表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/96

スカーレット・オルグレンの独白 4

 ギルバートが婚約を解消したいと申し出てきたとき、私は怒り狂った。


 彼のせいで、私はずっと惨めな思いをしてきたのに。

 彼が婚約者だから、令嬢達に嫌味を投げかけられ、虐められ、友人も出来ずに蔑まれ続けてきたのに。


 血だけが取り柄の哀れな娘だと、金で買われた落ちぶれた令嬢だと。

 婚約者の愛を与えられぬ、お飾りの妻になるしかない女だと。


 立場を弁えぬ、実のない名だけの愚かな子爵令嬢、スカーレット・オルグレン。

 そう呼ばれ続けてきたのは、ギルバートのせいなのに。

 ようやくその身を脱して、ギルバートの妻となれるかと思った矢先、この仕打ちなのか。


 それも私はギルバートの二つ年上。

 ギルバートが大学を卒業するのを待っていたから、既に年齢としては行き遅れだ。


「君が私を厭うていたことは、幼い日から知っている。祖父が交わした約束によって縛られた婚約に、不服だったのだと了承しているし、嫌いな男に嫁ぐしかなかった君に同情していた。

 君の苦痛をどうにか和らげることは出来ないかと、これでも君に歩み寄ろうと努力していたつもりだ。誠実に応じようと心がけていたし、婚約者として君の意思を尊重していた」


 ギルバートの言うことは、全て事実だった。それらを跳ね除け続けてきたのは私だった。

 けれど私は、ギルバートを厭いつつも、心惹かれていたのだ。

 屈折したこの思いは、ギルバートへの恋慕だった。


「だが私は大切に思う女性に出会ってしまった。このまま君と婚約を続け、また卒業を待って婚姻を結ぶのは、君にも彼女にも不誠実だ。到底自分を許せることではない」


 愛人として囲えばいいことだったけれど、ギルバートの性分では無理だろう。

 それに私自身、愛人を許容することは出来ない。

 この歪んだ独占欲は、その愛人がギルバートの世界から消えるまで、何を仕出かすかわからない。


「とはいえ、君と私の婚約は祖父の代からの家同士の契約であり、また君の結婚適齢期もある。容易に解消できるとは思わない」


 婚約が解消されることで、コールリッジ家からの金銭的援助が失われれば、今度こそアスコット子爵領は領地返上するしかない。

 また私は社交界で散々な評判を受けている。行き遅れであり、なおかつ持参金が望めないどころか、家の負債まで抱えている。

 そんな娘を娶ろうなどという奇特な男性は、まともであればいないに違いない。


 私はとんだ不良債権なのだ。

 そんなことも忘れて、私はギルバートに横柄に振舞ってきた。

 今更ながら、自分の所業に青くなる。


「今回の婚約解消は、私の一方的な咎だ。君に責はない」


 嘘だ。

 ギルバートが他に心寄せる女性が出来るのは当然だ。私がこの事態を招いたことなど、誰が見ても一目瞭然だ。

 だがそれを認めるわけにはいかない。認めてしまえば、婚約を解消するしか他にない。


 私はギルバートを睨みつけ、言葉を待つ。


「オルグレン=アスコット家への援助はこれまで通り続けることを約束する。また、婚約解消によって君とアスコット子爵が被る損害についても、当然支払いを保証するし、上乗せする。君が良縁を望むなら、コールリッジ家の名誉にかけて尽力する。長年の婚約者であった君に、酷い男を宛がうことは決してない」


 ギルバートは私の目を見ると、頭を下げた。


「私の不実で君を傷つけ、このような境遇に追いやってしまったことを謝罪する。申し訳ない」


 目の前で、ギルバートの広く逞しい肩が震えている。

 ギルバートがここまで感情を動かすのを見るのは、初めてだ。

 私や弟がどれだけギルバートを罵り、愚弄しようとも、ギルバートは困った顔をするだけだった。


 ギルバートは頭をあげると、苦悶と悔恨を滲ませた表情で、切々と言葉を重ねた。


「これは私の我儘だが、長く親交のあった君が、不幸になるのを見たくない」


 ギルバートはゆるゆると首を振り、「いや、私のせいであることはわかっている。偽善だな」と自嘲した。


 この愛情深く情け深い、お人よしな男を、私は決して離さない。絶対に手放すものか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