死の迷宮
今から四年前。それまでは小さな農村に過ぎなかったカルタ村の名が大陸中を駆け巡った。著名な考古学者であるアリストデモス博士が、カルタ近郊で巨大な地下遺跡への入り口を発見したのである。
遺跡は千年近く前に一帯を治めていた権力者の墓所であると考えられ、当時の地域の名を冠し、アニパルクシス遺跡と呼称された。
アニパルクシス遺跡はそれ自体が巨大な迷宮となっており、要所には侵入者を排除するための罠も存在していた。
探索には相応の準備が必要だと判断したアリストデモス博士は、各地から優秀な人材を募り、大規模なアニパルクシス遺跡調査隊を結成。メンバーは考古学者、言語学者といった研究者に加え、探索に長けたトレジャーハンター、有事の際の護衛として傭兵、罠に精通した元盗賊に至るまで、幅広い人材を揃えた鉄壁の布陣だ。
入口発見から一カ月後。アリストデモス博士を隊長とする調査隊の第一陣がついにアニパルクシス遺跡攻略に着手。誰もが大陸史に残る大発見を確信していた。
しかし、状況は一変した。
定時となっても第一陣が遺跡から戻って来なかったのである。迷宮内での遭難を疑い、状況確認のために第二陣も遺跡内へと侵入したが、そのまま第二陣までもが遺跡から戻って来ることはなかった。
事態を重く見たベースキャンプは、急遽追加の人員を補充し捜索隊を結成。有事を想定し、捜索隊には傭兵も多く登用された。
翌朝、総勢四十名に及ぶ捜索隊が遺跡内へと侵入。
これにより遺跡内で繰り広げられた惨劇の一端が、外部にも知れ渡ることとなった。
予定時間を大幅に超過し、ベースキャンプに不安が広がる中、捜索隊に参加していた三人の傭兵が遺跡から戻って来た。全員が負傷しており、背負われた一人に至っては右腕と左足を失い、すでに瀕死の状態だった。
「……化物だ……巨大な剣を持った化け物に全員殺されちまった」
辛うじて口が利けた傭兵が、半狂乱になりながら遺跡内で起きた惨劇について証言した。
迷宮は奥へ進むにつれ徐々に複雑さを増していったが、捜索隊は常にまとまって行動していたし、罠も先行の調査隊の手によって解除されており、そこまで緊張する場面はなかったそうだ。
しかし、迷宮の奥の円形に開けた場所に立ち入った瞬間、状況は激変した。
そこは辺り一面が血の海で、探索隊と思われる無残に切り刻まれた死体が多数確認されたのだ。そして、惨劇は捜索隊にも襲い掛かる。
殿を務めていた傭兵が突然大きな手で後頭部を鷲掴みにされ、そのまま地面に叩きつけら頭を潰されてしまった。突然の出来事に捜索隊はパニックに陥った。
目の前にいるそれはとても人間とは思えなかった。筋骨隆々の肉体は五メートル近い巨体で、頭部には顔ごと覆う髑髏の兜、右手には巨大な肉切包丁のような剣を持っていた。
捜索隊の大半が戦いを生業とする傭兵だ。動揺しながらも果敢に大男に斬りかかったが、一人、また一人と切り伏せられ物言わぬ肉塊と化していった。
圧倒的実力差を悟った傭兵たちは我先にと逃げ出したが、そこは方向感覚など皆無の入り組んだ迷宮。傭兵たちは出口も分からぬまま散り散りとなり、至るところから断末魔が聞こえて来た。
大男に追いつかれた者。袋小路に迷い込み、逃げ道を失った者。逃げることに気を取られ、罠で命を落とした者。傭兵の数はどんどん減っていき、奇跡的に脱出出来たのはたった三人だけであった。戦いのプロ集団が瞬く間に壊滅した。調査隊の生存はもはや絶望的だ。
生き残った傭兵の証言を受け、ベースキャンプはこれ以上の捜索は困難であると判断。プロジェクトリーダーであるアリストデモス博士の生存は絶望的であり、アニパルクシス遺跡調査計画は正式に中止が決まった。
その後も別の研究チームが遺跡の調査を試みたり、財宝目当ての盗掘者が遺跡に侵入するなどしたが、そのほとんどが生きて戻ることはなかった。数少ない生存者は皆、巨大な肉切り包丁を持った大男に襲撃されたと口を揃える。
大男の正体は不明だが、遺跡を守るこの世ならざる存在ではとの噂は絶えない。
遺跡発見から四年。
今だに遺跡の全容は解明されず、犠牲者の数だけが悪戯に増えていく。
いつからかアニパルクシス遺跡は「死の迷宮」と呼ばれ、恐れられるようになった。
それでもなお、知的好奇心や一攫千金を理由に、危険覚悟で遺跡に挑戦する者は後を絶たない。
今回もまた、ある一組の探検隊が遺跡への挑戦を計画していた。




