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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
親切な村の章
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破滅の記録

 戦いを終えたダミアンは、カリーナが身に着けていた鞄から、一冊の本がはみ出ているのを発見した。どうやら中身はカリーナがつけていた日記帳のようだ。持ち主はもう死んでいるし、魔剣士のプライバシーに配慮するつもりなどダミアンには微塵もない。事の経緯を把握出来るのではと考え、ダミアンはカリーナの日記帳を開いた。


『ついにやってやった。子爵が大事にしていた豪華な短剣を盗み出してやったわ。安い給金で私のことをこき使いやがって。高貴な者はもっと下の者へ施すべきなのよ。これは私が頂く正当な報酬。宝物庫は目移りするような金銀財宝の山だったけど、残念ながら女一人で持ちだせる量は限られた。けど、短剣一つなら持ちだすのは簡単。熱心な収集家の子爵が最も大切にしていた品だもの。きっと物凄い価値があるに違いないわ。毎朝朝晩、欠かさず短剣を鑑賞する子爵のこと。私の犯行は直ぐに露見するだろう。今夜中には町を離れる。その先にはきっと明るいバラ色の未来が待ち受けているはずよ』


 自身の置かれた環境に不満を募らせていたカリーナは日記帳に、当時仕えていた子爵家での窃盗計画を企てるようになっていき、その日についに計画を実行に移した。記述された日付は半年前を示している。


『ふざけるなよ、あのいかれた貴族の爺め。何よこの気持ちの悪い短剣は。刀身に絡みつく管はまるで生きているみたい。こんな物に価値があるわけないじゃない。盗んだ短剣を売りさばいて大金を手にする計画が台無しよ。そのくせあの爺、短剣を盗んだ私のことを血眼になって探している。挙句には私の首に賞金までかけやがった。生死は問わず? ただし所持している短剣だけは回収しろ? ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。私の人生はお終いだ。大金を手にするどころか逃亡者として命を狙われる羽目になるなんて』


 短剣を盗んだ数日後には、カリーナを取り巻く環境は一変していた。日記というのは感情が現れる。筆圧が濃く、ところどころ紙に皺が寄っている。


『賞金がかけられたせいで、まともに宿にも泊まれない。まともな食事だって何日もとっていない。なんて惨めなの。あれもこれも、全部あの貴族の爺のせいだ』


 そうとう追い詰められていたのだろう。日記の筆圧は日を増すごとに弱々しくなっていく。


『人目を避けて深い森の中を進んでいたら、熊に襲われそうになった。こんなところで終わりたくない。私は咄嗟にあの気持ちの悪い短剣で護身した。非力な女が短剣ごときで熊と渡り合えるはずはない。我ながら滑稽だと思ったけど、とても面白いことが起こった。短剣から気持ち悪い管が飛び出して、熊に襲い掛かったの。そうしたら、今にも私に襲い掛かりそうだった熊が急に大人しくなって、まるで私に忠誠でも誓うかのように頭を垂れた。


 自分でも不思議だった。短剣を鞘から抜いた瞬間に、私はそれがどういった性質のものなのかを理解していた。大昔の誰かがこの短剣を使っていた時の情景が、頭の中に雪崩れ込んできたのよ。短剣の銘は統率剣バンデーラ。この力は身を守るために大いに使えると思ったわ。


 バンデーラを寄生させた熊は思わぬ形で死んだ。通りがかった猟師が熊の頭を矢で射抜いたの。熊はすでに私の支配下にあったのだけど、事情など知る由もない親切な猟師は、森で迷った私が熊に襲われると思ったらしい。事実、直前までの経緯は間違っていない。逃亡生活を続けてみすぼらしい姿となっていたことも大いに同情を引いたようだ。レグロと名乗った猟師は、困った時はお互い様だからと、事情も聞かず、私を自分の村へ案内すると言ってくれた。


