死闘の果て
「ダミアン……さん?」
窮地を救われたアルテミシアも大きく混乱していた。
広間でダミアンは確実に死んだはずだ。嘔吐を伴った戦慄の光景は忘れようがない。
だが彼は確かにそこに存在している。
潰されたはずの頭も損傷なく健在だ。頭部には多量の血を拭った跡が残り、ハンチング帽もどこかへ行ったまま。衣服のシャツも白よりも赤の面積の方が圧倒的に多い。確かな惨劇の跡が残されているにも関わらず、ダミアンの体からは損傷だけが綺麗さっぱり消えている。
「礼を言う。良い経験をさせてもらった。私も頭を潰されたのは初めてだったが、どうやらこれでも私は死なないらしい。動けるようになるまでには流石に時間がかかったがな」
乱時雨の能力によりダミアンは不老不死を得た。しかし不死が果たして万能なのかどうか、真の意味で確かめたことはない。これまでの経験上、四肢の切断や内臓損傷は問題なく再生されたが、脳ごと頭部を破壊されるという、確実な死を経験するのはダミアンもこれが初めてのことだ。
結果、頭を潰されたくらいではダミアンの不死は揺らがなかった。これは大きな収穫だ。以前、自身のことをゾンビ兵と自嘲したこともあったが、頭を破壊されても問題なかった以上、ゾンビ兵どころの話ではなかったようだ。
「ダミアンさん、あなたはいったい?」
「話は後だ。巻き込まれないように下がっていろ!」
一度は敗北した相手だ。今回ばかりはダミアンとて周りを気にしながらは戦えない。強い口調でアルテミシアをその場から退けた。
「一度は死んだ身だ。今更守りを気にしても仕方がない」
ダミアンは実戦では過去に二度しか使用したことのない奥の手が残されている。
秘儀「武黎武」。平常時は乱時雨の効果で回復に向いている生命力の方向性を身体能力強化へと変えることで、圧倒的な戦闘能力を発揮することが出来る。
平時は回復力を高めることで生存率を上げるのに対し、「武黎武」は強化された身体能力による短期決戦に活路を見出す。ファウロスの一撃は非常に重い。一撃で戦闘不能に陥るというのなら、より高速戦闘に特化した「武黎武」の方がこの場合は有用だ。
「武黎武!」
発動と同時に、刃も峰も柄も等しく漆黒だった乱時雨の刀身に血管にも似た赤い模様が張り巡らされていく。刀身の禍々しさが攻撃性をより強調させる。
「無礼躯」
「武黎武」状態のダミアンが弾頭のような速度で猛烈に刺突。身体能力が大幅に向上している今、その突進力、破壊力はこれまでの比ではない。真正面からの攻撃にも関わらず、あまりに早さにファウロスの反応は背後から強襲された時よりも遅れ、心臓狙いの刺突をギリギリのタイミングで巨大な肉切り包丁で受け止めた。
――衝撃を殺し切れない。
それまではダミアンの攻撃を地に足をつけて凌いできたファウロスの巨体が勢いに耐え切れず、そのまま後方へ大きく吹き飛ばされ、大の字に倒れた。追撃に備え即座に体を起こすも、ダミアンの姿はすでに視界から消えている。
「再煉」
背後に風の流れを感じた瞬間、ファウロスは咄嗟に横に跳んだが。ダミアンの放った二連撃の一つが脇腹を裂き、赤い線を引いた。
ファウロスは痛みに怯まず、即座に巨大な肉切り包丁を薙いだ。巨大な刃がダミアンの眼前へと迫る。
「神樟」
ダミアンは回避行動は取らず、咄嗟に硬質な鞘で強烈に肉切り包丁を突き上げ、軌道を上向かせた。刃はダミアンの頭上を通過し髪だけを掠めていく。
相手の技を的確にいなす見切り技――神樟。肉体再生による無茶が効かなくなる「武黎武」状態において、神樟こそが防御の要となる。
「盗寧土!」
ダミアンは即座に低い姿勢から全身のバネをフルに使い上方へと切り上げた。この距離では躱し切れず、ファウロスの上半身が逆袈裟に裂け、鮮血が舞う。
