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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
妄執の章
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透刃グラウリーベ

「わけが分からない。だって、一番最初に殺されたのはハンナちゃんなのよ?」


 ここに来て会話に割って入ったのは、動揺してその場を動けずにいたレベッカだ。実際に自分も殺されかけた以上、フォルクハルトが連続殺人犯であることは疑っていない。だが、一件目のハンナ殺しだけはどんなに咀嚼そしゃくしても飲み込めそうになかった。


 不仲や疎遠だったというのならまだしも、二人は誰もが認める仲睦まじい兄妹だった。最愛の妹を顔面をズタズタに切り裂いて殺したなど、未だに信じられない。


「君たちが見てきた兄妹の姿に嘘偽りはないだろう。さきほど見せた妹への感情も本物のはずだ。奴は妹を愛していた。だが、美しすぎるあまり殺さなければいけなかった。狂気とはそういうものだ」


「……僕だって愛する妹を手にかけたくはなかったよ。だけど仕方ないじゃないか。ハンナは僕が知る限り最も美しい女性だ。ハンナがいてはグレーテルの美貌が霞んでしまう。美しい女性はグレーテル一人いればそれでいいんだ。だから、美貌を壊してやった。何度も何度も鉈で切り付けて、それがハンナだと分からなくなるまで」


 狂気に支配された身勝手な言い分だが、妹殺しが不本意だったのは本心だろう。フォルクハルトにとって不幸だったのは、妹が美しすぎたこと。狂気の犠牲となったハンナはあまりにも可哀そうだ。


「愛していたのに、身勝手な理由で妹も殺したっていうの? いかれてる……」

「それが正常な反応だ。理解する必要などない」


 身震いするレベッカにダミアンがかけられる言葉はそれぐらいしかなかった。狂気になど本来関わるべきではない。


「最初に最愛の妹を殺したことでお前のたがは一気に外れた。住民からの信頼と土地勘を悪用し、お前は次々に犯行を重ねたわけだ」

「犯人の正体が僕だと知った時の彼女達の表情は実に見物だったよ。まさかハンナの身内が連続殺人鬼だなんて夢にも思わなかっただろうしね」


 二件目から四件目、グレーテルに嫌がらせを行っていた者たちを連続で殺害したことも、グレーテルのための制裁という意図はまるでない。彼女たちもやはりただ美しいから標的とされてしまったのだ。事実、サンドラたちは以前から美人ともてはやされており、グレーテルの登場で自分の立場が危うくなることを恐れ、陰湿な手段で彼女を陥れようとした経緯がある。性格はともかく美人であったことは間違いない。


「今までは上手くやってきたのに、誤算だったのはあなたがこの町に現れたことと、あなたの滞在中に衝動に駆られてしまったことですね」


 レベッカもフォルクハルトの標的の一人だったが、前回の事件からまだ日が浅く、本来は時間を置いて入念な準備をした上で犯行へ臨むはずだった。しかし、敬愛の対象であるグレーテルが目の前で美人と評した人間を野放しにしておくことは、フォルクハルトの狂気が許さなかった。


「お前の狂気の本質は知れた。そろそろ始めても構わないか?」


 ダミアンは抜刀した乱時雨の切っ先のフォルクハルトへと向けた。直ぐに戦闘をを開始しても良かったのが、生き証人であるレベッカにフォルクハルトの本性を知らしめるため、あえて問答を挟んだ。


 町長の理解を得ているとはいえ、余所者がフォルクハルトの首を持って行っても、ロルフら自警団を納得させることは難しい。グレーテルの嫌疑を解くためにも、魔剣士を狩るだけではなく、事件の真相を裏付ける証人が不可欠だ。


「その前に僕からも一つだけ。どうして余所者のあなたが今回の事件に介入したのですか? これまでの被害者にあなたの身内がいたとは思えませんし、あなたの佇まいは正義漢の印象とも異なる」


 これまでダミアンが対峙してきた魔剣士とは異なり、魔剣を手にする以前のフォルクハルトは剣士ではなく一般市民だ。魔剣士狩りの存在をそもそも把握していなかった。


「私は魔剣士狩りだ。魔剣を手にした狂人が目の前にいる。剣を振るう理由はそれで十分だ」

「なるほど、あなたも大概狂人というわけだ。僕とて大人しく斬られるつもりはありません。返り討ちにして差し上げましょう」


 知識は無くともダミアンも魔剣を手にする同類だと感覚で理解したのだろう。和解は元より不可能。生存のための道は相手を殺すこと以外に存在しない。覚悟を決めたフォルクハルトは低い姿勢で鉈を構えた。


「僕を隠せ、グラウリーベ」


 フォルクハルトが不敵に笑った瞬間、鉈型の魔剣――透刃とうじんグラウリーベが怪しく発光。瞬く間にフォルクハルトの姿が消失した。


「むっ?」


 突然背後からダミアンの右肩に鋭い痛みが走った。肩が浅く裂け、血液が宙を舞う。鉈で切り付けられたことは間違いないが、攻撃の瞬間にフォルクハルトの姿は確認出来なかった。


「なるほど、隠密性に特化した能力と予測していたが、その正体は透明化か」

「正解です。あなたがどんなに強かろうと、姿なき相手では成す術はないでしょう」


 姿なきフォルクハルトの勝ち誇った声が倉庫中に響き渡る。


 グラウリーベの能力は、所有者と所有者が触れている物を透明化すること。人気のない時間帯を狙ったとはいえ、人一人を拉致すれば非常に目立つ。それを可能にしたのは、拉致した標的ごとグラウリーベの能力で透明化していたからだ。


 透明化の能力は一対一の戦闘でも非常に有用だ。人間は視覚から多くの情報を得る。それを秘匿出来るのは大きなアドバンテージだ。


「生憎と僕は戦いは素人だ。早々に決めさせて頂きますよ」


 姿なき殺人者がダミアンの頸動脈を裂くべく迫る。


円刃えんじん!」


 ダミアンは円を描くようにして広範囲を強烈に切りつけた。刀身はしっかりと肉を捉え、それまで何も見えなかった空間に赤い真一文字の線が刻まれた。


「がっ! ああああああああああ――」


 腹部を裂かれたフォルクハルトがダミアンの眼前で膝をついた。強烈な一撃を受けたことで透明化の作用が解け、血に塗れた姿が徐々に明らかになっていく。



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