 レグロの暮らす村はセルバというらしい。こんな深い森の中に住む人間には、手配中の私の素性は割れていないだろうし、久しぶりにゆっくりと休めそうだ。


 そういえば、偶然熊に打ち込んでしまったスクアドラ。あれを人間に寄生させたら、どうなるのだろうか?』


 魔剣士の侵入はセルバ村の破滅の始まりでもあった。日付は四カ月前を示している。


『外界から隔絶されたこの村は、私にとって実に好都合な潜伏場所だった。私の素性を知る者は誰もいないし、村長を筆頭に余所者にも優しいお人好しばかり。疑うことを知らない馬鹿な連中で本当に助かった。とはいえ、賞金がかけられている以上、賞金稼ぎや子爵の追手がいつ私の居所を突き止めるか分かったものではない。潜伏するだけではなく、万が一の状況に備えて戦力も整えておく必要がある。明日はいよいよ、人間にスクアドラを寄生させる実験をしてみようと思う。最初はレグロで試してみよう。お人好しのあいつのことだ。付け入る隙はいくらでもある』


 恩を仇で返すとはこのことだ。胸の内を綴った日記帳で村人たちの親切を嘲笑し、救ってくれた恩人を実験体と見なす。多少は魔剣の影響もあったにしろ、カリーナの本性はあまりにも冷酷だ。


『レグロにスクアドラを寄生させて以降、村人を私に従順な兵士にする計画は順調に進んでいる。これで残る村人は十人程度。村を完全に掌握する日はそう遠くない』


 村の崩壊はもう目前にまで迫っていた。


『村長に入念にスクアドラを寄生させたことで、老若男女全ての村人を完全に私の支配下におけた。これでこの村は私だけのもの。この村は私だけの王国だ。もう私を止められる者は誰もいない』


 この日、狂気の魔剣士の手により平穏だったセルバ村の営みは崩壊した。日付は今から三か月前を示している。


『村に迷い人がやってきた。私を狙う賞金稼ぎの可能性も捨てきれない。仮にただの旅人だったとしても、町で私の手配書を見たら、人相で私がこの村に潜伏していることに気付き、告発するかもしれない。いずれにせよ、外部からやってきた人間は危険だ。生きて村から出すわけにはいかない。スクアドラのテストにもうってつけだ。金や荷物を奪えば今後の活動資金にも使える』


 外部からやって来た人間を狩るようになったのは、この頃からのようだ。なお、翌日の日記には、迷い人たちは結局、賞金稼ぎや追手ではなく、森で迷ったただの旅人だった旨が記載されている。


『予期せぬタイミングで外部の人間が村を訪問するのは面倒だ。村の周辺に気を配り、迷い人を見つけた際にはむしろ積極的に村へ招き入れる方針を決めた。身なりが良ければ最高だ。稼ぎが見込める。怪しまれないよう、今後は客人に対する扱いのパターンを決めておこう。より襲撃がしやすいように、来客用の寝所を用意するのも有りだろう。早速男衆に建設させようと思う』


 ダミアン自身も経験したセルバ村が外の人間を歓迎する流れは、こういった経緯で決まったらしい。宿泊所も計画のために新しく建てられたもののようだ。

 日記によると、その後もセルバ村ではさらに六組の迷い人を殺害したらしい。遺体は全て、森の獣の餌となったようだ。


『今日も森で迷っている身なりの良さそうな男を見つけた。なかなか良い男だし、殺してしまうのは勿体ない気もするけど、外部の人間を殺すのは私が定めた絶対順守のルールだ。例外はない。刀を持っているようだし、多少は戦いの心得があるようだけど、私の操る軍勢に寝込みを襲われればどんな人間だって助かるはずがない。これまで殺して来たのは全員平凡な人間だった。戦いの心得がある人間を殺すことで、また新たな実験が出来そうだ。明日の朝、驚愕の表情で絶命した顔を見るのが楽しみだ』


 記述が残された最後のページは昨日の日付を示している。ダミアンを襲撃する前に筆記したもののようだ。この日記は今後永劫更新されることはない。元は一般人だったカリーナは知る由もなかっただろうが、最後に招き入れた客人は魔剣士狩り。あまりにも相手が悪すぎた。



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[一言] かゆい うま
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