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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
死の迷宮の章
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強襲

「時間の許す限り周辺を散策してみよう。枯れ井戸と遺跡が繋がっているくらいだ。ひょっとしたら外へと出られるルートがあるかもしれない」

「そうですね。建設当時の関係者が利用していた抜け道があってもおかしくありませんし」

「いいぞいいぞ! あるさ、きっと出口はある!」

「俺も賛成だ。探索は得意分野だしな」


 枯れ井戸の情報は、一向に衝撃を与えると同時に微かな希望をもたらした。生存の可能性を見出し、それまでは意気消沈していたグレゴリオスも重い腰を上げている。


 ラケスから最終手段を託されているゼノンも心なしか声が弾んでいた。これ以上犠牲を払わずに済むならそれに越したことはない。


 ――生きて戻れたら絶対に今の仕事は辞めてやる。


 上向く状況に荷物持ちのルカは安堵しつつ、雇用主であるグレゴリオスとの関係は今日限りだと決心していた。グレゴリオスに忠誠を誓うティモンと異なり、ルカはあくまでも仕事だから仕方がなく、気乗りしない遺跡探検にも同行しただけ。命を懸けてグレゴリオスに仕えるつもりなど毛頭ない。金持ちの道楽に付き合わされる生活にうんざりし、故郷へ戻ることを考えていた時期だ。色々と潮時だった。


「……何だ?」


 背後で水音が聞こえ、ルカは橋から地底湖を覗き込んだ。


 水音の正体はどうやら地底湖に生息する魚が跳ねた音だったらようだ。

 これまでは絶望を感じるばかりで、周辺を観察する余裕を持てないでいたが、よくよく見ると地底湖には多くの魚が生息し、水産資源豊富な印象だ。地下遺跡に落ちた少年が奇跡的に生存していたとして、どうやって食料を確保しているのか疑問だったが、この湖は優秀な漁場のようだ。


「何だ、魚か――」


 ルカが安堵の笑みを浮かべると、水面に大きな影が現れ周辺の魚影が散開していく。次の瞬間、水面から飛び出した遺跡の番人の巨体が、水面を覗き込んでいたルカの頭を捕まえた。


「嫌だ! 助け――」

「おい!」


 悲鳴と同時にルカの体が地底湖へと引きずり込まれた。槍を抜いたラケスが駆け寄るも時すでに遅し、水面が赤く染まり千切れた右腕が浮いてきた。


「ラケスさん、今のは」

「間違いない、奴だ。しかし一体どうして湖から」


「俺達は遺跡についてほとんど把握出来ていない。選ばなかった迷宮のルートには、地底湖に繋がる場所があったのかもしれない。その可能性に思い至らなかった俺の責任だ」


「自分を責めるなよ、おっさん。こんな状況、誰にも想像しようがない」


 広間から出現した様子がない以上、そう考える他ない。迷宮に逃げ込んだ者たちを始末した後、例えば地底湖へ繋がる水道のような場所を泳いできた。遺跡を知り尽くす遺跡の番人ならば十分に考えられる。


「どこから飛び出してくるか分からない。全員注意――」

「きゃっ!」


 悪寒が走り、ラケスは咄嗟に目の前にいたアルテミシアを抱き倒した。次の瞬間、二人の頭上を水平に巨大な肉切り包丁が通過していった。反応が僅かでも遅れていたら二人揃って首を刎ねられていたところだ。


「おっさん、アルテミシアちゃんを頼む」

「分かった」


 ラケスはアルテミシアをゼノンへ託し、即座に身を起こし短槍を抜いた。目の前には肉切り包丁を担ぐ五メートル近い巨体が佇んでいる。水面から飛び上がるような水音は聞こえなかった。恐らくは水音で存在を悟らせないため、ルカを殺害した直後に橋の裏に張り付き待機していたのだろう。遺跡の構造を巧みに利用することといい、身体能力だけでなく頭も回るようだ。


 ――位置が悪いな。


 想像以上に早く追いつかれたとはいえ、橋の上で待機してたのは失策だった。強襲を受けて、一向は二組に分断されてしまった。遺跡の番人を挟んで神殿側にラケス、アルテミシア、ゼノン。広間側にグレゴリオス、ティモン、ロマノスがいる。

 

 ラケスが時間を稼ぐにしても、先ずはアルテミシアとゼノンの二人を突破させないといけない。橋という限られた空間でそれはより困難を極める。


 ――うだうだ考えても仕方がない。


 自分がやらなければ確実に全滅する。全力をぶつける以外に出来ることはない。ラケスは一呼吸で覚悟を決めた。

 実力者であるラケスさえ排除すれば残りは容易いと遺跡の番人も分かっているのだろう。下手に挑発するような真似はせず、どっしり構えてラケスの動きを待っている。


「烈風の底力を見せてやる」


 ラケスは腰に携帯していた残る五本の小槍を遺跡の番人目掛けて全て投擲した。遺跡の番人は右手の巨大な肉切り包丁を盾に防御。虚しく甲高い音を立て、小槍は全て弾かれてしまった。ラケスの計算通りだ。


 盾となった肉切り包丁が遺跡の番人の視野を狭めた隙にラケスは視界から消え、俊足で背後を取った。振り向く間を与えず、ラケスは背後から心臓目掛けて強烈に刺突した。


 ――これにも反応するのかよ。


 遺跡の番人の反応速度はさらに上を行っていた。咄嗟に上半身を捻ったことで槍は心臓を外れ、左胸の側面を裂くに留まった。決定打には程遠い。


 ――馬鹿力め。


 遺跡の番人が反撃に転じる。左胸の側面を裂いた槍をそのまま腕と体で挟み込み。先端を肉切り包丁の握りで強烈に一撃。槍が破損してしまった。


 ラケスの判断は早く、使い物にならなくなった槍を手放すと即座にステップを踏んで後退。背負っていた予備の槍へ持ち替えようとするが。


「俺の槍で?」


 遺跡の守護者はラケスが破棄した槍を回転をかけて投げつけて来た。咄嗟に予備の槍で防いだが、強烈な回転で予備の槍が手元から弾き飛ばされてしまった。これでラケスの戦闘用装備は全ては失われてしまった。


 この機を逃すまいと遺跡の番人は一気にラケスとの距離を詰め、勢いそのままに右手の肉切り包丁を振り下ろして来た。ラケスは咄嗟に右方向に跳んで回避したが、この判断は失敗だった。


「しまっ――」

「ラケスさん!」


 大振りな一撃はブラフだった。遺跡の番人は回避直後のラケスに、左腕で強烈な裏拳を叩き込んだ。直撃を受けたラケスは衝撃で吐血し、その体は橋の外へと投げ出された。脱力したラケスの体は、激しい水柱を伴って地底湖へと没した。


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