スカーレット・オルグレンの独白 4
ギルバートが婚約を解消したいと申し出てきたとき、私は怒り狂った。
彼のせいで、私はずっと惨めな思いをしてきたのに。
彼が婚約者だから、令嬢達に嫌味を投げかけられ、虐められ、友人も出来ずに蔑まれ続けてきたのに。
血だけが取り柄の哀れな娘だと、金で買われた落ちぶれた令嬢だと。
婚約者の愛を与えられぬ、お飾りの妻になるしかない女だと。
立場を弁えぬ、実のない名だけの愚かな子爵令嬢、スカーレット・オルグレン。
そう呼ばれ続けてきたのは、ギルバートのせいなのに。
ようやくその身を脱して、ギルバートの妻となれるかと思った矢先、この仕打ちなのか。
それも私はギルバートの二つ年上。
ギルバートが大学を卒業するのを待っていたから、既に年齢としては行き遅れだ。
「君が私を厭うていたことは、幼い日から知っている。祖父が交わした約束によって縛られた婚約に、不服だったのだと了承しているし、嫌いな男に嫁ぐしかなかった君に同情していた。
君の苦痛をどうにか和らげることは出来ないかと、これでも君に歩み寄ろうと努力していたつもりだ。誠実に応じようと心がけていたし、婚約者として君の意思を尊重していた」
ギルバートの言うことは、全て事実だった。それらを跳ね除け続けてきたのは私だった。
けれど私は、ギルバートを厭いつつも、心惹かれていたのだ。
屈折したこの思いは、ギルバートへの恋慕だった。
「だが私は大切に思う女性に出会ってしまった。このまま君と婚約を続け、また卒業を待って婚姻を結ぶのは、君にも彼女にも不誠実だ。到底自分を許せることではない」
愛人として囲えばいいことだったけれど、ギルバートの性分では無理だろう。
それに私自身、愛人を許容することは出来ない。
この歪んだ独占欲は、その愛人がギルバートの世界から消えるまで、何を仕出かすかわからない。
「とはいえ、君と私の婚約は祖父の代からの家同士の契約であり、また君の結婚適齢期もある。容易に解消できるとは思わない」
婚約が解消されることで、コールリッジ家からの金銭的援助が失われれば、今度こそアスコット子爵領は領地返上するしかない。
また私は社交界で散々な評判を受けている。行き遅れであり、なおかつ持参金が望めないどころか、家の負債まで抱えている。
そんな娘を娶ろうなどという奇特な男性は、まともであればいないに違いない。
私はとんだ不良債権なのだ。
そんなことも忘れて、私はギルバートに横柄に振舞ってきた。
今更ながら、自分の所業に青くなる。
「今回の婚約解消は、私の一方的な咎だ。君に責はない」
嘘だ。
ギルバートが他に心寄せる女性が出来るのは当然だ。私がこの事態を招いたことなど、誰が見ても一目瞭然だ。
だがそれを認めるわけにはいかない。認めてしまえば、婚約を解消するしか他にない。
私はギルバートを睨みつけ、言葉を待つ。
「オルグレン=アスコット家への援助はこれまで通り続けることを約束する。また、婚約解消によって君とアスコット子爵が被る損害についても、当然支払いを保証するし、上乗せする。君が良縁を望むなら、コールリッジ家の名誉にかけて尽力する。長年の婚約者であった君に、酷い男を宛がうことは決してない」
ギルバートは私の目を見ると、頭を下げた。
「私の不実で君を傷つけ、このような境遇に追いやってしまったことを謝罪する。申し訳ない」
目の前で、ギルバートの広く逞しい肩が震えている。
ギルバートがここまで感情を動かすのを見るのは、初めてだ。
私や弟がどれだけギルバートを罵り、愚弄しようとも、ギルバートは困った顔をするだけだった。
ギルバートは頭をあげると、苦悶と悔恨を滲ませた表情で、切々と言葉を重ねた。
「これは私の我儘だが、長く親交のあった君が、不幸になるのを見たくない」
ギルバートはゆるゆると首を振り、「いや、私のせいであることはわかっている。偽善だな」と自嘲した。
この愛情深く情け深い、お人よしな男を、私は決して離さない。絶対に手放すものか。