狂気の穴
「魔剣士狩り、よく生きていたな。お前は不死身か?」
「そんなところだ。そういうお前は満身創痍だな」
ダミアンとアルテミシアの下へ、ゼノンに救出されたラケスが合流した。
全身打撲でゼノンの肩を借りながら歩いているが、幸いなことに命に別状はなさそうだ。
「終わったんだな」
「ああ、魔剣士は狩ったよ」
「そうか……」
どんな強靭な肉体を持っていようとも、相手はまだ十四才の少年だった。勝利の余韻など微塵もなく、虚無感だけが広がっていく。
「彼、ファウロスについてなのですが、殺される直前にロマノスさんと気になるやり取りをしていました。ロマノスさんに対し彼は、お前が僕を落としたんだと激昂し、最期の瞬間にロマノスさん自身もそれを認め、謝罪していました。ロマノスさんが私達に語っていた事情は嘘だったのではないでしょうか」
アルテミシアの言葉を聞き、ラケスとゼノンがお互いの顔を見合わせた。
「実はな、ラケスを岸に引き上げた時に気になるものを見つけたんだ。軽く覗いただけなんだが、近くの横穴に人骨らしきものが散乱していてな。一連の出来事と何か関係あるかもしれない」
「気になるな。案内を頼めるか」
「もちろんだ。ラケスお前はどうする?」
「俺も行くよ。この遺跡に関わったものとして真実が気になる。その代わり引き続き肩は貸してくれよ」
「反対側は私が受け持とう」
「おっ、助かるぜ」
ダミアンとゼノンの二人でラケスの体を支えつつ、一行はゼノンの発見した横穴へと向かった。道すがら、アルテミシアがダミアンに対し、彼が不在の間に入手した情報を補足していった。
※※※
「……これは」
「おいおい、何がどうなっているんだ?」
長い横穴を進んだ先に待ち受けていた光景に、アルテミシアとラケスは絶句した。ひらけた空間には大量の人骨が積み上げられ、文字通りの山と化していた。遥か上方からは円形に空が見え、太陽光が注いでいる。
「小柄だ。どうやらほとんどが子供のようだな」
膝をついたダミアンが人骨の一部を手に取り、辺りを見回していく。大人や獣の骨も幾つか混ざっているが、そのほとんどが成長期前の子供のもの。一部にはかなりの年月が経ち風化したものまである。
「アルテミシア、あのロマノスとかいう村人は、謝罪以外にも何か言っていなかったか?」
「村長の指示を仄めかすようなことを言っていました。ファウロスはみんなお前らが落としたとも……だけど、それってまさか」
アルテミシアの脳裏に、村で目の当たりにした飢えた子供達の姿が過った。万年食料危機に喘いできたカルタ村の実情。山のように積み上げられた子供達の死体。答えが出るまでに時間はかからなった。
「口減らしのために、子供を生きたままここへ落としていたんだろうな。あの丸い穴、恐らくは例の枯れ井戸だろう」
遥か頭上を見上げながらダミアンは言った。死体の数を見るに、カルタ村では遥か以前から、食糧難の際にはこの方法で口減らしを行っていたと考えられる。
五年前にもそれが行われ、村長の命を受けファウロスを直接井戸へ落としたのがロマノスだったのだろう。数多の目撃情報からファウロスが生きている可能性に思い至り、真相を確かめるためにロマノスが送り込まれたといったところか。
「井戸からここまではかなりの高さだ。本来ならそのまま転落死するはずが、ファウロスの場合は恐らく、積み重なった人骨の山がクッションとなり一命を取り留めたのだろう。彼の絶望を思えば、狂うなという方が無茶な話だな。今となっては確かめようもないが、遺跡に踏み入った者たちを殺したのは、自己防衛だったのかもしれない」
当時九歳の少年を襲った絶望は想像して余りある。魔剣士狩りに執心する男であってもその狂気を否定することはしなかった。彼は決して望んで怪物となったわけではない。理不尽な運命が彼に怪物となることを強いたのだ。
