16 嬉しいのは、宝飾品としての価値じゃない
「アラン様も素敵ですわ」
「ありがとう」
アラン様は微笑まれると、もう一段上がり、わたしの隣に並び立つ。そしてわたしの手をアラン様の右腕に添えさせた。
「綺麗だ……。いや、悔しいものだな。これ以上の言葉が出てこない」
アラン様が眉間に皺を寄せて、心底悔しそうにお顔を歪めるので、それまで張りつめていたものが一気に緩み、思わず声を上げて笑ってしまった。
「美辞麗句を駆使して褒めていただかなくても、アラン様のお気持ちは十分に伝わりました。ポリーブティック自慢のドレスです。アラン様のお陰でどうにか軌道にのりそうですわ」
ドレスは胸元にふんわりとしたギャザーが寄り、胸下すぐにシルクの艶やかなリボンが、ぐるりと胴を一周するエンパイアライン。
裾に向かってすとんと落ちるのはゆったりとしたドレープに、その上に重ねられた繊細な透かしレース。
手袋は肩と腕の中間まで長さがあり、ドレスを際立たせるためにごくシンプルなデザインで、生地の上質さに拘った。
パールを散りばめたマグノリアの髪飾りに、緻密な刺繍の施されたレースのベール。
今日の夜会では歩く広告塔として、存分に見せびらかさなくてはいけない。
貴族のご令嬢達のデビュタントボールは今シーズン、既に王城で催され終了している。
だが、来シーズンのデビュタントは勿論、ドレスの質の良さが貴婦人達の目に留まれば。白いデビュタント用のドレスだけではなく、夜会用のドレスから日常のドレスに至るまで、顧客を得るチャンスだ。
「何より、こちらのジュエリー……」
首元で輝く白金の輝きにそっと指先で触れる。
昨日手紙とともにアラン様から贈られ、受け取ったばかりのネックレスとイヤリング。
豪華絢爛ながらも、緻密な技巧によってデビュタントに相応しい繊細さも感じられる。
近年その加工技術が成立したばかりのプラチナのチェーンは繊細にカットされ、編み込まれ。
髪飾りと同じマグノリアの花を模して配された、大粒のローズカットダイヤモンドとパールをいくつも繋ぐ。
ダイヤとパールを紡ぎながら弧を描くチェーンは、きらきらと輝き、留め具には立ち上がった獅子の彫刻が施されたインタリオがある。
ジランドールイヤリングはネックレス同様に、プラチナにパールとダイヤモンドがセットされ、揺れるたびにまばゆい輝きを放つ。
一方で宵闇の月のように怜悧な光を湛える。
まるでアラン様の炯炯とした銀色の瞳のように。
「これほど素敵な贈り物をいただけるなんて……」
わたしもアラン様のことを言えない。素敵、としか言葉が出てこない。
苦笑してアラン様を見上げると、アラン様はどちらかというと涼し気なお色の瞳を赫赫たらんとさせ、わたしを見据えている。
「よく似合っている。よかった、身に着けてくれて」
「これほどまでのお品を、わたしが退けると? これでもわたし、目利きなのですよ」
宝飾品の類は、わたしの得意分野だ。
だからアランさまの贈ってくださったこのお品が、どれほどの価値を持つものなのか、ちゃんとわかっている。
デビュタントに浮かない愛らしさを備えつつも、これはカドガン伯爵家の家宝として子孫代々受け継いでいくに足る、とんでもないお品だ。
だけど。
わたしが嬉しいのは、宝飾品としての価値じゃない。
アラン様はわたしの足元を気遣い、階段をゆっくり下りながら小さく首を振った。
「金だけ積んだようなものを、メアリーは喜ばないだろう? それにこれからメアリーはポリーブティックの看板になる。いくら高価なものだろうと、俺がメアリーの門出の足を引っ張るわけにはいかない」
フロアまで辿り着くと、アラン様はお父様に礼をした。
「ウォールデン殿。貴殿の大事なメアリー嬢がデビュタントにあたり、エスコートの栄誉を任せられたことに感謝する。メアリー嬢が晴れやかなデビュタントを飾れるよう守りぬき、無事こちらに送り届けることを約束する」
「ええ、カドガン伯爵。私の自慢の娘です。どうぞよろしくお願いいたします」
アラン様は頷かれると、玄関前で待ち構えていたコールリッジ=カドガン家の馬車へとわたしを促した。