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12 恋人ごっこの終わり

 そしてそれから、アラン様とわたしが茶会など公の場で共に行動するときは、エインズワース様にもお知らせすると約束した。

 またわたしのデビュタントボールとなる舞踏会についても尋ねられたので、侯爵家で行われる舞踏会が、わたしのデビュタントとして立つ予定の場であると告げた。


 わたしは貴族ではないので、王城でのデビュタントボールには招かれない。

 しかしながら、国内でそれなりの力を持つウォールデン家の傍系の娘として。また現時点ではカドガン伯爵令息であるアラン様の婚約者として。

 その将来性を見越した方々から舞踏会の招待を受けていた。


 そのうち、カドガン伯爵並びにコールリッジ家一族と反目せず、なおかつアラン様との婚約が解消となった後も、コールリッジ家、ウォールデン家にとって不利に働かないであろう侯爵家の舞踏会を、わたしのデビュタントボールとした。


「ですが、デビュタントのエスコートは父に頼むつもりでいるのです」


 エインズワース様は眉尻を下げ、慈愛に満ちたお顔でわたしを見た。

 婚約者のアラン様がいるのになぜ、とは問われなかった。

 エインズワース様も、アラン様とわたしの婚約が仮初のものであることをご存知なのだと察した。








 アラン様はエインズワース様を見送ると、お一人でまた、応接室に戻ってこられた。

 わたしはお二人がお越しになるまで、練っていた企画書に再度目を通そうとしていたところで、アラン様はひょい、とお顔を覗かせた。


「独立後は菓子店をやるつもりなのか?」

「ええ。まだ悩んではいるのですが。職人は新たに見つけるつもりですが、カドガン伯爵夫人お手製の焼き菓子も並べられたらと思って」


 アラン様との交流が途絶えても、アラン様のお母様と繋がることで、わずかにでも縁を繋いでおきたい。

 我ながら浅ましい。


 アラン様はそんなわたしの薄汚い欲に気が付かれたのか、渋いお顔をなされた。


「母上のことは気にするな。ようやくウォールデンの呪縛から抜け出すのだろう?メアリーの好きなことをするといい」


 つまり、コールリッジ家との係わりは今後一切絶ってほしいということだろう。


「……はい」

「先日、メアリーがウォールデン商店への(はなむけ)として、宝飾店の企画書を作成し、俺に見せてくれただろう。あれはいいと思ったんだ」

「ですが、あの企画書はウォールデン商店に全て渡す予定のもので……」

「いや、全く同様のことをメアリーが新規に起こすことはない。ただ、メアリーはドレスや宝飾類のような装飾品に造詣が深く、興味もあるのではないかと感じたんだ。

「何より、メアリーには高位貴族に匹敵する教養があるし、礼節も所作も備わり、美貌は際立っている。平民相手に母上の作る素朴な菓子を売るより、貴族相手に、メアリーの教養と美貌を存分に生かすことのできる分野の方がいいのではないか。そのためにこれまで学んできたのだろう?」


 アラン様の真摯な眼差しに言葉を失う。

 わたしが何を思い、どのように将来を見据え、何を学んできたのか。アラン様は見てくださっていたのだ。

 胸の奥からじんわりと温かく柔らかい何かが込み上げてくる。これほど幸せなことはあるだろうか。

 いずれ婚約解消する、疎ましいわたしを、アラン様はずっと見守ってくださっていた。

 これ以上望むことなどない。


 わたしは声が震えないよう意識して、アラン様に言葉を返した。


「はい。アラン様のご想像の通り、わたしは貴族の方々をお相手に商売をしたいと考えておりました」


 アラン様は優しく包み込んでくださるかのように微笑まれ、わたしの頭を撫でた。


「幼い頃から、メアリーの努力する姿をずっと見てきた。その夢はきっと叶う」


 嬉しい。アラン様のお気持ちが、とても嬉しい。

 ウォールデン家からの独立は未だ許しが出ないけれど、アラン様のお言葉を胸にまだまだ頑張れる。


 アラン様はわたしの髪を梳くと、そのまま一房手にとり、口づけを落とされた。

 その流れるような仕草に目を奪われ、胸が高鳴る。

 エインズワース様はお帰りになられたのに、アラン様は未だ恋人のように振る舞うのか。


 心臓は早鐘を打ち、あまりにドクドクと大きな音を立ててこの体中を巡るので、この鼓動がアラン様に聞こえてしまうのではないかと思う。


 アラン様の玲瓏透徹(れいろうしゅうてつ)な銀の瞳がわたしを射抜く。


「メアリー。俺は伯爵位を正式に継ぐことが決まった」


 熱く高ぶっていた体が冷や水を浴びたようになる。

 わたしの体はみっともなく震えずにいるだろうか。


「家督を継いだら、正式に婚約解消を申し出るつもりだ」


 恋人ごっこの期間は、予想していたよりずっと短いようだ。

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