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2 薔薇族の男達って……

 わたしは今、畏れ多いだなんて言葉には表せない状況に置かれている。

 なんと、第二王女殿下御自ら、化粧を施されているのである!


 ……気を失いたいくらいなのですけれど、なぜか殿下はきらきらと輝くピジョンブラッドの瞳をわたしに向け、仰せになることには。


「おお、メアリー嬢の肌は流石きめ細やか滑らかじゃな。その白金の髪はまるで絹糸のようじゃ。なんと美しい……。

 これほどまで美しい女人を、妾は見たことがない! 我が国の貴族令嬢も他国の王女も、メアリー嬢には敵うまい! ほんに、妾のミューズは麗しい……!」


 率直に申し上げて、殿下はご視力がよくないのではないかと思う。


 そもそもが殿下ご自身、大変お美しい方なのだ。

 波打つ豊かなストロベリーブロンドに透き通るような白皙の肌。

 ピジョンブラッドのような鮮やかな瞳は勝ち気で、零れ落ちんばかり。

 つんと尖った鼻尖。ふっくらとした紅い唇はマットな紅で整えられ。

 どこもかしこも細く華奢なお体ながら、まさに王女たる風格を備えている。


 そんなお方と、ただの平民のわたしが、言葉を交わしているということ自体、信じ難い。


 これまで学園で貴人にお会いすることはあったけれど、さすがに王族はない。

 何をどこまで許されるのか。判断が難しいのだから、無難に微笑むことで場を凌いでいる。

 しかしそうすると殿下がほうっと熱い吐息を漏らされる。


 わたしは一体どうしたらよいのでしょうか……。


「カドガンから聞き及んでいるかもしれぬが、妾はカドガンとお主との純愛に心寄せておってな」


 いえ、初耳にございます。


「主らをモデルとした小説も刊行しておる」


 うわあ。


「そちらはあまりに私的な記述が多いと判断し、王族間でしか出回っておらんので、安心してほしい」


 畏れながら安心する要素がございません、殿下。


「妾は以前からローズ出版社に属しておってな」

「え? ローズ出版社でございますか?」


 男性同士の濃厚な友情を描かれる書籍について、多数出版されていることで有名な。あのローズ出版社でございますか?


「ああ。メアリー嬢は目にしたことが?」

「はい、薔薇族の男達のシリーズは、特に人気があり、また希少本ということもあり、ウォールデン家でも力を入れて取り扱っておりました」


 すると殿下は自慢げに御胸を反らされた。


「まさしく! まさしく薔薇族の男達は妾が書いたものよ!」


 なんと! 殿下が!

 ……これはウォールデンから代わって、我が父が新たな販売権を得る好機ではないでしょうか。


「殿下。よろしければ、殿下のご執筆なされた作品を拝見してもよろしいでしょうか」

「うむ! そう思い、今夜は全て持参したぞ!」


 ビジネシチャンスの到来ですわ。







 そして殿下と一通りお言葉を交わした後。

 ポリーブティックの棚に殿下……いえ、アンジーの書籍を並べることとなった。


 現状、ブティックにこっそり書籍を並べ、好事家の方々に販売するに留まるけれど、いずれ事業拡大の叶った際には、貸本屋か書籍販売専門店も経営できたらいいと思う。


 それからもうひとつ。

 こちらについては、幾度も辞退しようとした。したのだが、アンジーの強い希望により、わたしはアラン様との恋愛模様をアンジーに逐一報告することとなったのである。


「でもアンジー、わたしとアラン様は、アンジーの思うような耽美な関係は一切ないのですよ」


 平民が第二王女殿下に対して許される口調では決してないが――そもそも平民は王族と目を合わせることすら許されないが――アンジーがそうしろ、というので遠慮なく敬称も敬語も捨て払った。


 公の場では勿論改めるけれど、というより平民のわたしが表立ってアンジーと接触するのは難しいけれど。

 私的な場ではただ一人の少女としてアンジーと向き合うことを許された。

 アラン様とエインズワース様の忌憚なく言葉を交わされる仲を少しだけ羨ましく思っていたものだから、とても嬉しい。


「うむ。それはカドガンと顔を合わせたその日に悟った。だが妾はカドガンの、伯爵のくせにあの騎士然とした生真面目なところや硬質で男らしい美貌に、メアリーの可憐で楚々たる儚げで刹那的な美貌の掛け合わせに弱くてな! お主達が愛の言葉を交わす場面を夢見るだけで、幸福なのじゃ!

 妾は美しいものを好む。故にカドガンとメアリーは双方美しく、またバランスもよい。その上すれ違い合う純愛ときた。まさしく妾の求むもの!」


 左様にございますか。

 アラン様が凛々しく素敵な男性であることはともかく、アンジーの目に映るわたしの姿に疑問しか抱けない。


「美しいものがお好きなら……勿論、エインズワース様もですわね?」


 するとアンジーは思い切り顰めっ面になった。


「あれは人形のようでつまらん! 情熱も真実も繕う人形など、取り立ててモデルとする必要性を感じぬ。また偽物を前に、創作意欲は沸かぬ。……それにあれと女人の組み合わせなど、想像するだに腹立たしい」


 それは、エインズワース様の真心をアンジーだけに見せて欲しいというお話ですわね?

 アンジーの可愛らしい嫉妬に微笑ましくなる。


「まあ、それはいいのだが……美しいものはよい。が、醜いものは厭じゃ」


 アンジーが目を細め、休憩室の向こう、廊下へと一瞥を投げる。


「招かれざる客が来たようじゃ。さてメアリー。我々も出番じゃな」


 典雅な夜会の喧騒とは異なる、緊迫した騒々しさ。

 異様な空気が肌にまとわりつく中、わたしは夜会会場へと向かう。

 アンジーはお付きの侍女の方にエインズワース様を連れてこられるよう指示し、一人休憩室に残った。


 アラン様はどこかしら。

 きょろきょろと見渡すと、人だかりの向こう側、夜会入り口付近にてアラン様のお姿が見える。

 なぜあんなところに、と内心首を傾げながら近づいていくと、そこには大声で喚く壮年男性と、その男性に腕を絡めしな垂れかかる、男性より少し若いだろう女性の姿があった。


 ――前カドガン伯爵とお母様。


 体中の全ての血が引いていくような気がした。

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