アニパルクシス遺跡探検隊
夕暮れ時を迎えたカルタ村に、総勢二十名に及ぶアニパルクシス遺跡探検隊の面々が集っていた。村外れの空き地に、探検隊のベースキャンプが設置されている。
「私の呼び掛けに応じ、勇敢にも探検隊に志願してくれた諸君に心から礼を言おう。アニパルクシス遺跡攻略の暁には相応の報酬を約束する」
探検隊の発起人であるカイザル髭が印象的な壮年男性、グレゴリオスが抑揚たっぷりに豪語する。
グレゴリオスは一代で巨大な貿易会社「カルキノス商会」を築き上げた大商人だ。現在は会社の運営を後進に託して隠居。隠居後は金では買えぬ栄誉に興味を示しており、歴史の偉大な発見者となるべく、豊富な資金力を駆使して、独自に未開の遺跡の攻略に着手している。
今回のアニパルクシス遺跡攻略もその一環であり、数カ月かけて各地から有能な人材を招集し、探検隊を結成。生きて戻れる保証のない危険な探検にも関わらず、本人も遺跡に乗り込み陣頭指揮を執る気満々である。スリルさえも楽しんでいる節があり、金持ちの道楽と揶揄する者も少なくない。
「多くの命を飲み込んで来たアニパルクシス遺跡。これを攻略することは人類の悲願であり、諸君らはそのための――」
大言はなおも続いているが、真面目に聞き入っている者は少数派だ。側近や一部の学者を除けば、高額な報酬や発掘品を自由にして良いという誘惑に惹かれてきた者ばかり。報酬の使い道を話題に勝手に盛り上がっている者も多い。
「……ああ、緊張してきた」
丸眼鏡をかけた銀髪の女性が、グレゴリオスの言葉がまるで耳に入らぬ様子で落ち着きなく呟いている。女性の名はアルテミシア。調査隊唯一の女性で、大陸史を専攻するれっきとした学者だ。実地調査にあたり、服装は実用性重視でポケットの多い厚手のシャツやロングパンツ、レースアップのブーツなどを着用している。
「怖そうな人ばかりだな」
今回は学者主体の学術的調査ではなく、素封家のグレゴリオスが企画した一種のトレジャーハントだ。そのため一般的な調査に比べて学者の登用は少なく、これまでの惨劇を踏まえ、屈強な傭兵を中心に編成された軍隊染みた布陣。学者であるアルテミシアが委縮してしまうのも無理はない。
「周りは傭兵さんばかりで、何だか緊張してしまいますよね」
アルテミシアは隣に座る男性に苦笑顔で語りかけた。威圧感ある武装した男たちが多い中、隣の男性は三つ揃えのツイードスーツでかっちりと決めた紳士然とした身なりだ。自分と同じ学者畑の人間だろうと思い、アルテミシアは一方的に親近感を覚えていた。
「私はアルテミシア、専攻は大陸史です。あなたは?」
「ダミアンだ。何か勘違いしているようだが私は学者ではなく旅の剣士だ」
「すみません、これはとんだ勘違いを」
服装にばかり意識がいっていたが、よく見るとダミアンは側に刀を置いていた。護身用に武装する学者はいても、扱いの難しい刀を携えた学者は流石にいまい。
「アルテミシアだったか。君は何故今回の調査に参加を? 学者だというのなら、金持ちの道楽に付き合わずとも調査の機会は得られたのではないか?」
ダミアンの方から話題を振ってくれたことは、アルテミシアにとって幸運だった。同類ではなかったが、威圧的な傭兵と違いダミアンが話しやすい相手であることに変わりはない。これを機に交流を深めておきたい。
「生憎とそう都合よくはいかないのです。権威であったアリストデモス博士を始め、多くの先生方がアニパルクシス遺跡の調査で命を落としました。今となっては著名な先生方も、命惜しさに学術調査に及び腰です。かといって私のような無名の学者では、自ら調査を計画しようにも人員や資金の調達は困難です。正攻法で遺跡の調査に訪れることは難しい。そんな私にとって、動機は何であれ、今回のグレゴリオス氏の計画は願ってもない機会でした」
「こうして調査に参加している以上、聞くだけ野暮なのは承知の上だが、命の危険が伴う調査が恐ろしくはないのか?」
「……もちろん恐ろしいですよ。死に瀕した時、私は必死に命乞いをするでしょうし、死の瞬間には顔を歪めて泣き叫ぶことでしょう。それでも私は、秘められた歴史の一端を垣間見たいという欲求を抑え込むことは出来ません。好奇心に蓋をした時、学者としての私が死んでしまうのですから」
