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11 思い出された記憶

 それから三人で、あちこち回ったのだと思う。

 何かを買ってもらった記憶もうっすらとあるし、美しい花々の咲き誇る広場を散歩したり、三人でボートにも乗った。

 その紳士に対して抱いていた敵愾心は徐々に消え失せ、おそらく第三者から見れば、仲の良い親子のように映っていたことだろう。

 それくらい、わたしは紳士に懐いていた。


 お父様がわたしを抱いてくれたことはなく、わたしの名を呼ぶこともなく。

 まるで使用人のようにわたしに接するお父様。わたしはきっと愛に飢えていたのだろう。


 その紳士がわたしを抱きあげ、美しい景色を見せ、甘いキャンディをわたしの口に放り、膝の上にのせては頭を撫でる。

 ボートを漕ぐのに邪魔だっただろうに、私は紳士の膝の間に座り込み、見える景色にあれはなんだ、これはなんだ、と矢継ぎ早に質問した。

 お母様は「そんなに次から次へと聞かれても、答えられないわ」と苦笑したけれど、紳士はきちんとわたしの質問に答えてくれた。

 てきとうにあしらうこともなく、馬鹿にもせず。わたしの指すものが何かわからないときには、わかるまで聞き返し、わたしにわかるように丁寧に答えてくれた。


 日が落ちる頃には、すっかり心を許していた。


 湖の水面が、ゆらゆらと茜色の空を映す頃。

 馬車に預けていたお母様の大きなトランクを馭者から受け取ると、馬車は去った。


 なぜ馬車は去ってしまうのだろう。どうやって帰るのだろう。


 不安になってお母様を見上げると、大きなトランクをわきに、お母様は微笑んでいた。

 お母様の意図がわからず、視線を彷徨わせるわたしの前、紳士はしゃがみこんだ。

 わたしと目線を合わせ、そっとわたしの肩に手を置く。


「メアリー。私の姓をまだ名乗っていなかったね。私はギルバート・コールリッジ。コールリッジ=カドガン家の人間だ」


 その頃の私は、まだ貴族の家名など知らなかった。

 けれど姓を持ることができるのは、貴族と、そしてウォールデンのようなごく少数の有力な平民だけだということは、知っていた。

 だから目の前の紳士が、やはり相応の身分の人間であることはわかった。


 ギルバート・コールリッジと名乗ったその紳士が、真剣な様子でわたしの目をまっすぐ見るので、わたしは頷いた。

 なぜそれほどまで深刻そうなのかは、よくわからなかった。


「メアリー、よく聞いてくれ。このままウォールデンにいれば、君は近いうちに酷いことになる。既に君のお母様は……」


 紳士は苦悶の表情を浮かべて、唇を噛んだ。わたしの肩に置かれた手に力が籠められるのを感じる。


「私は、君達を助けたい。本当は、ずっと前からそう思っていた」


 何から助けるというのか。わたしは首を傾げて紳士を見た。


「……しばらくは領地の外れに身を隠してもらうことになるかもしれない。だが、なるべく早く、家督をあの子に譲り、どうにか後見を立て、君達を必ず迎えに行く」


 紳士は俯くと、「アスコット子爵への援助も後続させると約束しているのに、なぜ彼女はああも意固地なのか……」と呟いた。

 何の話なのか、わたしにはよく理解できなかった。


 そして嘆息すると、紳士は蒼い目をひたと向け、剛健篤実に説いた。


「メアリー、君を必ず守る。君のお母様も。君達母子が不自由なく、幸せに暮らせるよう、取り計らう。ウォールデンからの干渉は、もう許さない。私はきっと、君を慈しみ、愛すだろう」


 わたしは紳士の肩越しにお母様を見た。お母様はわたしの答えを待っているようだった。


「ウォールデンの家を出れば、君や君のお母様を守らず愛を示さず、義務を果たさない父親はいなくなる。冷遇する使用人もいない。愛と信頼に満ちた家を約束する」


 目の前の紳士へと視線を戻す。


「君は、ウォールデンの家を出たいかい?」


 前カドガン伯爵は、そう仰ったのだ。






 あの時、アラン様がいるはずがなかった。

 なぜならあれは、アラン様との婚約が決まる前のこと。顔合わせよりずっと前のこと。


 わたしが本家に売られようとしていたときのことだ。

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