烈風のラケス
「傭兵の皆さん、よくあんなに飲み食い出来ますね。私なんて緊張して何も喉を通りそうにありません」
食指の動かぬアルテミシアは、宴のように賑やかな傭兵達を驚嘆のまなざしで見つめていた。
「多かれ少なかれ、傭兵稼業は死と隣合わせの世界だ。明日を憂うより、享楽的なぐらいが丁度いいということだろう」
一方のダミアンは適量を機械的に食していった。不老不死といっても戦闘に適した肉体を維持するために栄養の摂取は必須。食べ物がある状況ならば、適量は必ず食しておくのがダミアンのスタイルだ。
「それにしても、探検の景気づけのために豪華な食事なんて粋な計らいですね。素封家のやることは違います」
「域な計らいか。見かたによっては酷だがな」
「あっ……」
ダミアンが目線でさした方向を見てアルテミシアは言葉を失った。
痩せた子供達が遠目に、物欲しげにベースキャンプの様子を伺っている。カルタ村は作物が育ちにくい土地柄で長年食料問題を抱えて来た。アニパルクシス遺跡が発見されたことで人の出入りが増えたが、誰もがその恩恵に預かれているわけではなく、問題は依然深刻だ。
飢えた者たちの目と鼻の先で豪華絢爛な食事が振る舞われる。グレゴリオスとて流石に意図してやってはいないだろうが、配慮に欠けている感は否めない。
「私、子供達に食事を分けてきます」
「安易な優しさはむしろ酷だぞ。私達は一時的に滞在しているだけの余所者だ。根本的な問題は何も解決しない」
「だからって、見て見ぬ振りなんて出来ません」
ダミアンの意見に理解を示しつつもアルテミシアの意思は固く、余った料理を見繕い、子供の一団に駆け寄っていった。
「優しい子だな。ああいう子は嫌いじゃない」
ダミアンとアルテミシアのやり取りを見ていた黒髪短髪の男が、微笑交じりにダミアンへ近づいてきた。
男の名はラケス。グレゴリオスに雇われた傭兵の一人で、まだ若いが「烈風」の異名を取る凄腕の槍使いだ。人情派として知られ、依頼など関係なく、ある村を救うために正義感で盗賊団を丸々一つ壊滅させた逸話はあまりに有名だ。
「だったらお前も行ってきたらどうだ」
「それとこれとは話が別。優しい子は好きだが、それは好みの話であって俺個人の意見はあんたと一緒だよ。安易な優しさはむしろ酷。こういうのは、丸ごと全員どん底から引き揚げてやるぐらいの覚悟が必要になる」
人情派ではあるが、傭兵稼業だけあり思考はリアリスト寄りのようだ。それだけに今回のような金持ちの道楽とも呼べる探検に、ラケスのような傭兵が参加している状況はやや疑問だ。
「そういえば、まだきちんと名乗ってはなかったな。俺は傭兵のラケス、一応は烈風なんて通り名で呼ばれてる」
「旅の剣士ダミアン。魔剣士狩りだ」
「他の奴らとはどこか趣が違うと思っていたがなるほど、あんたが噂に名高い魔剣士狩りか。遺跡に関する情報の中で、大剣使いの大男の存在は間違いなく異質だ。魔剣士狩りが興味を示すのは道理だな」
世慣れた傭兵だけあって魔剣や魔剣士狩りに関する知識を持っていたようだ。ラケスの飲み込みは早い。
「そういうお前はどうして今回の調査に参加を? 金銭目当てに金持ちの道楽に付き合うようなタイプには見えないが」
「ロマンだよ。子供染みたことを言うようだが、俺は昔から冒険というものに憧れていてな。今回の計画は夢を叶える良い機会だと思ったんだ。雇い主のおっさんのことは好かんが、学者としての夢に真っ直ぐなあの子や、あんたみたいな変わり種もいて、楽しい冒険になりそうだよ」
「それは何よりだ。私は私で勝手にやらせてもらうがな」
「その時は頼りにしてるぜ。相手が本物の魔剣士なら俺だって分は悪い」
期待を込めてダミアンの背中をポンと叩くと、ラケスは散歩に行ってくると言い暗がりへ消えていった。




