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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
不殺の章
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剣聖

「あなたはまさか、魔剣士狩りのダミアンさんですか?」


 大陸北部のコル村で、三つ揃えのツイードスーツにハンチング帽、手には刀を携えた洋装の剣客ダミアンの後ろ姿に、白いロングコートと赤毛のショートヘアーが特徴的な長身の女性が駆け寄った。


 女性も腰に刀を差している。年齢不詳の感があり、大人びた娘のようにも、童顔の貴婦人のようにも見えるが、その佇まいには隙がなく、武人としての確かな実力が感じられる。


「君か」

「驚きました。どうしてコル村へ?」

「近くで魔剣士絡みの事件を解決した帰りに気まぐれに立ち寄った。この地を訪れるのは三十二年ぶりになるか」

「私も故郷に立ち寄ったのは偶然でした。それがまさかダミアンさんと再会出来るだなんて」


 女性はダミアンの手を取り、潤む瞳で歓喜の声を上げた。諸国を巡る中でいつか再会したいという思いはずっと抱いていた。二十二年も経ってしまったが、再会の地が初めて出会った場所だったことには運命を感じずにはいられない。


「あの日の出来事を経て、薄々察してはいましたが、本当にあの頃のままお変わりないのですね」

「そういう君は随分と成長したようだ。剣士としても女性としても」

「あれからもう二十二年です。何時までも小娘のままではいられませんからね」


 照れ臭そうに女性ははにかんだ。その表情には以前会った頃の面影が強く残されている。


「あなたの使命は存じています。長く引き留めるつもりはありませんが、せっかくこうして二十二年振りに再会したのです。少しだけ私にお時間を頂けませんか?」

「構わんよ」

「ありがとうございます」


 了承の合図にダミアンがその場に腰を下ろし、女性もその隣に腰掛けた。


「最初に一つだけお聞ききしてもいいですか? どうして二十二年前は、自分が孤児院を救った剣士であると言ってくれなかったのですか?」


 ダミアンこそが命の恩人なのではと漠然と考えていたが、それを確信出来たのはたった今、この村でダミアンと再会出来たからこそだ。変わらぬ容姿と過去にこの地を訪れたことがあるという発言が決め手だった。


「聞かれなかったからな」

「それだけですか?」

「それだけだ」

「ええ……」


 呆気ない回答に女性は苦笑する他なかった。


 一方で根が優しいダミアンのことを考えれば、彼なりの配慮があったのではとも思わずはいられない。ダミアンは自身を狂気の剣士と自嘲している。そんな人間が幼少期の憧れである必要はないと考え、知らない振りを通していたのかもしれない。追及したくなるが、それは野暮というものだろう。


「この二十二年間、剣術修行の旅で世界中を巡ってきました。誰かを救えるような剣士になって世界に恩返しがしたい。それは今でも私の至心です。


 行く先々で命を守るために剣を振るってきました。救えた命も救えなかった命もたくさんあります。強さだけは覆しようのない理不尽な運命を目にしたこともありました。私一人が救える命には限界がある。そんな現実に打ちのめされそうになる時もあります。


 それでもやはり私の理想は揺るがないのです。誰かを救える剣士でありたい。そのためには結局、目の前の命を救っていく他ないのです。そう思えた時、迷いは完全に消えました。剣士としての私が限界を迎えるその時まで、私は世界を巡り、目の前の命を救うための剣を振るい続けようと、そう強く誓っています」


「当時の君が口するそれは夢見がちの少女の理想だったかもしれない。だが君はこの二十二年間、その身を以て理想を実現し続けたんだ。現在進行形で君は理想を叶え続けている。それは誰にでも出来ることではない。君は正真正銘の剣士だよ。魔剣士である私に言われても嬉しくはないかもしれないがな」


「私にとってあなたのお言葉以上の賞賛は存在しません。弟子入りは断られてしまいましたが、私は誰にも師事せず、あくまでも我流で剣術を磨いてきました。今でもあなたは私の憧れなのですから」


 これだけは譲れないとダミアンの目をしっかりと見つめた。例え狂気の魔剣士であろうとダミアンに二度命を救われ、二度彼に対して憧れた。彼なくして今の自分は有り得ない。


「各地を旅する中でダミアンさんのお噂は色々と聞いていますよ。以前立ち寄ったカルタという村でも、歴史学者の奥さんと傭兵の旦那さんが、あなたのことを嬉しそうに話しておられました。近くで新しい遺跡が見つかったとかで、今はご夫婦と若いお弟子さんたちとで調査を行っているそうですよ」


「彼女もまた理想を実現しているわけか。まさかこういった形で朗報が届くことになろうとはな」


 二人の顔を思い出し、ダミアンは微笑を浮かべた。共に死線を潜り抜けた二人が夫婦になったというのには少し驚かされた。


「私も君の風聞は聞き及んでいた。行く先々で人々を救う君に、自然とついた通り名についてもな」


「私自身、最初は複雑な心境でした。私にとってその名は必ずしも栄誉ではない。血生臭い過去を思い起こす複雑な名前ですから。だけど、私をその名で呼んでくれる方々の期待に応えたという思いの方が今は強いです。


 剣聖ステラ。その名に恥じぬよう、これからも揺るぎない信念の下に剣を振るっていきたいと思います」


 剣聖の覚悟は揺るぎない。

 ステラの言葉には確かな信念が感じ取れた。


「最後に一つだけお願いを聞いて頂いてもよろしいですか? 是非ともダミアンさんに私の剣技を見て頂きたいのです」

「いいだろう」

「では」


 ステラは居合いの構えを取り、巨大な岩に狙いを定めた。


時遠弩ジエンド!」


 ステラが抜刀した瞬間、飛ぶ斬撃が巨大な岩を一刀両断にした。


「習得に十七年かかってしまいましたが、私も何とか斬撃を飛ばせるようになりました」

「流石の私も驚いた。私は習得に五十年かかったからな」


 気づきについてはアドバイスもしたが、あくまでも我流でステラはこの域にまで達した。剣術については凡才だったダミアンは長い時間をかけることで驚異的な剣術を身に着けたが、ステラは十七年でその一端を得た。心の在り方はもちろん、才気という意味でも彼女は間違いなく剣聖の器といえる。


「次にお会いできる時までには、もっと技を磨いておきます。また何時か会えますよね?」

「私の旅は果てしない。あるいは世界のどこかで再会することもあるかもしれないな」


 二十二年前と同じ別れ際の言葉を残し、ダミアンは魔剣士を狩るために次なる土地へと旅立った。


 この世界から全ての魔剣士を狩り尽すまで、魔剣士狩りの旅路は終わることはない。



 第二章 了

 

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