表情を強張らせながら、その瞳には一貫した強い宿志が感じられた。肉体は恐怖を感じながらも本能は探求を求めて止まない。まだ若いがアルテミシアは生粋の探求者だ。
「死をも恐れぬ好奇心か。ある意味それも一種の狂気というわけだ」
やはり愚問だったなと、ダミアンは一笑した。一貫した強い意志を持った人間に行動の是非など問うものではない。
「そういうダミアンさんはどうして今回の調査に参加を? やはり報酬が目当てですか?」
「報酬には興味はない。私の目的は遺跡に現れるという、巨大な剣を持った男に会うことだ」
「遺跡の番人にですか? どうしてまた」
犠牲者の大半は髑髏の兜を被った大剣使いに殺害されたと考えられ、その数は確認されているだけでも百人近くに上る。そんな危険な相手に態々会いたがる理由など、復讐かよっぽどの戦闘狂ぐらいしか思い浮かばない。
「私は奴が魔剣士ではないかと疑っている。魔剣士ならば私が狩らなければならない」
「魔剣士、呪われし製法で生み出された魔剣を手にした者、ですか」
「流石は歴史家。魔剣についての知識もあるようだな」
「かつての大戦時、戦争の切り札として各陣営が開発に臨み、皮肉にもその狂気が長きに渡る戦争を終わらせるに至った禁断の兵器。近代史を語る上で魔剣の存在は切っても切り離せませんからね」
大陸中が戦渦で溢れていた時代、魔剣の狂気によって多くの悲劇が生まれ、結果的にそれが、各陣営が協力せざるをえない状況を生み出した。
魔剣の存在が無ければ戦争はまた違った変遷を遂げ、大陸の戦力図から文化に至るまで、現在と異なる世界となっていた可能性もある。
悲劇を生み出す禁断の兵器であったと同時に、魔剣の存在が時代の大きな転換点となったこともまた事実だ。
「魔剣士狩りと呼ばれる剣士がいると噂に聞いたことがありますが、もしやあなたが?」
「そう呼ばれているのは事実だ」
歴史の裏で繰り返される魔剣士による凶行。それを狩る剣士の噂を、アルテミシアは学院時代に恩師から聞かされたことがある。すでに百年近く続く噂話だそうが、魔剣士狩りが一人とは限らないし、世襲制という可能性も考えられる。アルテミシアは純粋に、ダミアンが魔剣士狩りと呼ばれる剣士である事実だけを受け止めていた。
「しかし、どうして魔剣士がアニパルクシス遺跡に出現したのでしょうか? まさか、古の時代から遺跡を守り続けていた本物の番人とか?」
「今の時点では何とも言えんな」
ダミアンのように不老不死の肉体を持つ魔剣士も存在するのだ。千年単位での遺跡の番人という可能性は否定できない。
遺跡の歴史は大戦よりもさらに数百年古いが、魔剣の精製方はそもそもどの時代から存在していたのか定かではない。大戦以前の時代から魔剣が存在していた可能性も否定できない。
遺跡とは無縁の野良の魔剣士が、アリストデモス博士が遺跡を発見する以前から住み着いていたという可能性も考えられるが、ここでそれを論じることに意味などない。そこに魔剣士と疑われる存在がいる。ダミアンにとって重要なのはその一点だ。
「――翌朝、アニパルクシス遺跡の攻略を開始する。未踏の地への大冒険だ。心してかかってくれ」
ダミアンとアルテミシアが話し込んでいる間に、長々としたグレゴリオスの大言がようやく終わったようだ。よほど退屈だったのだろう。大きく伸びをしたり欠伸をしている者も少なくないが、当のグレゴリオスは探検隊の態度を気にしている様子はない。度量が深いのか天然なだけなのか。判断が難しいところだ。
「主催者としての心ばかりの贈り物だ。景気づけに豪華な食事と酒を用意させた。明日に備え今夜は存分に英気を養ってくれたまえ」
「流石はグレゴリオスの旦那だぜ。よく分かってる!」
「野郎共、グレゴリオスの旦那に乾杯だ」
グレゴリオスの部下の手で次々と運び出されてくる豪華絢爛な食事を前に、退屈そうにしていた傭兵たちのテンションが一気に跳ね上がり、ここぞとばかりにグレゴリオスを持ち上げた。何とも現金なものである。
「それでは私は一足先に休ませてもらうよ。諸君、よい夜を」
その場は部下に任せ、グレゴリオスは自分専用の豪奢なテントの中へと姿を消した。




