどんな人なのかを知りたい。私も貴方達を祝福したい、と。


 ギルバートは私の言葉をそのまま信じ、幸せそうに、照れたように頬を赤らめ、その女の名を甘やかな声で告げた。


 メアリー・ウォールデン。

 大商家ウォールデンの娘であり、ウォールデン氏の溺愛する美姫。

 社交界では真珠姫と謳われ、平民ながらその卓越した美貌とウィットに富んだ会話、高い教養に商人ながらの幅広い知識、貴族に阿ることのない矜持の高さ、洗練された所作に礼儀作法を賛美される娘。

 私とは何もかもが正反対の娘。


 許せるはずがなかった。


 前カドガン伯爵に告げ口するだけでは物足りなかった。

 私はギルバートを疎んじている弟と共に、ウォールデン商店へ客として近づき、その内情を探った。


 逞しく威風堂々としたギルバートとは違い、威圧感が少なく一見柔和で優男風の弟は、人の心に滑り込むことが得意だ。

 特に準貴族やジェントリ、商人といった、中流階級の人間に対して、その才は発揮される。


 オルグレン=アスコット家は名のある旧家だが、実態は貧しい。

 それは中流階級の者達の間でも広く知られている。

 日頃貴族達から成り上がりだと蔑まれている彼等にとって、オルグレン=アスコット家はその貧しさをついて優越感に浸ることのできる、よい捌け口だった。


 弟は彼らの自尊心を満たしつつ、しかし見縊られないよう貴族としての矜持も保つという芸当を得意とし、すぐにウォールデン家にも親しき友人として入り込んでいった。


 そこで得たのは、おぞましい愛憎劇だった。


 ウォールデン商店の当主、ウォールデンは愛娘メアリー・ウォールデンを溺愛している。

 それは、娘としてだけではなかった。

 彼女が成長し、女性として美しく花開くにつれ、ウォールデン氏は娘に劣情を抱くようになった。まだ畜生道に堕ちてはいないが、それも時間の問題だという。


 そしてまた、ウォールデン氏には後継の息子が一人いて、メアリーとは一つ違いの弟がいる。

 その弟もまた、美しい姉に歪んだ愛憎を向けているのだという。

 父ウォールデン氏は、彼等姉弟が幼い頃より、嫡男である弟よりメアリーばかりを贔屓していたのだ。


 姉メアリーは弟を慮って、父の贔屓を諫め、辞退し、後継である弟を優遇するよう進言してきたが、ウォールデン氏はそれを聞き入れなかった。

 男女の役割について、古い考えを持つウォールデン氏は、メアリーに家を継がせようとはしなかったが、彼女の知性や創造力が商人として優れていることは認めていた。

 とはいえ、ウォールデン氏は、女性が前に立つことを好まない人物であったので、その能力を弟の補佐として役立てることを望んでいた。


 片や弟は美しく優秀な姉メアリーに劣等感を抱いていた。

 この点において、ギルバートに歪んだ憎しみを募らせる我が弟と、姉に屈折した愛憎を寄せるメアリーの弟は通じ合った。


 メアリーの弟は、姉ばかりが父である当主に可愛がられ認められることを恨んでいた。

 そしてまた、あまりに美しいその姿に、父親のウォールデン氏同様劣情を抱いていた。憎んでいるからこそ、その劣情は激しく、また凶悪なものだった。

 それは誰かがけしかければ、すぐに為されてしまうほど、危ういほどに。


 そして弟は、背を押した。

 ウォールデン氏の背を。そしてメアリーの弟の背を。


 初夜の契りのみで授かった息子を、私が出産して間もなく。

 メアリーは子を孕んだ。

 そしてその同時期、ウォールデン商店の番頭であった男がメアリーの婿となった。


 誰の子であるのか、()()()()()であるのか。

 私と弟は答えの出ない賭けをした。

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