ファウロスを遺跡の探索に訪れた人間を大勢殺した。それは決して許されないことだが、自分を守るための防衛行動だったのなら同情の余地はある。どんなに強靭な肉体を手に入れても彼はまだ十四歳の少年だった。過去の経験から彼は誰も信じることが出来なかったのだろう。
「幸か不幸か、彼は落ちた先で魔剣と出会い、所有者として選ばれた。惨い仕打ちを受けた彼は強い狂気を宿していたはずだ。適性は十分だっただろう。そうして遺跡の番人と呼ばれる存在が誕生した」
「……先程も仰っていましたが、あの人間離れした肉体は魔剣の能力によるものなのですか?」
「牢固剣デュナメス。それが彼が使用していた魔剣の名だ。所有者の筋力を増強させる能力を持っていたはずだが、肉体をあそこまで肥大化させる力はなかったはずだ。あくまで私見だが、成長途中の子供が所有者となったことで、成長に合わせ肉体構造ごと作り変えられていったのかもしれないな」
「少年をあのような姿に変えてしまうなんて、魔剣とは本当に恐ろしいものですね。あの魔剣は神殿に安置されていた物でしょうか?」
「恐らく違う。古代の神殿に安置された剣が肉切り包丁というのは不自然だ。加えて私自身が牢固剣デュナメスの知識を有している」
ダミアン自身も当初は、古代から遺跡に眠っていた未知の魔剣が関わっている可能性を疑っていたが、初めてファウロスと相対した時、その魔剣が自身の知識と合致していた。魔剣は未知ではなく既知だったのである。
「私の把握している魔剣は、記録の残るかつての大戦時のものだけだ。千年も遺跡に眠っていた魔剣ならば私が知っているはずがない。この魔剣は近代、かつての大戦時に生み出されたものだ」
「だったら、どうして魔剣が地下遺跡に? ここは四年前にアリストデモス博士の手で初めて発見された遺跡ですよ」
アルテミシアの疑問を受け、ダミアンは真上を指差した。
「あそこからなら魔剣を投げ込める。人骨がクッションになったとはいえ、地下深く落ちたファウロスの怪我は重かったはずだ。自力で魔剣に辿り着けるとは思えない。だが、落下地点に魔剣が存在していたなら話は別だ」
「いったい誰がそんな真似を」
「何者の仕業かは私にも分からない。だが魔剣士狩りの旅をしている時々あるんだ。何者かが、本来魔剣が存在しない場所に意図して魔剣を置いていくことが」
同一人物である確証はないが、以前ヴァールの町で戦った魔剣士フォルクハルトが語っていた、魔剣を置いて行った何者かが無関係とは思えない。
今回の魔剣がいつ置かれた物か分からないが、村の暗部に気付き、意図してここへ落とした可能性も十分に考えられる。
また子供が井戸に落とされたとする。大半は転落死するだろうが、もし奇跡的に一命を取り留めた者がおり、その目の前に魔剣が存在していたなら、魔剣士の誕生は必至だ。
目的は不明だが、魔剣をバラまく何者かは意図して魔剣士を誕生させようとしていると推察される。素性が気になるが、ファウロスが魔剣を手にしてから少なくともすでに五年が経っている。今から正体に迫ることは難しい。
「ある程度の事情は推察出来た。ラケスの怪我も軽くはないし、一度地上へ戻ることにしよう」
事の顛末について胸中は複雑だが、地上へ戻ることには誰も反対しなかった。
遺跡調査に参加した二十名の内、生還者は僅か四人。惨憺たる結果ではあるが、遺跡の番人と呼ばれた存在が討たれたことで、今後アニパルクシス遺跡の調査が本格始動することになろう。ファウロスを含め多くの犠牲者が出たからこそ、新たな歴史的発見を絶対に後世へと伝えていかなければならない。
「俺が先導する、逸れるなよ」
トレジャーハンターのゼノンを先頭に、一行は地上を目指してもと来た道を引き返していった。




