歓迎の宴
単なる迷い人に過ぎないダミアンに対する歓迎の宴は、来賓と思わせる程に豪華なものだった。村の中央広場には四十名近い村人が集い、ニエブラの森で狩猟した獣肉のソテーや、自家製の果実酒などの料理が並んでいる。大そうなもてなしに流石のダミアンも困惑気味だが、用意された料理を無碍に扱うことも出来ず、素直に歓迎に応じることにした。
「さあさあ、どうぞお飲みになってください。村の果樹園で育てている果物をふんだんに使った自慢の果実酒です」
「ほう、これはなかなかに美味だ」
エルネスト村長にお酌された果実酒を、ダミアンはグイっと飲み干した。深みを感じる味わいながらも飲みやすく、爽やかな甘さは料理にもよく合う。
「さあさあ、こちらも召し上がってください」
カリーナが切り分けてくれた鹿肉のソテーをダミアンは口に運ぶ。濃厚な旨味で食が進み、濃いめの味付けが酒にもよく合う。自然と食事と酒の回転が早まっていく。
「宴というのは皆で楽しんでこそだろう。私に遠慮せず、皆さんも食べてくれ」
「これはこれは、では我らもご遠慮なく」
エルネスト村長が頷くと、村人たちも各々で食事や飲酒を始めた。今度はダミアンの方がエルネスト村長へとお酌し、遊歴の話を肴に宴は深まっていく。
「ほうほう、実に興味深いお話しです。我らのほとんどが先祖代々、このニエブラの森で生きてきましたから。外の世界のお話しというのは本当に面白い。まるで旅に出た気分に浸れるというものです」
酒が入っているためか、エルネスト村長の物言いはどこか感傷的だ。長年ニエブラの森で生きて来た生活を今更変えることなど出来ないが、以前から外の世界への憧れがあったということなのかもしれない。
「それにしても、この村の人達は本当に親切だな。旅をして長いが、ここまで手厚い歓迎を受けることは珍しい」
「下心がないわけではないのですよ。狭い世界に生きているからこそ、一期一会を尊いと思うのです。気の知れた村の者達と過ごす時間も大切ですが、外との関わりは、また違った意味で生きている実感を与えてくれる。歓迎の意というのは、有意義な時間を与えて下さる方々への報酬なのです」
「なるほど。私がその有意義な時間というのを提供出来たのなら幸いだ」
「はい。それはもう」
エルネスト村長は上機嫌な様子でダミアンと酒器を合わせた。
「追加でお料理をお持ちしましたよ」
「ありがとう。君もそろそろ食事にしたらどうだ?」
追加の料理を運んできたカリーナをダミアンが労う。宴が始まって以来、彼女はずっと配膳をしっぱなしだ。
「そうですね。ではお言葉に甘えて。お酒は飲めないので、お料理だけ頂きますね」
カリーナも交えて、宴の夜は終始和やかに更けていった。
※※※
宴を終えたダミアンは客人用の宿泊所へと戻った。月明かりだけに照らされた室内は視界が悪いが、開けていて物も少ないため、少し目が慣れれば問題なく奥のベッドまで進むことが出来た。
魔剣士狩りのダミアンとて、生きていくためには睡眠が必要だ。日中に森をさまよった疲労感に酒も加わり、瞼はかなり重くなっている。ダミアンはジャケットとベストだけを脱ぎ、シャツとスラックス姿でベッドへと倒れ込んだ。
深い森の中に位置するセルバ村の夜は静寂そのもので、眠りを妨げるものなど何もない。極上の睡眠環境だ。ダミアンは静かに、心地よい眠りへと落ちて行った。
丑三つ時を迎えた頃。宿泊所の周辺で三つの人影が動いた。
慣れた様子で息と足音を殺し、静かに宿泊所の扉を開けて侵入した。一番奥のベッドでは、敷布も被らずに仰向けで眠るダミアンの姿がある。
身じろぎ一つしないダミアンの様子を見て、侵入者たちはお互いの顔を見合わせて頷きあった。対象に警戒の色はない。問題なく行動に移ることが出来る。
月明かりに照らされ、侵入者たちの腕に両刃の剣が光った。侵入者の一人が慎重にダミアンのベッドまで近づくと、躊躇なく右手の剣をダミアン目掛けて振り下ろした。
「宴の余興の延長線上にしては、随分と殺意が高い」
カッと目を見開いたダミアンは横たわったまま、枕元に置いていた乱時雨を即座に抜刀し応戦。振り下ろされた両手剣を弾き返した。
ダミアンは確かにギリギリまで睡眠を取っていたが、その研ぎ澄まされた感覚は、殺意や不穏な動きを敏感に察知し、即座に意識を覚醒させる。不意の襲撃に冷静に対処することぐらい造作もない。
剣ごと弾き飛ばされた襲撃者は驚きの声一つ上げることなく体勢を整え、周囲に仲間二人が集結する。
月明かりに照らされた人相は、先程まで共に宴席を囲んでいた村人の男性だ。ダミアンに斬りかかって来た男は森を猟場とする猟師。他の二人は村に隣接する果樹園を管理している農夫たちだ。凶行の動作は手慣れていて、ダミアンのような鋭い感覚の持ち主でなければ確実に寝首をかかれていた。戦いの心得のない一般の旅人ならば、何が起きたのか理解出来ぬまま死んでいるところだろう。男達の一連の流れは非常に殺意が高い。
