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9 麗しのエルフの君

 その日はアラン様とのお茶会の予定はなかった。


 ウォールデンから独立したらどんな店を構えよう。アラン様のお母さまお手製のケーキや焼き菓子を並べる庶民向けの素朴な菓子店にするかな。と企画書を練っているところだった。


 そこへアラン様が先触れなしにやってきて、なぜか今、ファルマス公爵令息エインズワース様と引き合わされている。


「改めまして、メアリー嬢。僕はルドウィック・エインズワース。君とは学年が違うから、あまり話したことはないね」


 麗しのエルフの君と呼ばれる、端正なエインズワース様のご相貌に、親しみやすく悪戯っぽい笑みが浮かび、思わず目を瞬いた。


 学園で見かけるエインズワース様は、浮世離れして神秘的な美貌同様、所作の全てが美しく、浮かべる微笑みも貴族らしく温度の感じないものだった。

 常に女生徒に囲まれながらも、一人一人に丁寧に応じられ、甘いお言葉までも口になされるけれど、まるでそれはお芝居のように感じられ、そこにエインズワース様の感情の揺れや生そのものといったものは見受けられない。


 けれど今、嫌そうに顔を背けるアラン様の肩へ、がっしりと腕を回されているエインズワース様は、まるで無邪気な少年のよう。


「コールリッジの学園在学時以来の仲でね。彼の保護者代わりをしている。全く世話のかかるやつだよね。メアリー嬢も苦労しているんじゃないかい?」


 エインズワース様は悪戯っぽくウィンクをなされた。

 なるほど。アラン様の変わり様はエインズワース様のご影響らしい。


「いいえ。アラン様はわたしには不相応な程、ご立派な方です。いつも優しくしていただいておりますわ」


 不快感露わにお顔を歪めて仰け反るアラン様に、エインズワース様はぐっと顔を寄せ、まじまじとご覧になった。

 アラン様はエインズワース様を肘で押しやり、エインズワース様はアラン様の肩に回していた腕を解いて顎をしゃくった。

 それからエインズワース様はわたしに向き直り、にやりと口の端をあげる。


 ……なんでしょう。エインズワース様の学園でのお姿と、今目の前で悪戯っ子のように含み笑いなされているお姿とが結びつかないのですが……。


「そうだね、コールリッジは立派な男だ。それは僕も友人として保証する。だけどこの男の唐変木っぷりには、第二王女殿下も呆れ顔でね」

「……エインズワース、余計なことを言うな」


 第二王女殿下?!


 平民のわたしにとって、きっと死ぬまで関わることのない、雲の上の存在である高貴なる御方のお話になり、戸惑ってしまう。

 エインズワース様は王家に最も近いエインズワース=ファルマス家の御方だし、ご尊父のファルマス公爵は宰相閣下であられるのだから、王女殿下と親しいのは当然のことなのかもしれない。


 だけどアラン様も?

 アラン様も王女殿下と親しいのだろうか。

 

 渋いお顔でエインズワース様を横目で見るも、心を許した様子のアラン様。

 そしてそんなアラン様に茶々を入れて喜ぶ、悪戯好きの無邪気な少年のようなエインズワース様。

 気の置けない友人といった態のお二人は、当然ながら貴族で。

 第二王女殿下のご尊顔を拝することもあって、御言葉を交わすこともある。

 それはお二人にとって、さほど特別ではないことなのだろうか。


 改めてアラン様との身分の差を痛感する。

 わたしはこれといって特筆することのない商人の娘で、ただの平民なのだ。


 アラン様との距離を感じる。とても遠い存在。

 もともとわたしの身分では、個人的に知り合うはずのない方だ。


 ウォールデン商店のお得意様であるカドガン伯爵邸へ、商売人として出向くことがあったとして、婚約など結ぶはずもない。

 コールリッジ=カドガン家はウォールデン商店の財政的後援など必要としない、とても裕福な家だし、そもそもわたしはウォールデン本家の娘ではない。何の後ろ盾も旨みもない、ウォールデン家傍系の娘。


 ――アラン様がカドガン伯爵とわたしのお母様を恨んでいなかったとしても。それでも次期伯爵であるアラン様に、わたしは相応しくない。


 この婚約が解消されるのは当然のことだ。

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