しかし驚異的なタフネスを誇るファウロスはこの一撃にも怯まない。左腕の裏拳でダミアンを強烈に打擲。弾き飛ばされたダミアンは橋の欄干に激突し、頭部からの流血と吐血を伴った。回復力を捨てた「武黎武」状態のため傷は即座に再生しない。受けた一撃が行動不能に直結するまさに諸刃の剣だ。
ダミアンは直ぐに態勢を立て直し、額の血をワックス替わりにして髪を後ろへと流した。脳が揺れ、足元がやや覚束ない。ファウロスも増え続ける出血の影響が出体に現れているようで、その場で片膝をついている。
「長期戦は望むところではない。次の一撃で決めさせてもらうぞ」
そう言うとダミアンは乱時雨を鞘へと納め、その場で居合いの構えを取った。
ファウロスも考えることは同じだったのだろう。次の一撃で決着をつけるべく、それまでは片手で力任せに振るっていた肉切り包丁を両手で握り、正中線で構えた。
「うおおおおおおおおおおお!」
吠えると同時にファウロスが仕掛けた。猛烈な勢いでダミアンへ迫り、渾身の力で巨大な肉切り包丁を振り下ろす。
「斬」
ダミアンが必殺の居合いで迎え撃つ。
「凄い……」
両者の刃が激しく衝突。発生した衝撃波は、距離を取っていたアルテミシアの下にまで届いた。
一瞬の静寂の後、金属が破損する甲高い音が地底湖へと響き渡る。
巨大な肉切り包丁が乱時雨との接触面を基点に峰まで罅割れ、自重で折損した。折損部分では、刀身に埋め込まれていた魔石も完全に破壊されている。
「がっうあああああああああああ――」
武器を破壊されただけでファウロスの体に刃は届いていない。にも関わらずファウロスは激痛にのたうち回り、強靱な肉体の節々から白煙が上がっている。
「私の狙いは最初から魔剣の破壊だ。どんなに重厚な刃であっても、硬質かつ無限に再生する私の乱時雨と何度もかち合えば無事ではすまない」
大きく欠損した乱時雨の刀身がみるみる再生していく。ファウロスはほとんどの攻撃を巨大な肉切り包丁で防御することで凌いでいた。初戦でそれを見抜いたダミアンは激しい戦闘を繰り広げながらも、防がれた際に、肉切り包丁のある一点にストレスがかかるよう計算しながら攻撃を打ち込んでいった。
そして「武黎武」状態で放った必殺の一撃「斬」と真正面からぶつかったことで、巨大な肉切り包丁はついに耐久の限界を迎えたのだ。魔剣は魔剣でしか破壊することが出来ない。これは魔剣士狩りであるダミアンだからこそ可能だった勝利だ。
「ダミアンさん、いったい何が起こったんですか?」
「魔剣が破壊されたことで恩恵が失われ、魔剣の能力で肥大化した肉体に、本来の生命力が耐えられなくなっているんだ。ましてや彼はまだ少年だ。その反動は凄まじかろう」
「……気付いていたんですか?」
「刃を交えていて何となくそう感じた。魔剣士である以上、容赦する理由にはならないがな」
ダミアンは地に伏しのたうつファウロスの首目掛けて乱時雨を振り上げた。
「……殺すんですか?」
「どの道助からない。ならばせめて苦しみを長引かせるべきではない」
ダミアンが狂気ではなく、慈悲で魔剣士を殺すことなどほとんどない。深く事情を知らずとも、生きるために怪物とならざる負えなかった境遇は容易に想像がつく。ダミアンはファウロスに対して自分でも驚くほどに同情的だった。
「……僕は、強く……なりたかった……そうすればもう、怖い目……遭わずに……」
「君はとても強かったよ。私を殺してみせたのは君が初めてだ」
「……僕、つよか……た?」
「ああ、魔剣士狩りが保証する」
「……そっか……強くなれ……た……だね」
運命を受け入れたかのように、ファウロスは痛み必死に押し殺し、動かぬことでダミアンへ首を差し出した。
「戯路賃」
ダミアンの振り下ろした刃がファウロスの首を落とした。
遺跡調査に関わったものとして目を背けてはいけないと、アルテミシアもその目でファウロスの最期を見届けた。




