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魔剣士狩り  作者: 湖城マコト
妄執の章
72/166

シンプルな動機

「慌ててどうしたんだい?」

「ひょっとして捜査に進展が?」

「話は後だ」


 ダミアンが町に下りた頃にはもう日没だった。通りがかった農夫のブルーノとハインツはダミアンの返答で緊急事態を察し、慌ててその後に続く。物騒な世情もあり、日没の町には人気がほとんどない。


「こいつは……」

「すでに連れ去れた後だったか」


 レベッカの画材屋へ到着したが、中はすでにもぬけの殻だった。

 激しく争ったのか、棚が倒れ、陳列された商品が床に散乱していた。床に広がる赤い液体にダミアンが触れると、幸いにもそれは血液ではなく、割れた瓶から零れた赤いインクのようだった。幸いにも犯人はレベッカを連れ去っただけで、この場では殺害しなかったようだ。


「例の殺人鬼の仕業か?」

「だろうな。インクの状態を見るにまだ連れ去れて時間は浅い。今から追跡すれば救えるかもしれない」

「宛てはあるのか?」

「一ヶ所だけな。時間が惜しい、私は行くぞ」

「だったら俺らも」

「いらぬ犠牲が出ても困る。お前たちは町で待機していろ」


 ブルーノとハインツにそう言い残し、ダミアンは裏口から画材屋を飛び出して入った。


 ※※※


「……ここは?」


 レベッカの意識は薄く月明かりが差し込む大きな倉庫の中で覚醒した。店に来客があったかと思えば客の姿はなく、次の瞬間には突然何者かに首を絞められ、必死に抵抗するも意識を失ってしまった。覚えているのはそこまでだ。


「お目覚めだね?」


 フードを目深に被った男が、手足を縛られ身動きを封じられたレベッカを見下ろしている。手には鉈が握られ、腰に下げた鞘は、血飛沫を彷彿とさせる赤いまだら模様で彩られている。


「……あなた、まさか例の殺人鬼?」


 拉致を物語る状況と目の前には刃物を手にした男。その結論に達するのは必然だった。


「正解だ。悲鳴を上げるでもなく、冷静に思考を巡らせるあたり、これまで刻んで来た女どもに比べてレベッカさんは肝が据わっている」

「その声……嘘でしょう?」


 殺人鬼から発せられた世間話を交わすかのような馴染み深い声。ほんの数時間前にも顔を合わせていたのだ。聞き間違えるはずがない。


「あなた、フォルクハルトさんなの?」

「ごめんよ、荒っぽい方法で連れ去ったりして」


 フードを下ろし露わになった端正な顔は、家具職人のフォルクハルトその人だ。凶器を手にしたまま、普段通りの佇まいでいることが何よりも異常だった。


「どうしてあなたが」

「すまないね。恨みはないが、君が美しすぎるのが悪いんだ」


 月明かりに照らされたフォルクハルトは口元を釣り上げ、レベッカ目掛けて鉈を振り上げた。


「……い、嫌」

「さあ、君の顔を刻ませておくれ!」

「いやああああああああああ――」


 襲い掛かるであろう激痛に身構え、レベッカが絶叫した。


無礼躯ブレイク!」


 内側から施錠していた扉が轟音と共に突き破れ、振り上げたフォルクハルトの右腕が止まった。


「間に合ったようだな。現行犯となれば流石に言い逃れは出来んぞ。連続殺人鬼」


 舞った土埃が晴れ、窓から注ぐ月明かりが魔剣士狩りの姿を照らし出す。月光を反射した妖刀、乱時雨みだれしぐれの刀身は、いつもに増して妖しく煌めいている。


「あなたですか。よくこの場所が分かりましたね」

「半分は賭けだった。レベッカを標的としたのは恐らく突発的な決断だ。下準備なしで犯行に及ぶなら、勝手知ったる場所を殺害現場にすると踏んだ」


 フォルクハルトがレベッカを連れ込んだ場所は、町はずれにある古い倉庫だ。ここは家具職人であるフォルクハルトの家系が代々資材置き場として利用している場所、そのことは予め地図で確認済みだった。確証があったわけではないが、突発的な犯行であるならリスクを最小限にするため、勝手知ったる場所で犯行に及ぶ可能性にダミアンは賭けたのだ。


「驚いたな。場所を突き止めただけではなく、突発的な犯行であることまで見抜くなんて」

「お前が犯行を決意したのは恐らく、私とグレーテルが画材屋を訪れた時だろう。後から入って来たお前にも聞こえていたのだな」


 本当に何気ない会話だった。レベッカがダミアンに絵のモデルにならないかともちかけた延長線上で、自画像にしようかとレベッカが言った際のグレーテルの反応。


『それがいいですよ。レベッカさんはとても美人ですし』


「レベッカを賞賛するグレーテルの発言。あれが引き金だろう?」

「そこまで分かっているのなら、僕の犯行動機にもお気づきなのでしょうね」


 状況に反してフォルクハルトは上機嫌だった。現場を抑えられた以上、もはや言い逃れするつもりはないだろう。一連の事件についてどのようなロジックで結論に辿り着いたのか、犯罪者の立場としてフォルクハルトは興味があった。


「一連の連続猟奇殺人事件の鍵はグレーテルだ。あれ程の美貌を持ち、病弱で、弟のイザークも仕事で不在がち。被害に遭わなかったことは幸いだが、同時に最も標的としやすい娘が健在であることに大きな意味を感じた。始めは彼女に好意を抱く人間が、彼女を陥れようとした女たちに復讐している可能性を疑ったが、グレーテルとの関係が良好である者、特に一件目のハンナ殺しが思考を大きく混乱させた。彼女には殺される理由は見当たらないばかりか、容疑者候補のお前との兄妹仲も良好だった。だが、初めて出会った時のお前の言動を思い出して私は考えを改めたよ」

「僕の言動?」


 無意識の発言だったのだろう。フォルクハルトはダミアンの指摘にあまりピンときていないようだ。


「お前はハンナが町にいなければ悲劇は起こらなかったと表現した。最初は妹の悲劇を嘆いた言葉だと素直に受け取ったが、あれは悲劇を起こしたお前自身にも当てはまる言葉だったのではないか? そこに思い至った時、一気にお前への疑念が強まった」


「そうか、そういえばそんなことを言ったかもしれないね。ハンナの死を悼み感傷的になっていたかもしれない」


 自らが手にかけた妹を思い、フォルクハルトは沈痛な面持ちで目を伏せた。演技でもなんでもない。彼は間違いなく妹の死を悼んでいる。


「私は事件を難しく考えすぎていた。これはグレーテルのための復讐や自己欲求を満たすための快楽殺人なんかじゃない。被害者はただ美しいから殺されたんだ」


 あまりにもシンプルだからこそ、その動機には狂気を感じざる負えなかった。実行に移した以上、フォルクハルトにとってそれは、愛する妹の命さえもいとわぬ妄執もうしゅうだったのだろう。


「グレーテルの美しさに魅せられたお前は、グレーテルを絶対の美とするべく、彼女以外の美女をこの町から一掃しようとした。そうだな?」

「大正解です。この二カ月間誰も辿り着くことが出来なかった真相にあなたはたった数日で辿り着いた。称賛に値しますよ」


 顔を上げた瞬間、フォルクハルトは満面の笑みを浮かべ、小刻み良い拍手をダミアンへと届けた。その振る舞いには直前まで妹を悼んでいた遺族の面影は感じられない。



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