「旅人の寝首をかいて強盗か? 生憎と、根無し草の私から、大した額は望めないと思うがな」
ダミアンの皮肉を受けても男達は、弁明や釈明一つせず閉口している。殺人という、ある種の最も感情的な行動をしたというのに、男達からはまるで感情というものが感じられない。
「なるほど。すでに手遅れということか」
予想はしていた展開だったが、皮肉に対する返答が無かったことでダミアンは覚悟を決めた。応戦し、月明かりに照らされた襲撃者達の姿を一目見た時から、すでに平和的に解決できる段階を過ぎていた。
男達の右手は剣が握られているのではなく、前腕から先が、巨大な剣と完全に一体化していた。腕を飲み込む黒い留め具からは、無数の管のような物が上腕から体の中に侵入し、極太の血管のように全身に張り巡らされている。
管は特に首から頭部にかけて目立ち、脳にまで達していると思われた。さながら巨大生物による人体への寄生だ。事実、男達の目は虚ろで口からは涎が垂れ流されている。すでに当人たちに正気や意志が残されているとは思えない。
このような異常な状態を生み出す魔剣の存在にダミアンは心当たりがあった。その存在を求めてこの村を訪れたわけではないが、破壊対象と偶然巡り合えたことはダミアンにとって僥倖だ。その危険性からも、この魔剣は早々にこの世界から排除しなくてはならない。
軍勢剣スクアドラ。脳幹を経由して全身へと寄生することで、対象者と完全に一体化し、驚異的な身体能力を発揮させるとされる。軍勢剣の名が示すようにスクアドラは量産されており、寄生された者同士で統率の取れた動きを見せる。
かつての大戦時には、戦争狂いの領主が非戦闘員である領民に無理やりスクアドラを植え付け、体の欠損すら意に介さず戦い続ける兵士として、命令のままに操ったとされる血生臭い逸話が現代にも伝わっている。
「安心しろ。お前たちの苦悩はここで終わらせてやる」
軍勢剣スクアドラの寄生は人間として自己の喪失と同義だ。そんな代物を自らの意思で受け入れる者などいない。十中八九、男達は強制的にスクアドラを寄生させられ、意志のない操り人形として凶行を強いられている。ここで終わらせてやることがダミアンなりの優しさだった。
開けた空間を利用し散らばった男達が、波状攻撃でダミアン目掛けて襲い掛かった。
右から迫った農夫がスクアドラを振り被った瞬間、ダミアンは一歩踏み込んで乱時雨で一閃、首を刎ね飛ばした。スクアドラに寄生された人間を殺すためには、剣と脳幹の連結を断つ、すなわち首を刎ねることが最も確実な方法だ。
攻撃の隙をついてもう一人の農夫が背後からダミアンを刺突したが、ダミアンは素早く横に飛びそれを回避。即座に乱時雨を振り抜き、首を刎ねた。
残った猟師が即座にダミアンへスクアドラを振り下ろしたが、ダミアンはそれを乱時雨の刀身で防御した。
「盗寧土」
体のバネを振るいに使い、上方へと切り上げる「盗寧土」で強力に弾き上げると、目にも止まらぬ連撃でダミアンは猟師の首を斬り飛ばした。肉体だけは生かされているため、切断面からは血が噴水のように立ち上り、宿泊所一面を赤く染め上げていった。
弧を描くようにして刀身を血払いすると、ダミアンは乱時雨を静かに納刀。首を刎ねられた、スクアドラに寄生された猟師の亡骸へと近づいた。体にはまだ痙攣が残るが、宿主への寄生が解かれたことで、右腕から生えたスクアドラは刀身全体が一瞬にして罅割れ、近づくダミアンの足音一つで粉々に砕け散った。人間に寄生し、宿主が滅びると同時に自壊する。魔剣の能力は千差万別だが、中でもこのスクアドラは何もかもが異質だ。
「長い夜になりそうだな」
襲撃がこの三人だけで終わるとは思えない。そもそも村を訪れた時から違和感はあったのだ。迷い人を快く受け入れる親切な村。それだけならば問題はないが、宴まで催す大歓迎ぶりと、小さな村には不釣り合いな大きな来客用の宿泊所は流石に行き過ぎだ。
壁に窓がなく、ベッドと机のみが置かれた開けた宿泊所。窓がないということは、周囲からの接近を悟られにくく、開けた空間も、室内でスクアドラを存分に振るうために確保されたスペースと考えれば辻褄が合う。過剰とも思える宴も寝込みを襲うための布石。深い森の中で迷った疲労に酒の酔いも加われば、深い眠りに落ちることは想像に難くない。警戒心の薄い者からすれば、大歓迎自体が油断を誘う要素足り得るだろう。
親切の裏には確実に迷い人を襲撃出来るような入念な計算が見え隠れする。村全体でそれを行っている以上、全員がグルだと考えた方が自然だろう。
異変は直ぐに村中に伝わる。ダミアンはより戦闘しやすい場所を求めて、乱時雨を片手に宿泊所を飛び出した。




