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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
死の迷宮の章
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関わっていく覚悟

 無事に地下遺跡を脱出しカルタ村へと戻った四人を、住民たちは賞賛の拍手で出迎えた。遺跡の番人が倒されたことで今後、本格的な調査が実施されれば、拠点となるカルタ村は人の往来が盛んとなり経済的にも潤う。住民達は明るい未来に歓喜していた。


 ロマノスを派遣した以上、遺跡の番人がファウロスではないかという疑念を関係者は抱いていたはずだ。その上でこの態度は、相当面の皮が厚いと見える。


「あの怪物を倒してくださった皆様には感謝してもしきれません」


 中年の村長が研究者であるアルテミシアの手を取ったが、アルテミシアは感情的にその手を払った。部外者が村の事情に首を突っ込むべきでないことは分かっている。だが、ロマノスに指示を出し、ファウロスと枯れ井戸へと落とした村長は間違いなく元凶の一人だ。


「彼は怪物ではありません。残酷な運命に翻弄された、ファウロスという名の一人の少年です」


 ファウロスの名が飛び出した瞬間、住民達がどよめきたった。動揺にも二種類あり、行方不明となっている少年の名前を聞き純粋に驚いている者と、罪を暴かれたかのように顔が青ざめていく者とに別れた。もちろん村長は後者だ。


 反応を見るに村の大人全員が口減らしに加担しているわけではないようだ。大人全員が結託していなかったことはせめてもの幸いだ。この村にはまだ希望がある。


「多くの探検者を殺害したのは確かに彼ですが、その元凶となったのは間違いなくあなた達の犯した罪です。どうかそのことだけはお忘れなきよう」

「小娘、言わせておけば!」


 逆上した村長がアルテミシアに手を上げようとしたが、沈黙を貫いていたダミアンが村長の手首を強く握り止めた。


「ダミアンさん」

「お、おい! 離せ」


 ダミアンはアルテミシアの声にも反応せず無言のまま村長を組み伏せると、襟を掴んで引きずるように村長を連行した。進行方向に数多の子供達の命を飲み込んで来た枯れ井戸がある。ダミアンの静かな迫力に臆し、村長派の村人も助けに入れずにいる。


「ひいっ!」


 枯れ井戸までやってくると、ダミアンは必死に抵抗する村長に力づくで井戸を覗き込ませた。


「お前も一度体験してみるといい。その後でなら弁明の一つも聞いてやろう」

「じょ、冗談だろ! や、やめろ」


 ダミアンはさらに村長の体を枯れ井戸へと押し込んだ。村長は足だけをダミアンに支えられ、体の半分以上が枯れ井戸に入っている。


「し、死にたくない……」


 泣きじゃくる村長の懇願が反響した。


「今味わった恐怖をせいぜい忘れぬことだ。彼らの味わった恐怖や絶望に比べたら生温いがな」


 侮蔑するように言うと、ダミアンは落ちかけていた村長の体を引き上げた。村長は恐怖のあまり気絶してしまっている。


 村長に深淵を覗き込ませることは、ダミアンなりのファウロスに対する手向けだった。魔剣士狩りのダミアンが魔剣士に情を見せたのは彼で二人目だ。


「せめてその眠りが安らかであらんことを」


 ダミアンは遥か深淵へとそう投げかけた。


 ※※※


「もう、行ってしまわれるんですね」

「私は魔剣士狩りだ。目的を達成した以上、一つの場所に長居する理由はない」


 遺跡脱出の翌々日。ダミアンは早くも次なる旅へ出立しようとしていた。

 見送りには共に遺跡を脱出した三人が顔を揃えている。一番重症だったラケスも、全身包帯姿ながら顔色は良好だ。


「お前たちこそ、これからどうするんだ?」


「私は当初の目的通り、アニパルクシス遺跡の調査に入ります。所属する学院に文書も送りましたので、近々応援も到着するはずです。先の調査の顛末や、子供達の人骨についてはカルタ村を管轄する領主にも報告したので、村にも今後何かしらの判断が下されることでしょう」


「俺もアルテミシアちゃんと一緒に、これからも調査に協力していくつもりだ。遺跡が開放された今、今度は財宝狙いの盗掘者が活気づく可能性がある。傭兵としてやれることは多いはずだ。そのためにもまずは怪我を治さなくちゃだがな」


「俺も当分はここに留まるよ。あの迷宮の順路を把握しているのは現状では俺だけだからな。ここで降りるってわけにもいかないだろう」


 三者揃ってこの地に留まる決心を固めていた。調査に関わった者として、死んでいった者の命に酬いるためにも、遺跡調査を最後まで見届けたいと思っているのだろう。


「それとですねダミアンさん。私、もう一つ決心したことがあるんです。聞いてくれませんか?」

「いいだろう」


 アルテミシアは大きく深呼吸をしてから、強い意志を宿した瞳で語り出した。


「この村の子供達についてです。初めて出会った夜にダミアンさんは、安易な優しさはむしろ酷だと仰いましたよね。確かにその通りだと思います。あの時の私は一時の感情で安易な優しさを振る舞っていただけなのでしょう。


 ですが、ファウロスのことや口減らしの実態を知った今、改めて子供達のために何かをしてあげたいと強く思うようになりました。今度は安易な優しさではなく、もっと長期的な目標を立てています。


 遺跡の発掘調査の拠点として、カルタ村は当面の間は賑わうことでしょう。ですがそれはあくまでも一時の繁栄に過ぎません。村の将来が明るいとは限らない。

 それを考えた時、私は子供達の未来のために何が出来るのか。辿り着いた結論は、私の持つ知識と技術を村の子供達へ伝授することです。


 歴史研究の分野は現在、人材不足の傾向にあります。新たな遺跡も次々と発見される中、人材の需要は大きい。知識やスキルは将来的生きていくための大きな財産になるはずです。経験を積めるよう、私を含めた研究者の監修の下、村の住民もアニパルクシス遺跡の調査に参加出来るよう学院側にも掛け合っています。今度は安易な優しさなんかじゃない。人生をかけて子供達と関わっていくつもりです」


「それだけの覚悟を持っているのなら文句のつけようもない。君は強い女性だ。その覚悟をきっと実現することだろう」


 出会って以来、ダミアンが初めてアルテミシアへ笑顔を向けた。こんな表情も出来るんだなと、力んでいたアルテミシアの表情も自然と綻ぶ。


 出会ってまだ数日しか経っていない。脱出前後のごたごたで結局は死から蘇った理由を含め、ダミアン自身のことを知る機会は得られなかった。


 それでも共に死線を潜り抜けたことで一つだけ確信したことがある。それはダミアンという男がぶっきらぼうなだけで根は優しい人間だということだ。それだけしか分からなかったが、それだけで十分だ。


「いつでも遊びにきてください。歓迎しますから」

「歓迎か。否定はしないがお勧めはしない。魔剣士狩りが現れるということはすなわち、この地が再びが魔剣士の驚異に晒されるということだからな」

「もう、定番のお別れの挨拶ぐらいは許してくださいよ」


 苦言を呈しながらもアルテミシアの表情には笑みが浮かんでいる。今のはきっとダミアンなりの激励だ。魔剣士狩りが二度と現れないということは、この地の平和が続いていくことを意味するのだから。


「でしたら、遠方のダミアンさんの下へも自然と朗報が届くよう頑張ります」

「楽しみにしている」


 短く頷くと、ダミアンは踵を返しカルタ村を去っていった。




 死の迷宮の章 了 不殺の章へ続く


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