スカーレット・オルグレンの独白 1
オルグレン=アスコット家は貧しい家だ。
降嫁した公女を祖先に持つオルグレン=アボット家の傍流の家系で、王家の血を引く由緒正しい家ではあるものの、実態としては貴族などととても言えるものではない。
準貴族に準々貴族であるジェントリ、裕福な商家はおろか、下層法服貴族の年収より少ない有様で、準貴族や法服貴族、大商家によってアスコット子爵領は買収される寸前だった。
祖父の代に起こった長雨による河川の氾濫と、それが齎した飢饉によりアスコット子爵の財政は傾き、底をついた。
王家の血を引くオルグレン家の人間としての矜持を崩さぬ祖父は、子爵領を成り上がりの平民に金銭で譲り渡すことをよしとせず。爵位と領地を王家に返上するしか手立てはないか、と覚悟を決めた。
だがそこで、氾濫した川を挟んで領地の隣り合う、カドガン伯爵によって手を差し伸べられ、アスコット子爵領はオルグレン=アスコット家が細々と領地経営を続けている。
オルグレン家当主、アボット侯爵からは既に見切られ。アスコット子爵領は、カドガン伯爵の援助によって、ようやく成り立っている。
というのも、オルグレン=アボット家もさほど裕福な家ではないからだ。
公女の降嫁された当時は、王宮で力を持つ大貴族であったそうだが、アボット侯爵領の所有するサファイアの鉱山から鉱脈が途絶えて久しい。
王宮での派閥争いにも敗れ、アボット侯爵領の財政も権力も尻すぼみとなり、アボット侯爵は寄子である傍系の家が支えているような有様だった。
そしてオルグレン=アスコット家は、飢饉前までは農産業の盛んなそれなりに裕福な家であり、アボット侯爵の柱の一つだったのだ。
天候によって多少左右されたものの、大氾濫前まではある程度安定した収入の見込める肥沃な土地であったアスコット子爵領。
アボット侯爵を支えてきた寄子のアスコット子爵が窮地に陥ったとして、アボット侯爵には、手を差し伸べる余裕はなかった。
領地を隣り合うアスコット子爵とカドガン伯爵。
祖父の代、二人は幼い日からそれぞれの領地を行き来し遊び、また成長してからは王都の大学で机を並べるよい好敵手として切磋琢磨し。
さらに互いが爵位を継いでからは、隣接する領主として意見を交わし、よりよい領地経営をと励んできた仲だった。
カドガン伯爵は旧知の仲であるアスコット子爵の危機に立ち上がった。
当時、カドガン伯爵もアスコット子爵も、その実子は男子しかいなかった。
そのため婚姻による援助という名目を立てることが出来ず、カドガン伯爵が当主を務めるコールリッジ家では、その親族達からの強い反発を受けたと聞いている。
親族達が了承できないのは当然のことだ。
血を同じくせず、婚姻によって家系を交わうこともせず、派閥も異なるまったくの他人。
それもオルグレン=アスコット家にはアボット侯爵という、カドガン伯爵より位の高い寄親がいる。
それなのになぜ、コールリッジ家がアスコット子爵の金銭的援助を担わなければならないのか。
コールリッジ家に全く利がない。
コールリッジ家親族の同意を得るため。カドガン伯爵は、いずれオルグレン=アスコット家に女子が生まれた際、その女子をコールリッジ=カドガン家の嫡男と婚姻させると約束することによって、その場を収めたという。
オルグレン=アスコット家の持つ王家の血の価値を、コールリッジ家の人間に認めさせたのだ。
コールリッジ家は先祖を遡っても王家の血は引いておらず、それがコールリッジ家の人間のうち、劣等感を抱く者があったからだ。
そして、その待望の女子というのが、私、スカーレット・オルグレンだ。